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「ぶ、武器を捨ててっ、おと、大人しくして」

 女が猪モドキの後ろに隠れ、そう言い放つ。

「俺は強いから武器なんて持ってないんだ」

「こ、こっちにはコーラーが居るんだからっ。本気になったら怪我じゃ済まないんだからねっ」

「言ったろ?特に敵対しなきゃ何もしないよ」

コーラーは、飼い主から醸し出される何かを察した様で、食事を切り上げノシノシと寄って来る。体高は三ハーン程だろうか。中々デカい猪だ。見えないように隠れてる女はズボンに上着に皮の靴と、全て鞣し皮で揃えているようだ。

「止まってっ、止まれぇぇ」

自由奔放は家畜である。ペニスケに鼻が付く寸前で極々弱い《威圧》を言葉に乗せる。

「止まれ」

ピクリとしてコーラーは止まった。

「なああンた、この子撫でても良いか?」

「知らないっ!何で私の言葉は聞かないのよーっ」

「言葉に意志が無いからだ」

コーラーの鼻に握った手の甲を近付け、それから下手で腕を伸ばし頬に触れ、撫でてやる。豚も犬も基本の撫で方は変わらない。

「大人しい子だな」

「見ず知らずなのにっ、ちょっとは警戒しなさいよ!」

「近寄って確認して、警戒を解いたんだろ?」

「うう…。あー言えばこー言うー」

「コーラーだって分かってくれたんだ。人だって分かり合えると思うぞ?話が出来るんだからな。君の名は?」

「…ユッカネンの三」

ん?ユッカネンは名前だよな。で、の?三?

「ユッカネン?」

「それはお母さんの名前。お母さんの三番目の子なのっ」

「大人になると名前が貰える訳か」

「子供が出来たらっ。私はもう大人よ」

この国、リフズラントの法では、子を成した女に名前が与えられると言う。家母長制に近いのかな?

「と、取り敢えず付いて来なさいっ」

「分かり合えたか?」

「役人に突き出すのっ」

「穏やかじゃないな」

「私じゃどうにもならないもんっ」

それじゃあ仕方無いよな。ウドモドキの森を、あっちだこっちだ指示を受け、俺を先頭にして歩く。後ろにはコーラー、それにくっ付いてユッカネンの三が歩く。獣道だから目的地の方向さえ解ればどう行っても良い訳だ。

「ユッカネンの三よ」

「何よ」

「誰かコッチに来ているぞ?知り合いか?」

「一かもっ」

「二人居るぞ?」

「何で分かるの!?私見えてないのにっ」

「前歩いてるからだよ。そろそろ見えるだろ」

《感知》のお陰なのだが敢えては言わん。互いに近付いていると、コーラーの巨体に気付いた二人が走り寄って来た。

「三っ!」

「一ぃっ」

家族間では数字で呼び合うのか。短くて良いが、他人間だと長いままだな。

「三ちゃんよ、其方の人は知り合いか?」

「貴様こそ、ユッカネンの三の知り合いか?」

声からして女だが、フルフェイスの革鎧では顔も分からん。

「迷い人でな、つい今し方知り合った」

「…貴様…男、だな?」

「え!?」「男っ!?」

男である事に何故驚くのか。三はコーラーの影に隠れながら俺を見ているし、一と呼ばれた女は固まって動けなくなっている。そして革鎧の多分女は腰に提げた鈍器を抜いた。皮に包まれたソレは、半ハーン程の棒状の硬い物と、丸い物に分かれ可動性がある。確かフレイルとか言うんだったか。

「答えろ」

「男だとイカンのか?」

「貴方っ、男は此処には住めないのよっ」

「来たばっかりだし、住んでも無いぞ?」

「迷い人、なのよね確か」

「確かめる。詰所迄来い」

「どの道役人の所に行く予定だ。案内頼むよ」

「ふ、殊勝だな。だが痛い目を見たくなければ抵抗はするなよ?」

「言っとくが、俺はかなり強いぞ?」

「男の見栄だな」

「そう思うなら優しくしとけ。俺は敵対されなければ敵対せん」

「ならば解らせてやる事にしようか」

革鎧が鈍器を両手で構え、腰を落とす。だが俺は動かない。

「ブフッ」

鳴き声とも吐息とも付かぬ声を出し、コーラーがノシノシと割って入ったからだ。

「よしよし。お前は優しい奴だな。争うのは止めておこうね、よしよしよしよし」

撫でられて、目を細めるコーラーであった。




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