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厄介な、敵

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「あ、ユカタ。敵出た?」

 覗き窓に顔を突っ込むと、ロシェルが正面を覆って奥を見せなくした。

「出た。今馬車の上に1人居て、魔法が切れたら乗り込まれるって感じだよ」

「内側からの攻撃は通りませんし、困ったものですね」

「お嬢様、戦支度を整えてもよろしいでしょうか?」

 奥の方からする2人の声は、エリザベス様のメイド達だ。メイドなのに戦えると言う。

「その必要は無くてよ。ジュン?」

「はい?」

「貴女の土魔法なら、届くわね?」

「や、やってみます。場所は…」

「馬の上にでも。早くなさらないと馭者に当たってしまうわ」

 エリザベス様はジュンの魔法、石の雨を所望した。あれなら手から直接出る魔法ではないから、風の壁の向こうに発生させられると考えたようだ。

「ユカタ、確認頼みましたよ?」

「分かった」

 覗き窓から頭を引っこ抜いて敵の位置を確認する。頭上を越えて客車の上。馭者の死角へ回り込んでいた。

「客車の奥側。真ん中だよ」

「ユカタ君、出ますっ」

 マキの声から間を置かず、風の壁に石の雨が降り出した。

「ジュン、御者側の壁に張り付いて」

「発動中は動けません。押して参りましょう」

「アタシ持ったげるー」

 マキの声に気を利かせたロシェルがジュンを抱えて壁に張り付くが、術者に当たらない効果範囲なので敵にもあまり効果が無く、数発当たって安全地帯に入られてしまった。

「ユカタ様、魔法の効果が切れます」

「他の敵は巻けたかな?」

「それは問題ありません」

 いよいよヤバくなって来た。少しでも敵に不利を与えないと。考えろ…。

 客車の屋根は平らで黒く塗られた高級品。普段は荷物置きに使われているこの場所は、エリザベス様が荷物をマジックボックスに入れているおかげで今回の旅程では僕の槍を置くだけのスペースになっている。

「水か油をっ」

「水魔法が使えます」

 僕の言葉にメイドさんの1人が返してくれた。貴族の旅だ。水係は必要だよな。

「屋根の上に水の壁っ」

「なるだけ厚く覆います。合図を」

 メイドさんの詠唱が始まったようだ。

「ユカタ様、私にしがみ付いて下さい。早く」

 しがみ付けと言った馭者さんが僕の頭を抱えるように抱き着いて来た。馬を急旋回させるのだろうか。振り落とされるのは死を意味する。僕も馭者さんの腰に腕を回して密着した。柔らかい。柔らかいぞ…。

「今っ!」

 馭者の合図に合わせて発生したのは馬車の天井を覆う水の壁。壁と言うより四角い水の塊。風の壁が解け、着地手前で水浸しになった敵はバランスを崩して尻もちを着く。

「今っ!」

 再び馭者さんの声。今度は旋回すると思って抱き着く腕に力を込める。

ザバーーーッ!

「ぎゃっ!!」「うわっ!?」「んんんっ!」

 水の壁が解かれ、大量の水が降って来た。僕と馭者さんはびちゃびちゃになる。水ってこんなに重いのか。だがそれよりも。

「て、敵は?」

「無事、流れたようですね。…怖かったのですか?」

「お漏らしじゃ無いよ?」

 漏らしてない。これは降って来た水に濡れただけだ。

「それでしたら私も濡れてしまいました。抱き締める力が増していたので、怖かったのかと」

「それは、旋回すると思ってたから…」

「振り落とす事は出来ましょうが、それではお嬢様がお怪我なさってしまいますよ」

「ユカタ。何イチャイチャしてんの?お!?」

 ロシェルが覗き窓の向こうから威嚇する。女の子がして良い顔ではないぞ?

「風が当たって寒いのです。それと、嫁ぎ先もありません」

「離れろゴラ」

「操縦に集中します。お静かに」

 そう言うと馭者さんは覗き窓を閉めてしまった。確かに風が当たって寒いけど、そろそろ離してくれても良いんだよ?柔らかいけどさ。

 気付けば朝になっていた。馭者さんの柔らかい物に寄り掛かって寝てしまっていたようだ。町の壁はまだ見えないが、遠くに畑っぽいのが見える。




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