上 下
1,192 / 1,519

新天地

しおりを挟む


 ソレは、昼飯の後に供された。俺を纏う残り香に気付かぬ弥一では無かったのである。全員に四分割されたソレを渡して行くと、皆が皿に顔を近付け匂いを肺に詰めて行く。それ程迄に、ソレの臭気はシルケ人の心を惹き付ける物であった。

「食わないと、奪われるぞ?」

「「「!?」」」

俺の号令で皆がソレに齧り付く。歯と歯で挟んだその瞬間、ソレは音も無く分かれ口の中へと運ばれる。ジャムの酸味と甘味に止め処無く溢れ出る唾液はスポンジと混ざり合い、舌で転がすだけで全てを溶かして食道へと嚥下されて行った。

「自画自賛だが、美味いな…」

何時も口にしてる甘味は和菓子的な甘さだが、これは洋菓子的な甘さ。体がこの甘味を欲しているのが解るともう言葉が出ない。口は食事する為にあるのだから。
そしてそれは皆も同意見であろう。静かに、愛おしげに味わって居る。そして皆、全員が完食する迄動けないで居た。不穏な動きをすれば命の遣り取りに発展する事に、気付いてしまったからだ。

「カケル、コレは幻術か何かか?」

最初に口を開いたのはムームード。口を湿らそうと水を飲もうとして躊躇ったのは、口の中を濯ぎたく無かったからだろう。

「有り合わせの材料で作っただけなんだがな」

「公王様の晩餐会でも見た事も味わった事も無い菓子だったぞ…」

「そんな物、食べたの?私…」「私達、今生きてるの…かな?」

「作った俺だってびっくりだよ」

「翔、後二個はあるよな?」

「「「!?」」」

弥一の奴、この場で暗算しやがった!

「無い。残ったのは全て妻達の元へ送った。余らせると殺し合いになり兼ねんからな」

「私はカケルを信じますよ。数リットですが気配が消えましたからね。その時に《転移》等したのでしょう」

「確かに、居なくなってたな」

「その、転移?した時食べた、とか…」

「それは無いわね。この人のお妾さん、怖いから」

「ヘンプシャーさん…」

三組女子の言葉を否定したヘンプシャーは、水を一気に煽って息を吐いた。

「良し。今のは夢だ!貴族に知れて拷問されても俺達にゃ説明すら出来ん!それで良いな!?」

「「「おうっ」」」

夢の時間は終わった。

「夢の中に居た気分よ…」

翌日のヘンプシャーは、甘い香りがした。女共、早く出て来い。


 そして更に翌日、漸くバルタリンドに戻って来た。なる早の行程だったがだいぶ掛かったな。付き添いの依頼はもうしたくないぜ…。

世話になった馭者とホルスト達に別れを告げてギルドに入り、事務処理を行う。人数が多いから地下でやるそうだ。

『パパ大好き~お土産は~?』

『早く抱っこしてほし~な~』

移動中に集めた収集品の検品や金の遣り取りの最中、ずっとこの調子で愛娘が可愛い。悪魔に魂を売ってしまったのかも知れん。我儘っ娘になる前に何とかしなければ…。

「では冒険者の皆様は此処で解散です。付き添いの方々も振込みが終わりましたら適宜解散してください。それでは皆様、お疲れ様でした」

職員がそう言うと、小さなグループに分かれて階段を上がって行く。

「翔、ちと良いか?」

「何ぞ?」

「正直言って、俺どんくらいやれそうだ?俺的にはチュートは終わったと思ってっけど」

お手頃価格達が階段へと向かう中、弥一は俺に問う。

「無茶したら普通に死ぬ。街中でも下手すりゃ人に殺されるだろう」

「まだそんな程度かぁ」

「だが、独り立ちするなら新天地に送ってやっても良いぞ?ハーレム作るんだろ?」

「まだそんな金も力も無いけどな。でも出会いのチャンスは見逃したく無いぜっ」

「…分かった。では行くか」

「風呂のある場所で頼む」

俺と弥一は《転移》した。

 そこは、聳え立つ壁にどデカい門を構えた街。中に入るとキレイに固められた床が敷かれ、木の匂い漂う新居が立ち並ぶ街であった。

「ムルシエレル、何か此処、他の街と何か違うな」

弥一は違いの分かる男のようだ。




しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

女神の使徒になったけど~女神が働かないので実質私が女神~

ささみ
ファンタジー
この物語はとある女の子が神様の手伝い、と言うより神様の仕事を代わりにする話 「よ〜し、勇者のサポートしよっと」 『アリアちゃ〜ん!助けて〜!』 「またかよ!?」 『間違えて神器落としちゃた〜』 「何してるのさ全くも〜」 こんな感じのゆるい女神とゆるい女の子が自由に生きるものが「私を忘れるなです!」 あっ、 ……こんな感じのゆるい女神とゆるい女の子、あとよく忘れられる妖精の物語 「よく忘れられるなんて酷いです!!!」 注意 めちゃくちゃ不定期です プロローグ以降は絶対に2000文字以上書くのは辞めました

【完結】からふるわーるど

仮面大将G
ファンタジー
平凡な高校生が雷に打たれて死んだら、異世界に微チートとして生まれ変わっちゃった話。例えフィクションの登場人物だろうが他の転生者には負けないぜ!と謎の対抗心を燃やして微チートからチートへと成長していく主人公の日常。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも同作品を掲載しております! ※この作品は作者が高校生の時に「小説家になろう」様で書き始め、44話で一旦執筆を諦めてから8年の空白期間を経て完結させた作品です。

喰らう度強くなるボクと姉属性の女神様と異世界と。〜食べた者のスキルを奪うボクが異世界で自由気ままに冒険する!!〜

田所浩一郎
ファンタジー
中学でいじめられていた少年冥矢は女神のミスによりできた空間の歪みに巻き込まれ命を落としてしまう。 謝罪代わりに与えられたスキル、《喰らう者》は食べた存在のスキルを使い更にレベルアップすることのできるチートスキルだった! 異世界に転生させてもらうはずだったがなんと女神様もついてくる事態に!?  地球にはない自然や生き物に魔物。それにまだ見ぬ珍味達。 冥矢は心を踊らせ好奇心を満たす冒険へと出るのだった。これからずっと側に居ることを約束した女神様と共に……

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【無双】底辺農民学生の頑張り物語【してみた】

一樹
ファンタジー
貧乏農民出身、現某農業高校に通うスレ主は、休憩がてら息抜きにひょんなことから、名門校の受験をすることになった顛末をスレ立てをして語り始めた。 わりと強いはずの主人公がズタボロになります。 四肢欠損描写とか出てくるので、苦手な方はご注意を。 小説家になろうでも投稿しております。

病弱幼女は最強少女だった

如月花恋
ファンタジー
私は結菜(ゆいな) 一応…9歳なんだけど… 身長が全く伸びないっ!! 自分より年下の子に抜かされた!! ふぇぇん 私の身長伸びてよ~

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

処理中です...