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30話「本当の好き始まり」
しおりを挟む30話「本当の好きの始まり」
蜥蜴はホテルに残り、宮だけが虹雫の元へと向かった。
蜥蜴は虹雫の家にしばらく待機した後に、立ち去ったということだ。ホテルから彼女の家までは距離があった。蜥蜴からの連絡を聞き運転していた宮はもどかしさから苛立ちさえ感じてしまう。
アクセルを踏み、いつは絶対に出さないものすごいスピードで虹雫の部屋に到着する。
悪い予感ほど的中するものだ。
宮はそれを痛いほど経験している。
焦りと恐怖から、チャイムを押すのも忘れてドアを叩いた。すぐそこに、虹雫がいるような気がしたのだ。
すると、すぐに中から足音が聞こえてきた。
それを聞いて、宮は少し安心をした。無事に家には戻ってきているのだ。
けれど、勢いよく開いたドアから飛び出してきた、虹雫の表情を見た瞬間に、その安心はあえなく間違えだっとわかった。真っ暗な部屋から出てきた虹雫の顔は真っ青で、目から沢山の涙が流れ落ちていた。そして、宮の体に強く抱きついた彼女の体は細かく震えていた。
「虹雫………、大丈夫………ではないみたいだな」
「宮、みやぁ………」
何かあったのか?そう聞ける状態ではなかったし、何かがあったのは明白だった。
「うん。俺だよ………」
まずは、彼女を安心させる事が最優先だ。宮はそう判断して、虹雫を強く抱きしめる。
そして、彼女の後ろにばらまかれた沢山の写真を見た瞬間に、宮の目は見開き、頭を殴られたような衝撃を受けた。それは高校の制服を着た虹雫が縛られた状態で、撮影されたもののようだ。そして、上の制服は捲られブラジャーが見られ、スカートからも生足と下着が伺われる。虹雫の表情は、怯え涙も止まっているようだ。そんな写真が玄関に無数に落ちていた。
澁澤が準備して、虹雫に接触したのだろう。そして、写真を見せてまた脅した。そんな事は容易に想像できる。
虹雫が脅される原因になった写真。
それらを宮が見たことはなかった。
当時、こんなにも酷い事をされてしまったのか、裏切られ努力の決勝を奪い取られた虹雫の表情には光りなど見られない。絶望の一色だった。
そして、今もそうだ。少しずつ過去を乗り越えて生きていこうともがいていた彼女の目の前に、諸悪の元凶が姿を表したのだ。真っ暗な部屋で一人震え、泣いていた。
どんな事をされた?
激しい怒りが沸き上がり、宮は「くそっ……」という悪態をつく言葉が出てしまう。彼女の前ではそんな姿を見せたことも、見せたくないとも思っていたのに。
その怒りは自分の愚かさにも向いていた。
あんなにも予防線を張り、準備をしてきたのに。
虹雫に「守る」と散々伝えて、このざまだ。
何が、幼馴染みで1番大切にしてきた人だ。言葉だけなら何とでも言える。
それを彼女自身にわかってもらえるはずがないではないか。
何度も、虹雫を守れていないのに。
小説より虹雫を守れないのならば、この計画なんて意味はなかったのに。
「宮………」
「虹雫?」
「来てくれて、ありがとう。辛いときに助けてくれるの、本当に嬉しい」
「……っっ」
どうして、彼女は辛くても苦しくても怖くても、いつも自分の前で笑うのだろうか。ありがとう、と感謝をしてくれるのだろうか。
抱きしめるだけで何の力にもなっていないと言うのに。
やはり、お試しの恋人など止めてよかったのではないか。こんな役立たずの男など、虹雫とは似合わないのだから。
「ごめんね……私が余計な事、したから。宮に振り向いて貰いたくて必死になってた。……こんなのだから、お試しの恋人のままだったんだなって。いつも、迷惑かけてばっかりなのに、助けに来てくれて、ありがとう。……でも、もういいよ」
「え………」
「もう、私は宮と対等な人間にはなれない。もう小説も夢も、怖さから逃げるためならやめたいって思っちゃうの。頑張っても頑張っても、あの人か頭に浮かぶ。そして頑張ろうって忘れるのやめたら、また会った。そして、こんな写真………宮には本当は見られたくなかった………」
「虹雫……」
「宮の事、もう諦めなきゃって思ってるのに、こうやって守りに来てくれて抱きしめてもらえると嬉しくて、また甘えちゃう。……だから、もうこれでおしまいにする」
泣きながらも必死に笑みをつくり、大丈夫だよ、と宮を安心させるように話す虹雫。
昔と同じだ。傷つきながらも、俺に安心させようと、不安にさせないようにと笑うのだ。
そんな痛々しい彼女を見て、自分のやってきた事が全て間違えだったとわかった。
彼女の「忘れてほしい」という約束を自分の気持ちも伝えずに、受け入れてしまった事。
何も言わずに勝手に盗作の事を調べ、解決しようとしている事。
虹雫が何よりも大切で、愛しているのに、それを隠し、勝手にけじめとして全て解決してからと決めていた事。
そして、「お試しの恋人」なんて、馬鹿げた約束までしまった。
そんな事をしなくても、恋人になりたかったはずなのに、何をかっこをつけていたのか。
自分を好きでいてくれる、愛しい相手を待たせて、不安にさせてまで我慢することだったのか。
そんなはずがない。
こんなにも泣かせてまで、彼女を傷つけていいはずがない。
全てが終わった後に、どうなるか心配する気持ちもある。けれど、今はどうでもいい。
もう、その涙を止めてやりたかった。もう泣き顔など見たくもない。
と、宮の体は勝手に動いていた。
抱きしめていた腕を緩め、虹雫の顔を手を当てこちらに顔を向ける。泣き顔を隠すように宮は顔を近づけ、そのまま唇と唇を合わせていた。
少し長いけれど、体温を確かめるような当てるだけのキス。
宮が目を開けると、あまりに突然の行動に虹雫は驚き目を開いていた。宮は視線を合わせたままゆっくりと唇を離した。が、鼻と鼻が当たりそうなほどの近い距離。そのまま、宮は親指で彼女の涙を拭った。
「虹雫が好きだよ」
「…………え………」
「ずっとずっと大切だった。俺にとって虹雫は幼馴染なんかじゃない。愛しい人だった」
「そ、そんな事………。だって、そんなはずない。…………私が弱っているから、そんな事を言うの?」
「違うよ。ずっとずっと好きだった」
「じゃあ、………どうして、どうして、今まで………そんな事言ってくれなかった。お試しの恋人だって、私の事が好きなのかわからないって言ったのに」
まだ信じられないのか、虹雫は宮に質問を続ける。
それもそのはずだ。長い間片思いをしてきた相手が、突然「好き」と言ってきたのだ。しかも、「お試しの恋人」など提案してきた相手がそんな事を言うのだ。
信頼されてるはずもない。
宮はいつものように優しい口調で語りかけた。
「ごめん。虹雫を不安にさせた。俺は、虹雫を守れなかった事を後悔してた。盗作された時、あの写真を撮られて怖いを思いをした時に、俺は何も出来なかった。夢を叶えられなくなったのも悔しくて仕方がなかった。だから、俺は虹雫の奪われたものを取り戻すと決めた。虹雫には忘れると約束したけれど、俺は忘れる事なんか出来なかった。だから、約束をやぶった。だから、全て取り戻せた時に、約束をやぶった事を謝ろうと思った。そして、その時に虹雫が好きだと伝えようと思ったんだ。俺のけじめだった。だけど、……それで虹雫を不安にさせた。好きだと伝えない事で、虹雫を傷つけた。ごめん」
「ほ、本当に私の事が、好きでいてくれたの?ずっと、ずっと?」
「あぁ。本当に好きだよ。虹雫以外に好きになった女の子なんて誰もいなかった」
「信じられない。そんなの、信じられないよ……」
「んー、じゃあ、どうす信じて貰えるかな………」
宮は、虹雫をポンポンッと背中を撫でて安心させながら少し考える。
けれど、気持ちはもう止まらない。ずっとずっと我慢してきた気持ちを本人に伝えたのだ。
「こんな時にいう事じゃないかもしれない。けど、絶対にこれ以上虹雫を怖い思いをさせない。俺が守るし、虹雫の夢を取り返す。そして、今まで以上に一緒にいるから。俺の本当の恋人になってくれないかな」
「………本当に、今言う事じゃないよ」
「これで、少しは笑える?」
「………え」
「これから俺が一緒にいるから。だから、泣かないで。あんな男のために涙なんて流さなくていい。虹雫が泣き止むまで、虹雫が恋人にしてくれるまで、こうして抱きしめ続ける」
「そ、そんなのずるい………」
「俺は実はずるいんだ」
「……そんなの、泣いちゃうよ。私だってずっとずっと好きだったんだよ?」
虹雫は宮の腕の中で、胸に口をつけて話しているせいで、彼女の声がこもる。
それさえも、宮は可愛いなんて思ってしまう。自分を好きと言ってくれる虹雫。こんなにも、嬉しい。彼女は普段も宮の事を大切にしてくれたし、宮自身も彼女の気持ちをわかるぐらいの態度を見せてくれていた。
それに応えられる日がやっときたんだ。
「うん、知ってる。だから、俺の気持ちもわかって」
涙を止めたかったのに、虹雫は宮に抱きしめられて泣き続けた。
暗い玄関で2人の呼吸音と彼女の泣き声。そんな2人の恋人としてスタート。
それでも、宮はこの手に虹雫が居てくれるのが、そして自分の恋人になった事が幸せで仕方がなかった。
けれど、この幸福感に浸ってい時間はない。
次に虹雫が怖がることがないように、今度は必ず守り、取り戻す。そう強く強く誓い、虹雫を抱きしめ続けた。
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