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29話「苛立ちの訳」
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宮は必死に動いていた。
無我夢中で蜥蜴と共に澁澤の事を重点的に調べ始めた。
「宮さん、ちょっと休んだ方がいいですよー。あれからほとんど寝ないで過ごしてるじゃないですか」
「いや………もう少し監視カメラをあらってみる。あと投稿サイトの掲示板にも書き込みしたやつのことも調べないと」
「それは俺がやった方が早いですって」
この日、宮と蜥蜴はとあるビジネスホテルの一室にいた。
お互いにPCをひらき、カタカタと作業をしていた。蜥蜴は少し前からベットに横になり宮に休むように声を掛けてくる。だが、宮はそれを無視して作業をしている。もう数日前からずっと盗作事件の事を追っている。
「やれることはやってますよ。あとは、あいつが自白しないとダメですって」
そんな事はわかっている。
もうやれることはすべて確認し、証拠はあるはずだ。
「もうネットで暴露しちゃった方が早いと思いますけどね。それか、週刊紙に売るとか。いいお金になりますよー」
「……それを見て怒った犯人が写真をネットにあげたらどうするんだ」
「それがあるってことは、やったって事実になるじゃないですかー。証拠の品になりますよ」
「………蜥蜴、これ以上言ったら怒るぞ」
低い声で宮が彼を睨みながらそういうと、蜥蜴は肩を竦めてわざと怖がる様子を見せた後は、もう何も言わなくなった。その代わり、ずっと根を詰めすぎたのかそのまま体をベットに沈めてしまう。
やっと静かになり、作業に集中出来る。
そう思ったはずだが、キーボードの上の手は、電池切れの人形のように動かなくなってしまった。
作業に没頭していても、フッとした時に彼女の顔が浮かぶ。普段ならば、咲いたばかりのような生気溢れる華やかな笑顔。けれど、最近は違う。雨に打たれて花びらから次々に涙が出ていそうな悲しんだ表情だ。
どうして、あんな酷い事を言ってしまったのか。今考えると、必死に前を向き始めひとつの夢の叶え方を知った彼女に、「頑張ったな」と一言伝えてやれていればよかったのかもしれない。
けれど、それはどうしても出来なかった。今、もう一度同じことを言われたとしても、怒ってしまうだろう。
それぐらいに、虹雫の言葉は宮を悲しくさせた。
どうして、諦めると決めてしまったのか。
自分の夢を見つけて、それに向かって必死にもがき完成させ、華々しくデビューする夢を、他人に盗られ、騙されて侮辱されたのに。
それをすべて忘れてなかったことにする。
虹雫にはそんな事を言ってほしくなかった。
取り戻したい。守って欲しい。手伝って欲しい。
その言葉をずっと待っていたのだ。そのために、宮はずっと影で準備していたのだ。
それなのに、どうしてあんな事を言ったのか。
もちろん、虹雫の気持ちがわからにわけではない。
きっかけが何かはわからないが、自ら立ち上がり辛い過去と向き合おうと動き始めた矢先に出版社から諦めるように言われてしまえば、ショックを受けるに決まっているだろう。それに長年の夢だったら作家という条件を目の前でちらつかせて条件をつきつけてきたのは、出版社側だ。申し訳なさそうにしているが、出版社には得しかない。
映画も成功させ、有望株である虹雫も自社でデビューさせる事が出来るのだ。
そんな条件をつきつけてきた会社にも苛立ってしまうが、やはり原因は全てあの男のせいなのだ。
そこまで考えて、宮は大きくため息をついた。
蜥蜴が言ったように、少し休んだ方がいいようだ。思考が安定しない。
首をゆっくりと回しながら、PCの電源を消そうと思った時だった。
ピピーッ!ピピーッ!!
小さなビジネスホテルの一室に甲高い機械音が響いた。
どこから発せられているのかもわからず、宮は立ち上がったまま室内を見渡す。すると寝ていたはずの蜥蜴が、勢いよくベットから飛び起き、先程まで触っていたPCを操作し始める。少し怪しさはあるものの、いつもは明るい雰囲気の蜥蜴だったが、今は真剣な視線で画面を睨みつけ、カタカタとキーボードを叩いている。その表情には焦りも感じられ、宮は何か緊急事態が起こったのだとすぐに理解した。
「蜥蜴、何かあったのか?」
「ターゲットが動きました」
「どういう事だ……?」
早口でそう報告した蜥蜴に対して、宮は低い声で答える。
ターゲットというのは、もちろん澁澤の事だ。あの男が今度は何をしようとしているのか。宮は、焦る気持ちを抑えながら、次の蜥蜴の言葉を待った。
「はい。前、椛さんがターゲットのPCに小さなシールをこっそり貼ってもらったじゃないですか」
「あぁ、あの小型のGPSつきのだな」
「そうです」
映画撮影がスタートした初日。
モデルの椛として澁澤に近づいた剣杜は、あの男と距離を縮める事の他にある事をお願いしていた。
それがGPS装置を澁澤の私物に取り付けるというものだった。蜥蜴は「作家はきっとPCを大切にしているでしょうし、盗作事件の証拠になるようなもの、あの脅しに使う写真や小説の原文などがPCに入っていると思います。他人に見せたくないもの、犯行ばれる証拠になる危険なものはきっと肌身離さず持っていたいのが犯人の心理ですからね」と、PCにつけるよう伝えたのだ。
その話をするという事は……そこまで考えが至った宮はすぐに「どっちだ!?」と蜥蜴に大声で問いかけた。
澁澤にGPSをつけたのは、男の動きを把握したい理由もあった。
だが、1番は虹雫との接触を防ぎたかった。ただでさえ、過去の記憶が虹雫を苦しめているのだ。その元凶でもある男と対面させてしまれば、虹雫はどうなってしまうのか。
想像したくない場面だった。
そのため、虹雫の日常生活での活動範囲内に澁澤が侵入した際に、知らせるようした、と蜥蜴が話したのを宮は覚えていた。そしてその蜥蜴が、機械音が鳴った後に澁澤に仕掛けたGPSの話をしたとなると、澁澤が虹雫の傍にいるという事だ。
虹雫の活動範囲として設定したのは、彼女の自宅と職場の図書館。
宮は、スマホと車のキーを持ち、財布をジャケットのポケットに突っ込んでホテルの扉を開けた。
「自宅付近に近づいてます!」
「くそッ!!」
宮は、蜥蜴の言葉を最後まで聞かずにホテルの廊下を掛けだした。
澁澤がこんなにも早くに動き出すとは思ってもいなかった。
まず、盗作についての問い合わせメールや、虹雫が小説を送り込んだ話が澁澤の耳に入るのは大分遅くなってからだと予想していた。あの男は今映画の撮影に夢中になっているだろうし、作家が出版社で問い合わせの話を聞くなど滅多になるはずだと思ってしまっていた。が、考えてみればヒット小説を作り出した作家なのだ。出版社の中にもファンがいてもおかしくない。そんなスタッフから、早い段階で澁澤の耳に入ってしまったのかもしれない。
迂闊だった。
だが、こんな事を後悔しても遅い。
今は虹雫の身に危険がない事を願うしかない。
自分が行くまで、澁澤が彼女と合わない。きっと、たまたま近くを通りかかっただけだ。
そう考えつつも、悪い予感がして仕方がない。
先程から、鳥肌がたち寒さを感じているのに、汗が噴き出てくる。
「虹雫、どうか無事でいてくれ」
静かなホテルの廊下を走りながら、宮は何度もそう独り言を発し、虹雫の元へと急いだ。
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