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18話「三角の約束」
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ゆっくりとした穏やかな時間だった。
宮が作った料理を温めて、2人でテレビを見ながら、無言のまま時間をかけて食べた。
どんな話をすればいいのか迷っていたが、虹雫も何もしゃべらずにボーっとテレビの映像を眺めていたので、宮はそれを見つめる事しか出来なかった。
見え隠れする虹雫の腕は少し赤くなったままだ。
きっと彼女は自分の肌をタオルで強くこすったのだろう。犯人の男に触られたのを思い出し、そして汚れてしまったと虹雫は思っているはずだ。けれど、虹雫は男に写真を撮られただけのはずだ。けれど、虹雫はそれさえも大きく傷ついていたのだろう。それは、当たり前の話だ。薬で意識が朦朧となった所を縛られて、下着姿になったのだ。そして脅されて物語を盗られてしまった。そんな愚かな男に、少しでも触られたのが、許せなかったはずだ。
けれど、そんな男に触れらた事で、虹雫が汚れたわけではない。
その汚れを落とそうと、ゴシゴシとこすってしまったのだろう。
宮は、虹雫にその事を伝えようとした。
「虹雫、昨日の事だけど……」
「宮、私、2人に話したいことがあるの」
「え……」
宮の言葉を被せて、そう言った。普段ならは人の言葉を遮るような強引な事はしない虹雫なので、宮は驚いて彼女を見てしまう。
彼女の表情は今にも泣き出しそうなものだった。それを見て、宮はすぐに理解した。虹雫は、宮が話そうとしていた事が何なのかを察知したのだろう。そして、それに触れられたくなかったのだ。
「剣杜が帰ってきたら、行きたいところがあるんだ。一緒に来てくれる?」
「………わかった。じゃあ、剣杜を迎えに行くか」
「そうだね」
その話が終わった後、虹雫は部屋にこもってしまった。「準備したいことがあるから」と言って、なかなか出てこなかった。
宮は心配したものの、傷ついた彼女にどう接していいのかもわからずに、心配するばかりだった。その間、剣杜に2人で迎えに行くと連絡し、その後は宮が犯人から受け取った名刺を調べた。が、やはり、その男の情報はいくら調べてもヒットしなかった。もちろん出版会社にもその名前はなかった。
そんな事をしている間に、辺りは薄暗くなり、いつもの下校時間に近づいていた。
「宮、おまたせー」
「………虹雫」
階段から降りてきた虹雫は、いつもと変わらない笑顔を浮かべて宮に向かって手を挙げながら名前を呼んだ。先ほどの雰囲気とは違いすぎて、宮は戸惑ってしまう。無理やり元気を装っているのかと思ったが、虹雫はそんな様子も見せずに「剣杜、待っててくれるかなー」と玄関でシューズを履きながら、声を弾ませて話す。彼女は白いワンピースにジージャンというカジュアルな格好に着替えていた。そんな彼女は普段通りすぎて、宮はそれに合わせるしかなかった。
「剣杜、お待たせ!」
「………大丈夫なのか?」
とある公園で待ち合わせをしていたが、先に学校が終わった剣杜が待っていた。
笑顔で駆け寄る虹雫を、剣杜も驚いている様子だった。さりげなく、宮の方に視線を合わせてくる剣杜だったが、宮は小さく首を横に振るしか出来なかった。
「うん。元気だよ?」
「そ、そうなのか?」
「ごめんね、急に呼び出して」
「いや、おまえの所に行く予定だったけどいいけど……」
「虹雫、それで行きたい事っていうのは?」
「うん。ここで、したいことがあるんだ。ここだと目立つから奥の方に行こう」
そういうと、虹雫はすたすたの公園の奥の方へと一人で歩き始めた。
その後ろ姿を怪訝そうな視線を送りながら、剣杜は宮に近づいてきた。
「虹雫、どうしたんだよ。空元気っていうか、無理やり笑っている感じだよな」
「さっきからあんな感じなんだよ。……痛々しいよ」
「で、やりたい事って?」
「俺も聞いてないからよくわからんだが。少し様子を見よう」
「そうだな」
「宮、剣杜ー!!何やってるのー?」
この公園は、少し広い作りになっており、遊具などはあるものの、今は薄暗くなっており人は誰もいなかった。そして奥の方が狭い作りになっているので、入口からは見えなくなる場所だった。そこに座り込んで、宮と剣杜を呼んでいた。2人は駆け寄り、彼女の隣に座る。
「虹雫、ここで何をするつもりなんだ?」
「これ、ここで燃やそうと思って」
「それは、おまえの日記?」
彼女の手には、薄いノートがあり表紙には「diary」と書かれていた。虹雫の日記だとわかる。
それを燃やすというのは、どういう事なのか宮と剣杜はそのまま疑問を彼女にぶつける。
「………この日記、小説を書き始めて、投稿を始めた時から始めたのもなの。だから、昨日の一見が起こる前の事もいろいろ書いてある」
「それを燃やすのか?」
「全部燃えたら、忘れるの。この紙みたいに、なかった事にする。だから、2人も忘れてね」
「…………」
「それでいいのか?」
「……うん」
虹雫はそういうと、大切に抱きしめていた日記を地面に置いた。
そして、バックから自宅から持ってきたのだろうライターを取り出した。
虹雫はそういうならば、忘れるのが正解なのだろう。
けれど、宮はそんな事は嫌だった。虹雫を傷つけ、夢を壊し、無理に作った笑顔を浮かべる彼女にした男を許せるはずがなかった。いつもならば、感情を表に出さないようにしていたが、この時だけは、我慢が出来なかった。虹雫の言葉に返事が出来ない。
昨日の一件を忘れる、それだけは約束できるはずがなかったからだ。
「……虹雫、水は持ってきた?」
「え?」
「日記が燃えた後に他の草とかにうつってしまったら大変だ。水があったほうがいい」
「え、あ、そっか。じゃあ、コンビニで買ってくる」
突然、そんな事を言い始めた宮に驚きつつも納得してしまった虹雫は、一人でコンビニへと向かってしまう。
「………宮、これぐらいのノートだったら燃えた後、火は自然に消えるだろ」
「わかってる。剣杜、なんかノートかして」
「へ?」
「俺のノートうつしたもの上げるから、何でもいいから早く。虹雫が帰ってくる」
「あ、あぁ」
宮の強めの言葉にせかされ、剣杜はカバンの中から「数学」と書かれたノートを取り出して宮に渡す。すると、地面に置いてあった虹雫のノートを取り、自分のカバンの中に入れると、剣杜のノートに向けてライターで火をつけた。
「お、おい!俺のノートッ!」
「この虹雫の日記は証拠になるかもしれない。燃やすわけにはいかないんだ。虹雫には黙ってろよ」
「……おまえ、本当に無茶苦茶だな」
「あぁ!先に燃やしてたの!?もう、待ってて欲しかったのに」
大きなペットボトルを抱えた虹雫が戻ってきて、燃えているノートを見ながら落胆した表情を見せる。が、すぐに切り替えて、虹雫は宮と剣杜の間に座り、燃えるノートを見つめた。すり替えた剣杜のノートだとわ気づかなかったようだ。
「ね、手、繋ごう?約束の忘れないために」
「なんだよ、それ、怪しい儀式みたいじゃないか」
「いいからいいから。宮も、ね」
宮に向けて手を伸ばしてくる虹雫の手を拒めるはずもなく、宮は彼女の手を取った。水を抱えてきたからだろうか、彼女の手はとてもひんやりとしていた。
三角の形をして、燃える火を囲む3人。
あっという間だったはずなのに、その時間を宮は鮮明に覚えていた。
「もう少しで消えちゃう。これが消えたら、忘れるんだよ。約束!」
「じゃあ、忘れよう。虹雫がそれで笑えるなら」
「うん。だから、ごめん今だけ泣かせて」
きっと我慢していたのだろう虹雫の最後の言葉は震えて上手く発せられなかった。
繋いだ手から彼女の体が震えているのがわかる。手を繋いでいるせいで、彼女の涙を拭えもしないし、抱きしめる事も出来ない。
その代わりに宮は彼女と繋いでいる手をギュッと強く握りしめた。
それは彼女を慰めるためでもあったし、悔しさでもあった。
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