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7話「サプライズデート」

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   7話「サプライズデート」



 宮は天才だ。

 学生の頃は学年1位はあたりまえで、彼がトップ以外をとったのは高熱を出しながら試験に臨んだ時以来で、それ以外を虹雫は見たことがなかった(それでも学年2位だったが)。
 全国模試でもいつも上位におり、先生たちからの信頼も厚い優等生だった。生徒会長などは「そういうのは苦手」と断り続けていたが、いつも推薦されるほどに優しく、生徒からも人気があった。また、背が高くて、容姿も整っており、クールだけれど話しかければ優しいという性格。そうければ、女子からは好意を寄せられる事も多く、バレンタインの日は毎回すごかった。けれど、宮はそれを「好きな人しか受け取らないことにしてる」と嘘の言い訳をして、貰わなかったので「きっと切ない片想いをしているに違いない」「すでに両想いの社会人がいるのだろう」などの噂が流れ、ミステリアスな男性といして更に人気を博してた。


 そんな宮だったが、有名大学の在学中に起業をした。けれど、その会社が売れてきた頃にすぐに売ってしまったのだ。起業家という職種だと宮は教えてくれたが、虹雫には詳しくはわからかった。





 「いつも迎えに来てくれてありがとう」
 「時間がある時が多いから気にしないで。あ、でもやることはやってるから安心してね」
 「会社を起業してるの?」
 「最近はやってないよ。今は投資とかしてて、収入はそこそこあるよ」
 「そこは心配してないけど…。いつも申し訳ないと思って」
 「俺が虹雫に会いたくて勝手にやってる事だから、心配しないで」
 「……宮は私が喜ぶ言葉をよく知ってるんだから」
 「幼馴染みでもあるからね」


 仕事終わりにいつものように迎えにきてくれた宮は、シートベルトを閉めながらそう言い笑うと、そのまま車を発進させた。

 お試しの恋人という関係になってから、週に2.3回らは彼が虹雫の職場に迎えに来てくれるようになっていた。その後は、どこかに食事に連れていってくれたり、虹雫か料理をつくったりと様々だったが、今日はいつもと違っていた。


 「あれ?なんか……いい匂いがする」
 「あぁ、気づいた?今日はテイクアウトをしてきたよ。お好み焼きとか、たこ焼きとか。飲み物もあるし、デザートはバームクーヘンにしてみたよ」
 「お家で食べるってこと?」
 「違うよ。まぁ、ついてからのお楽しみで」

 
 楽しそうに微笑む宮はとても楽しそうで、子どもの頃の彼に戻ったようだった。
 何か宮に考えがあるのだろう。


 「宮の事だから、きっと楽しいことね」
 「剣杜と違うからね。いきなり、肝試しに連れていったりはしないよ」
 「あ、それ、懐かしいなー。あの時は本当に怖くて2人から離れられなかったよね」
 「あの時の虹雫の悲鳴は面白かった」
 「……忘れてください」


 小さい頃に、剣杜に呼び出された虹雫と宮は、「楽しいことあるから、来て!」と行き先もやることも告げられずに、日が落ちた夏の夜に、懐中電灯1つを持って歩いた。そして、墓地についた瞬間に「肝試しをやる!泣いたり、怖くて逃げた人が負けなー」と、言い出したのだ。虹雫は「怖いからやめよう」と言ったが「懐中電灯は俺しかもってないから、暗い道を帰る事になるんだぞ」と言われ、宮と虹雫は肝試しに参加せざるおえなかった。宮と剣杜に手を握ってもらい、震えながら歩いたのを虹雫は今でも覚えていた。途中で、懐中電灯の電気が切れてしまい真っ暗になった瞬間、虹雫は泣き、剣杜は半泣きになりがら戸惑い懐中電灯を振り続けていた。冷静だったのは宮だけ。宮は暗闇に目が慣れてくるのを待ち、「2人共いくよ。墓地を出れば街灯もあるから大丈夫」と、2人を引っ張るかたちで、スタスタと歩いていた。その後、夜に家を抜け出したのがバレてそれぞれの家で家族に怒られたのだった。

 そんな昔話を懐かしく話しているうちに、窓の外の景色が変わっていた。高いビルは少なくなり、落ち着いた住宅街や商店街などが見えてきた。虹雫にとって、そこは見慣れた場所だった。


 「子どもの頃の話になって、タイミングがよかったね」
 「私たちの地元だよね。どうして急に戻ってきたの?」


 そう。この少し古びた町は、虹雫と宮、そして剣杜の地元であった。
 都会すぎず、田舎すぎない町。もう少し車を走らせれば田園風景になり山や川もある。けれども栄えた街までも車で40分もかからない場所。とても住みやすく、雰囲気のある街並みが虹雫は大好きだった。
 けれど、どうして宮が急にここに戻ってきたのかはよくわからなかった。虹雫の質問に、「着いてからのお楽しみ」と、まだ教えてくれる様子はなかった。


 それが5分ほど車を走らせた後、ひっそりとした雰囲気のある場所で車は止まった。
 住宅街の中でも木々が多い場所で、そこには長い階段がある。そして、その場所に入口には鳥居がある。鳥居といえば赤いイメージだが、そこは真っ白なのだ。夜にみると、それが朧気に光っているように感じらるから不思議だ。


 「ここって、私たちがよく遊んでい白狐様の神社じゃ……」
 「そうだよ。じゃあ、行こうか」

 
 宮は、車から食べ物が入った袋や他にも大きなバックを取り出すと、そう言ってすたすたの鳥居へ向かって歩き始めた。虹雫は「私も持つ」と言うと、「じゃあ、俺のバック持って」と、一番軽い彼のバックを渡されてしまった。
 長い階段をゆっくりと歩く。子どもの頃は駆け上っていたのに、大人だと疲れてしまうから不思議だ。運動不足かなっと思い
しまう。

 「虹雫、この神社には何があった?」
 「白狐様と、あ、もしかして……」
 「わかった?そう、春になると見事に咲く桜の大木」
 「お花見!?」
 「正解」


 言葉と同時に、ひらひらと目の前に桜の花びらが舞い降りてくる。
 最後の一段を登りきると、2匹の白狐の像が迎えてくれる。子どもの頃はその真っ白さと、にやりとした笑みの狐が怖かったけれど、今ではそれさえも愛着がある。その狐の背景には社がありそれに寄り添うように大きな桜の木が立っている。その桜は見ごろを迎えていたようで、淡いピンク色の花を咲かせていた。


 「すごい。久しぶりに見たけど、ここの桜は本当に圧巻と美しさがあるよね」
 「そうだな。しばらく見入ってしまうから不思議だ」


 2人は茫然とその桜を見つめていた。
 しばらくすると、宮はすたすたと桜に近づき、荷物を置いた。
 そして、大きなバックから小さなビニールシートを取り出して敷き始めると、テイクアウトした食べ物を並べ始めた。


 「え、ここで食べるの?」
 「よくここで花見してただろう。3家族合同で」
 「そうだけど。いいのかな……」
 「神主さんだって、いつも賑やかでいいですねって言ってくれてたし、ここには住んでいる人もいないんだし、片付けをすれば大丈夫だよ。はい、虹雫。寒くなるかもしれないから」
 「ひざ掛けまで持ってきてくれたの?宮は、こういう所、抜かりないよね」
 「ほら、座って。お好み焼き、好きだろう」
 


 そう言うと、先に座っている宮が手招きしてくれる。
 虹雫はクスリと笑い、靴を脱いで彼の隣に座った。
 そして、ジュースで乾杯をして、桜を見ながら遅い夕食を食べた。どうやら、どこかの花見会場の出店で買ってきてくれたようだ。


 「お祭りとかで食べる焼きそばとかお好み焼きってどうして、こんなにおいしいんだろう」
 「昔の思い出が混ざってるからだろう」
 「……なるほど。そんな風に考えた事なかったけど、確かにそれぞれの思い出があるから、さらにおいしくなるんだろうな」
 「3人でよく分けてあって食べたな」
 「うん。美味しかったね。わたあめの絵柄で喧嘩したり、リンゴ飴を落として割れちゃって悲しくなってたら、宮が自分の分と交換してくれたよね」
 「あー、そんな事あったな。よく覚えているね」
 「覚えているよ、宮の事も剣杜の事も。大切だから」


 どんな事を思い出しても、彼らが出てくる。
 自分には大切な存在。今の自分がいるのは2人がいたからだと思えるほどだった。


 「じゃあ、今日の思い出もしっかり残しておかないとね」
 「もちろんだよ。その、恋人としてだから、今までとはちょっと違うけど」
 「そうだね」


 恥ずかしくなり、少し口ごもる虹雫を目を細めて微笑みながら見つめる宮。すると、彼の手が虹雫の頬に触れられる。春の夜は、少し風が冷たい。宮の指先もひんやりとしていた。
 宮の顔がゆっくりと近づいてきて、彼がしようとしている事を察知した。


 「ま、待って、宮……」
 「ん?どうしたの。キス、嫌だった?」
 「そういうわけじゃなくて。あの、白狐様見てるかもしれない」
 「幼馴染同士で恋人になったんだなって報告になるんじゃない?」
 「……青のりついてるかもしれないし」
 「そんなの俺だって同じだよ。外だから、恥ずかしいんでしょ」
 「う、うん……」
 「誰も見てない」
 「それはそうなんだけ、ん………」
 

 虹雫の言葉を飲み込むように、途中で宮の唇で口をふさがれたしまう。
 いつもよりも深いキス。虹雫の唇を覆いキスをする宮に、翻弄されてしまう。
 強張っていた体の力が抜けて、彼の体に寄りかかってしまう頃に、ようやく彼の唇から解放された。

 「み、宮……」
 「外だと開放的になっちゃうね」
 「宮の意地悪」
 「そんな潤んだ瞳で言われてもな。もう1回だけいい?」
 「ダ………」
 「ダメとは言わせないけど」
 「ん……」


 いつもとは違う、少し強引な彼の態度とキスに、虹雫は驚きながらも甘い雰囲気にうっとりとしてしまう。宮がくれる刺激的なキスを感じながら、虹雫が触れている彼の胸の鼓動が早くなっているのがわかり、嬉しくなってしまう。彼も自分と同じなのだ、と。

 桜と白狐に見守られながら、虹雫と宮はしばらくの間、2人だけの甘い時間を過ごしたのだった。

 

 
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