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26話「裏面工作」

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   26話「裏面工作」




   ▲△▲



 虹雫を自宅まで送り届けた剣杜は、すぐにタクシーに乗り、電話を掛けた。
 

 「悪い。遅くなった」
 『…………』
 「何かあったも何も……大分動いたな。虹雫が知らないうちに動いてた」
 『………』
 「バレてないことを願うけど。少し怪しいな。きっと、出版社でも多少は噂になってるだろうから。耳にはいるのも時間の問題だろう」
 『………!』


 電話口の相手は、焦り早口で言葉を発している。いつも冷静沈着だが、どうやら心配しているようだ。
 完璧主義な奴ほど、想定外の事に動揺するものだ。まさしくそれが、電話口の人間だ。
 けれど、誰に止めろと言われても、もう止められはずがない。

 忘れようとあの辛い過去から逃げ出そうとばかりしていた虹雫が、動こうと決めていたのだ。迷いながらも、自分の物語を取り戻そうもがいている。
 それなら、剣杜もやる必要がある。虹雫の夢を取り戻すために。

 「俺は大丈夫だから、あいつをはっててくれ。虹雫の方が危険な状態のような気がするんだ」
 『………』


 少し悩んだのか、返事に間があったが相手は了解をしてくれた。
 その後は取り止めのない話をして電話を切った。

 自宅前の公園が見えてきた頃、剣杜はタクシーから降りた。
 そして、公園まで戻り、人気がないことを確認してバックから、『夏は冬に会いたくなる』の小説を地面に放り投げた。先日、澁澤にサインをしてもらったものだ。
 剣杜はその場に座り込み、持っていたライターで本を燃やした。


 少し寒い春の夜。
 それは、あの約束を交わした日と似ていた。

 3人で火を見つめ、ほんのり赤くなる自分たちの顔をお互いに見つめながら、「忘れる」と約束を交わしたあの学生の頃の時間。
 あの時に、「そんなのは無理だ」と「俺達が小説を取り戻してやる」と言えばよかったのだろうか。
 そうすれば、少しは虹雫は安心したのか。それとも、忘れられる苦しんでしまったのか。今となっては何もわからない。

 けれど、過去を悔やんでも仕方がない。
 もう取り戻す事は出来ないのだから。

 完全に火が消えたのを確認すると、その燃えカスとなった灰を剣杜は踏み、その場から立ち去った。
 約束はもう終わりで捨てたものだと、その時に明確になった。







   ★★★




 澁澤の脳内は焦りと怒りで支配されていた。



 自分の本を出した出版社に用事があり、いつものようにオフィスへと顔を出す。
 その瞬間に何かが違う、とぴりついた空気を感じた。
 自分が「お世話になっています」と声を掛けた瞬間、一斉にスタッフたちがこちらを向いた。いつもならば「こんんにちは」と返事をしてくれる声が疎らに聞こえて、明るさを感じられた。
 が、今日はどうだろう。一瞬の間と、冷たい視線がこちらに向けられた。そして挨拶の言葉もいつもより少なく感じられ、明るさなど程遠い、一定の音程の挨拶。
 昔と同じだった。売れない作家時代の時と。


 「澁澤先生ッ!」


 どことなく不安を感じながらその場に佇んでいると、奥から顔なじみのスタッフが焦り顔で駆け寄ってきた。
 彼は自分より若いが、自分の作品を昔から好きでいてくれる人物で、澁澤に懐いてくれていた。
 以前、盗作の問い合わせのメールがあったと教えてくれたのも彼だった。


 「今日はどうしました?」
 「映画のパンフレットに載せるショートストーリが完成したから持って来たんだ。担当さんいるかな?」
 「早いですね!今、呼んできますので、先生こちらにどうぞ」


 そういうと、部屋の奥の打ち合わせ室の1室に澁澤を案内した。澁澤がいつも使用している部屋の1つだ。そのこには、最新の本の発売を知らせる広告用のポスターが並べて貼られており、もちろん『夏は冬に会いたくなる』の映画ポスターもある。それを目にするだけで、澁澤の顔には笑みが浮かぶ。


 「……澁澤先生、少しいいですか」
 「あぁ、何かあったのか?」


 担当を呼びに行った先程のスタッフが、こちらに戻ってきて、澁澤の横の椅子に腰かける。
 そして周りをキョロキョロと見て誰も部屋に入ってこないのを確認すると小声で話を始めた。

 「例の盗作の問い合わせをしてきた人物の話なんですけど、少し動きがあったんです」
 「……またか。しつこくメールでも来たのか?」
 「それが、その人物が自分の書いた小説を読んで欲しいって、データを送って来たらしいんですよ」
 「なッ………」
 「それを読んだスタッフ達の間で話題になっていまして。逸材が現れた、感動作だって。まぁ、俺は読んでないのでわからないんですけど。どうやら、出版する流れになってるみたいですよ」
 「…………」


 自分の激し心拍で体が揺れている。鼓動の音が大きく、男の声があまり耳に入らない。
 それほどに、澁澤は動揺し、一気に血液が頭に上がっていくのを感じた。

 「澁澤先生の作品を盗作呼ばわりした奴の小説を売ろうとするなんて、俺は信じられないですけどね。読みたいとも思いません。………先生?どうしました?」
 「あ、うん。そうだな。………俺もそう思う」


 考えを事をしていたので曖昧に返事を返す。
 そのスタッフはその後も何か文句を言った後に打ち合わせ室から退出していった。その情報を耳に入れてくれた事に感謝しかない。もし知らなかったら、取り返しのつかない事になってしまっていたかもしれない。

 あの女子高生がまた小説を書き始めた。
 問い合わせのメールを送ったのも驚きだったが、小説を出版社に送って来たというのは、信じられなかった。
 あんなに震え、怖がり、写真の露出を嫌がっていたのに。今まで何もせずに静かにしていたはずなのに。

 どうして、今さら動き始めたのか。


 そう思った瞬間に怒りの感情が湧き上がって来た。
 やはりあれだけの脅しでは聞かなかったのか。
 年月が過ぎれば、記憶も薄れ、恐怖も忘れてしまうのだろうか。



 今、映画に制作が始まろうとしたばかりだ。今その話が出て問題になれば、今までの準備や努力が全て水の泡になってしまう。あの女に邪魔をされるわけにはいかない。
 もう少しで自分の地位が確約され、これからの栄光が約束されているのだ。


 これ以上、女に動かれるのはまずい。
 ならば、また同じような恐怖を与えなければいけない。
 
 自分にはあの女の弱みを握っている。最終的にはそれをネットにバラまいてしまえば、その女の人生も終わるのだ。



 そんな風に作戦をねっていると、担当のスタッフが慌てた様子で打ち合わせ室に入ってくる。
 いつもは笑みを見せる女だが、この日は表情が強張っている。
 あぁ、こいつも盗作メールと小説を読んで、自分を疑っているのだ、と理解した。
 先程の妙な雰囲気もその女の小説が与えたものなのだろう。これ以上、出版社の人間に疑われたままでいるわけにはいかない。早急に対処する必要がある。

 澁澤は怒りに震える手を握りしめながら、脳内でどう女に恐怖を感じさせようか。そんな、それを考える時は普段は感じられない楽しささえ感じてしまう。快楽にも似た味わいだ。
 自分の邪魔をする人間が恐怖を感じ、泣きながら謝罪をする姿を想像しながら、澁澤はその作戦をじっくりと遊び方を選ぶように考え始めた。




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