13 / 40
12話「向き合う勇気」
しおりを挟む12話「向き合う勇気」
△△△
「あれ?今日は彼氏さん迎えに来ないの?」
「最近、忙しいみたいで。それに、彼氏じゃないですよ……」
「またまたー。今日こそ、近くで見たかったのに。絶対にイケメンだよね」
「確かにモテてましたね。私の幼馴染なんですけども」
「じゃあ、今度迎えに来た時に挨拶させてね」
虹雫の職場の先輩である女性と、図書館の鍵を閉めながらそんな話をしていた。どうやら、宮が迎えに来ているのを誰かに見られてしまったようだ。お試しの恋人では「彼氏です」とも言えずに、虹雫は曖昧に誤魔化すしか出来なかった。
先輩と別れた後に、すっかり暗くなった夜道を1人で歩く。お試しの恋人になってからは、一人で帰る事が少なくなり、そんな日は寂しくなってしまう。今まではずっと1人だったというのに。それに最近は宮が忙しいようで週に1度ぐらいしか会えなくなってしまった。今までが会いすぎていたのかもしれないが、虹雫は今日はいるだろうか、と仕事を終えて図書館の扉を開けては落胆する日々が続いていた。
「一人だし、街の大きい本屋さんにでも寄っていこうかな。まだ閉店まで時間があるしね」
そうと決まれば、虹雫の足取りも軽くなる。本好きにとって本屋はテーマパークなのだ。頭の中でどんな本を買おうかと考えていくうちに、虹雫は少し前の出来事を思い出した。剣杜と一緒に本屋を訪れた時だ。その時の事を思い出すと、バックを持つ手に力が入り、鼓動も早くなる。虹雫は大きく深呼吸をして、一人で感情を落ち着けていく。
「新刊や話題書の棚にはいかないようにしよう」
そう心に決めて、先程よりも少し重くなった足でゆっくりと歩き始めたのだった。
本屋に着いてからは、あっという間に時間が過ぎていった。
気になっていた作家の本をパラパラと見ているうちに、夢中になっていたようだ。気づくと店内に閉店のアナウンスが流れていた。虹雫は急いで本をレジに持っていき会計を済ませると店を出た。思ったよりも時間がかかってしまい、いつもよりも帰宅が遅くなりそうだ。昨日のみそ汁の残りと冷凍庫にあるおにぎりを温めれば、本を読みながらご飯が食べられる、と頭の中で考えながら帰り道を急いでいた。
「あれは、………宮?」
見慣れた横顔が、少し離れた人混みの中で目に留まる。だが、いつもとは違い、髪をオールバックにして整えており、見たこともないスーツに身を包んでいた。一瞬人違いかと思ったが、それでも宮だとわかる。ずっと一緒に育ってきた幼馴染で長い間片思いをしてきた相手なのだから当たり前だ。虹雫は、駆け足で彼に近づこうとした。が、すぐにその足が止まる。
宮の隣には見知らぬ女性がいたのだ。
年上の女性に見えるが、華やかなメイクと体のラインが出る洋服がとても似合う、色気のある女の人。高級バックや宝石をつけているが、それらにも見劣りしない美しい人だった。
2人はとても仲がよさそうな雰囲気で、手は繋いでいないものの距離はとても近かった。その女の人が宮を見る目は、とてもにこやかで艶がある。宮の事が気になっているのだろう。それがすぐにわかるものだった。
虹雫の視線にも気づかず、2人は高層ビルの中に入っていった。虹雫はそのビルを見上げる。そこは、有名なレストランが入っているホテルだった。1泊の金額を知った時に驚いた記憶があるほどの高級ホテル。最上階には素敵なバーもあるはずだった。
が、そのホテルの名前を見た瞬間、虹雫は足元から寒さが込み上げてきた。
宮とあの女性は、どんな関係なのだろうか。
そんな事を考えてしまい、虹雫はその場からのろのろと逃げるように立ち去った。
その後は、どのように帰ったのか記憶があまりなかった。
頭の中で、先程の光景が離れなく、「きっと仕事だ」「でも、違うかもしれない」というそんな葛藤がぐるぐるとめぐっていたのだ。
宮とはお試しの恋人同士だ。だから、何も言えない。本当の恋人ではないのだから。
けれど、彼は自分の事を「好き」と言ってくれた。部屋に泊まらせてくれた。
それに、宮はお試しの恋人だからといって、隠れて別の女性と付き合う事なんてしない、とわかっている。彼はそんな事をするような人ではないのだから。
それなのに、どうしても不安になってしうのだ。
あの女性と仕事ではない関係だったら。もし、仕事上の関係だとしても、宮が惹かれている存在ならば。
そんな風に思って、勝手来た本にも集中できず、ご飯も食べられなくなってしまった。
そして、連絡のないスマホをジッと見つめているだけだった。
3人とお揃いの三角のストラップを握りしめて、不安な夜を過ごした。
その日、宮からは連絡が来ることはなかった。
それから、虹雫はあの夜を思い出しては悩む日々が続いた。
きっとあの女性は、バリバリ仕事をこなすような女性なのだろう。雰囲気からそんな風に感じたし、身に着けている服や小物も高級そうだった。ある程度仕事で成功している人なのかな、と思った。
そして、自分とは正反対だ、とも。
自信をもって仕事をこなし、宮と一緒に歩いている姿もとても絵になった。大人の女性。
宮自身も天才と言われ、子どものころから一目置かれる存在で、学生の頃からビジネスでも成功している人間だ。そうなれば、きっとあの女性とも話が合うのだろう。虹雫が知らない事も沢山知っているのだろう。宮がどんな人と付き合っていたのか。虹雫は怖くて聞けなかったし、宮も話す事はなかった。
自分が、お試しの恋人になったのは彼の好みとは真逆の存在だから迷っているのではないか。
そう思い始めていた。
「私も、仕事を頑張れば、自分に自信が持てるようになれば、宮もこっちを向いてくれるかな……」
宮は仕事から帰り、ずっと使っていなかった、小さなノートパソコン。
作業机の端に布が掛けて、見ないようにしてきたものだった。今でもつくだろうか、と電源を入れてみると、鈍い機械音と共に画面が光り始めた。まだ、動く。
パスワードを入力して、ネットに繋ぐ。動作は遅いが、無事に接続も出来た。
震える手で、昔よく使っていたサイトを開く。
そこをタップして、色とりどりのイラストや文字が出た瞬間、虹雫の胸はドクンッと大きく跳ねた。
そこに「『夏は冬に会いたくなる』 映画化決定!」と、大きく広告が出ていたのだ。
パタンッ!
虹雫は思わずノートパソコンを勢いよく閉じてしまった。
そして、荒くなる呼吸を感じながら胸に手を当てた。
やはり無理なのだろうか。
忘れると約束した事を、自分から破ろうとしている。そこまでして、忘れたかったのに、自分から近づいていくなんて。
止めよう。辛くなるだけだ。誰も自分の事を待ってはいないのだから。
けれど、頭の中には宮とあの女性の横顔が頭をよぎる。
あれから、宮と会っていたももやもやして、心から笑えていない気がしていた。このままではだめだ。そう思っているのに、解決できない。
けれど、宮と離れるのは嫌だ。
本当の恋人になるために頑張るのではなかったのか。
自分に自信を持って、宮に振り向いてもらうために。
虹雫は大きく深呼吸を何度か繰り返した後、ゆっくりとノートパソコンを開き、キーボードをゆっくりと指で叩き始めた。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
【完結】一夜の関係を結んだ相手の正体はスパダリヤクザでした~甘い執着で離してくれません!~
中山紡希
恋愛
ある出来事をキッカケに出会った容姿端麗な男の魅力に抗えず、一夜の関係を結んだ萌音。
翌朝目を覚ますと「俺の嫁になれ」と言い寄られる。
けれど、その上半身には昨晩は気付かなかった刺青が彫られていて……。
「久我組の若頭だ」
一夜の関係を結んだ相手は……ヤクザでした。
※R18
※性的描写ありますのでご注意ください
鬼上司の執着愛にとろけそうです
六楓(Clarice)
恋愛
旧題:純情ラブパニック
失恋した結衣が一晩過ごした相手は、怖い怖い直属の上司――そこから始まる、らぶえっちな4人のストーリー。
◆◇◆◇◆
営業部所属、三谷結衣(みたに ゆい)。
このたび25歳になりました。
入社時からずっと片思いしてた先輩の
今澤瑞樹(いまさわ みずき)27歳と
同期の秋本沙梨(あきもと さり)が
付き合い始めたことを知って、失恋…。
元気のない結衣を飲みにつれてってくれたのは、
見た目だけは素晴らしく素敵な、鬼のように怖い直属の上司。
湊蒼佑(みなと そうすけ)マネージャー、32歳。
目が覚めると、私も、上司も、ハダカ。
「マジかよ。記憶ねぇの?」
「私も、ここまで記憶を失ったのは初めてで……」
「ちょ、寒い。布団入れて」
「あ、ハイ……――――あっ、いやっ……」
布団を開けて迎えると、湊さんは私の胸に唇を近づけた――。
※予告なしのR18表現があります。ご了承下さい。
ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編
タニマリ
恋愛
野獣のような男と付き合い始めてから早5年。そんな彼からプロポーズをされ同棲生活を始めた。
私の仕事が忙しくて結婚式と入籍は保留になっていたのだが……
予定にはなかった大問題が起こってしまった。
本作品はシリーズの第二弾の作品ですが、この作品だけでもお読み頂けます。
15分あれば読めると思います。
この作品の続編あります♪
『ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編』
【完結】maybe 恋の予感~イジワル上司の甘いご褒美~
蓮美ちま
恋愛
会社のなんでも屋さん。それが私の仕事。
なのに突然、企画部エースの補佐につくことになって……?!
アイドル顔負けのルックス
庶務課 蜂谷あすか(24)
×
社内人気NO.1のイケメンエリート
企画部エース 天野翔(31)
「会社のなんでも屋さんから、天野さん専属のなんでも屋さんってこと…?」
女子社員から妬まれるのは面倒。
イケメンには関わりたくないのに。
「お前は俺専属のなんでも屋だろ?」
イジワルで横柄な天野さんだけど、仕事は抜群に出来て人望もあって
人を思いやれる優しい人。
そんな彼に認められたいと思う反面、なかなか素直になれなくて…。
「私、…役に立ちました?」
それなら…もっと……。
「褒めて下さい」
もっともっと、彼に認められたい。
「もっと、褒めて下さ…っん!」
首の後ろを掬いあげられるように掴まれて
重ねた唇は煙草の匂いがした。
「なぁ。褒めて欲しい?」
それは甘いキスの誘惑…。
十年越しの溺愛は、指先に甘い星を降らす
和泉杏咲
恋愛
私は、もうすぐ結婚をする。
職場で知り合った上司とのスピード婚。
ワケアリなので結婚式はナシ。
けれど、指輪だけは買おうと2人で決めた。
物が手に入りさえすれば、どこでもよかったのに。
どうして私達は、あの店に入ってしまったのだろう。
その店の名前は「Bella stella(ベラ ステラ)」
春の空色の壁の小さなお店にいたのは、私がずっと忘れられない人だった。
「君が、そんな結婚をするなんて、俺がこのまま許せると思う?」
お願い。
今、そんなことを言わないで。
決心が鈍ってしまうから。
私の人生は、あの人に捧げると決めてしまったのだから。
⌒*。*゚*⌒*゚*。*⌒*。*゚*⌒* ゚*。*⌒*。*゚
東雲美空(28) 会社員 × 如月理玖(28) 有名ジュエリー作家
⌒*。*゚*⌒*゚*。*⌒*。*゚*⌒* ゚*。*⌒*。*゚
甘やかしてあげたい、傷ついたきみを。 〜真実の恋は強引で優しいハイスペックな彼との一夜の過ちからはじまった〜
泉南佳那
恋愛
植田奈月27歳 総務部のマドンナ
×
島内亮介28歳 営業部のエース
******************
繊維メーカーに勤める奈月は、7年間付き合った彼氏に振られたばかり。
亮介は元プロサッカー選手で会社でNo.1のイケメン。
会社の帰り道、自転車にぶつかりそうになり転んでしまった奈月を助けたのは亮介。
彼女を食事に誘い、東京タワーの目の前のラグジュアリーホテルのラウンジへ向かう。
ずっと眠れないと打ち明けた奈月に
「なあ、俺を睡眠薬代わりにしないか?」と誘いかける亮介。
「ぐっすり寝かせてあけるよ、俺が。つらいことなんかなかったと思えるぐらい、頭が真っ白になるまで甘やかして」
そうして、一夜の過ちを犯したふたりは、その後……
******************
クールな遊び人と思いきや、実は超熱血でとっても一途な亮介と、失恋拗らせ女子奈月のじれじれハッピーエンド・ラブストーリー(^▽^)
他サイトで、中短編1位、トレンド1位を獲得した作品です❣️
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる