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5章
12、
しおりを挟む12、
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久しぶりの過去の夢見を妨げたのは、現代の無粋な電子音であった。
せっかく久しぶりにあの人に会えたというのに。邪魔をしてくれるなど、この電子音の先にいる人物を斬ってしまいたいと思いながらも渋々気怠く瞼を開ける。
「………誰だ。一言文句を言ってやらんと気が済まんぞ」
そう言って金秋は体を動かそうとした。が、いつもより体が重い。不思議に思いながらもスマホを操作する。すると、着信履歴には斎雲の名前がずらりと並んでいたのだ。何事だと怪訝に思って画面を見つめるとタイミングよくまた斎雲から着信が入った。それを受け取ると、『ああ、やはり無事でしたか』という安堵した声が耳に届く。胡散臭い阿闍梨だという男だ。
そこで、金秋は自分がどうして眠っていたのかをようやく思い出した。確か、何かの呪術のおかげで死にかけたのだった。が、今はどうしてだろうか。体にあった妙な鱗に押し付けられたような跡や、心臓を締め付けられるような苦しみはなかった。こんな何百年も生きてきた自分が妙な呪いで死んでしまったら、あの男に笑われてしまうだろう。何より、あの男の夢を叶えられなくなるのが、とても悔しかった。何が何でも生きてやろうと思っていたが、まだ体は気怠いがどうやら何とか呪術を祓えたようだ。
「悪かった、斎雲よ。呪いを祓ってくれたのだな、助かった」
この男に礼を言ってしまえば、多額の請求書を渡されそうであったが今回ばかりは命を助けられたのだから仕方がないと思ったが。が、そんな彼の返事は意外なものであった。
『お役に立てたようでなによりです、と言いたいところですが、今回は私は何も出来ていないようです。その様子ですと、やはり金秋さんが自分で術者を倒した訳ではないようですね』
「……どういう事だ?」
『金秋さんの呪いを祓いに龍蛇の神の力を借りようと説得していたのですが、つい先ほど金秋さんの体に巻き付いていた蛇の呪いお気配が消滅していたのです』
「何だと。勝手に消えるものなのか?」
『そんな事はないでしょう。金秋さんの命を脅かすほどの力だったのですから』
「では理由は何だというのだ」
結論をはっきりしない斎雲に対して、苛立ちをぶつける。けれど、それは金秋の体の奥底にある焦りからきている。何を自分は忘れている。どうして、こんなにも靄がかった気持ちになるのだろうか。あと少しで思い出せそうであるのに、ずっと生死を彷徨っていた頭は、まだぼんやりとしてしまうのだ。
『近くに相模さんはいらっしゃいますか?』
「………相模、だと」
そうだ。
最近、ひょんな事から行動を共にするようになった男だ。その男は、普通に現代を生きる男であったが一つだけ変わった特色を持つ男である。それは、誰にも見えない透明な体を持っている、という事だった。どうやら、摩訶不思議な術をかけられたようだった。霊や妖怪といったあやかしの類を見ることが出来る金秋と迅が、たまたま見つけた男であった。それからというものの、彼と行動を共にしていたのだ。
そう、つい最近も共に戦ったのだ。宇都宮城址で武士の幽霊と共に戦った。そして、自分は呪いに体を蝕られて倒れてしまったのだ。それを思い出し、金秋は急いで立ち上がり周りを見渡した。
そこには、ずっと見守っていてくれたのだろう迅が目を覚ました金秋を見つめて、嬉しそうに尻尾を振っていた。そう、この部屋にいるのは金秋と迅だけで、他の者の気配はない。
「……あいつ、まさか!」
共に寝ていた刀を2つ、手に持ち帯刀する。そこで、金秋は初めて気づくのだ。あの懐刀がなくなっている事に。
相模に貸し与えて暴走した、あの妖怪刀影葵がなくなっているのだ。それを持っていける人物はあの男しかない。
「何をやっているんだ、あの男は……」
『私が何もしていないのに金秋さんの呪いが消えた。となると、やったのは相模さんしかいません。だ、彼に呪いを祓う力もなければ、倒す強さもない。となると……』
「影葵を使ったか」
畳の上に投げ捨てたスマホを拾いながら返事をする。電話口の斎雲は、いつものような落ち着いた声だが、雰囲気は焦っている様子だ。それに早足で歩いているのか小刻みに足音も聞こえる。
『今も影葵が解放されているのがわかります。そうなってしまうと、相模さんの体がまた使われてしまっているかもしれない。その可能性が高いです』
「となれば、戦いに巻き込まれているのだろうな。それか、自分から首を突っ込んだか」
『金秋さんを助けるために無茶をしたのでしょう。それは、金秋さんもわかっているのでは』
「……弱いくせにすぐに首を突っ込むのは、あいつの悪い癖だな」
そう愚痴をこぼしながら、金秋は「迅」と相棒のニホンオオカミを呼ぶ。すると、迅は金秋が今から何をするのかを察知したんか、迅は一回り体を大きくさせて、体を伏せる。そこに金秋が近づき首元を軽く撫でながら「相模の場所はわかるか?急いでくれ」と囁く。スマホを消そうとしたところで、遠く離れた場所から、斎雲が問い掛けた。
『彼は透明な体という特異な存在ではありますが、あなたの陰妖師としての仕事に役立つわけではないですよね。それなのに、ここまで彼を気にかけるのは何故ですか?』
そうだ。
相模白峰という男は確かに力もなければ、剣術も心得もない。この死んだ者を斬るという仕事には全くもって役に立たなければ、必要な存在ではないかもしれない。
けれど、金秋にとっは気にかかる存在であった。
「それは俺自身もそれは不思議に思っていた。始めは偶然の出会いだった。だが、あいつと共にいてわかったことがあるのだ。……あいつは俺に似ている」
『金秋さんに、ですか?それは、どんな所でしょうか?』
「夢ばかり語る現代のひ弱な若者だと思っていた。いや、実際そんな部分もあったが。でもあやつにはあやつなりの正義があるのだろう。実際、あの者は透明な体となっているのに、腹を空かせていた。ただ食いをしたり、盗みし放題の体をであるのにも関わらず、悪さをすることもなく仕事をして生活をしてるようだった。誰にも見られずに過ごしているのに、律儀に金を払って買い物をしているのだぞ。変わり者ではないか」
『変わり者というのは似ていますね』
何が面白いのか、電話口の斎雲は楽しそうな口調でふざけた事を言っている。だが、確かに変わり者同士であるかもしれない。だが、それだけではない。
「それに死ねない理由がある者同士なのだ」
相模という男は、人には見えないのに物を盗まず、人との関わりが優先させる正しき心を持つものだ。だから、助けてやりたいと思った。始めは気まぐれだったかもしれない。だけれど、今は何かが導いたのではないかと思ってしまうから不思議だ。
助けてやりたいと思っていたのに、気づけば金秋が助けてもらっている。
ならば、今度は自分があいつを助ける番である。
自分の命も、相模も、両方守ろうではないじゃないか。
今まで戦い続けてきたのだから、それぐらいは出来るはずだ。
『私も急いで向かいますので、無茶はしないでください。まだ病み上がりなのだから』
「おまえが来た頃には全てが終わっているだろうから、茶でも飲んでゆっくりしてから訪れればいい」
そう言ってスマホの通話を切って、迅の背中に乗り込もうとした所でまたある物がリビングに置かれているものに気づく。それは見覚えがあるものであった。
「……これは、あいつが大宮で買っていた茶碗か」
そこには2つの箱が置かれており、大きい方は茶碗が入っていた。相模が割ってしまったもので、そのお詫びに新しいものを買い直してくれたのだろう。壊れたものと似たような、黒色のシンプルなものであった。だが、もう1つは何なのか、金秋はわからなかった。相模が他にも買っていたのだろうか。不思議に思いながら、茶碗の箱よりも小ぶりの箱を手に取って開けてみる。
「………これは、何であいつが」
そこに入っていたのは、雲ひとつない夏の青空のような透明なガラス出来た風鈴だった。柄もないシンプルなものであるが、だからこそ似ているのだ。
もう百年の前に、それを見上げた事、そしてそれが無残に落ちて割れる瞬間が蘇っていく。
あの男がどこから買ってきた風鈴を、本陣に飾っていて沖田。場所が変わるたびにそれをしっかり持ち、新しい拠点にもつけていた。それを呆然と見つめるのが、実は気に入っていた。風鈴のガラス越しに空を見れば、どんな曇天であっても晴れて見えるのだ。やはり晴れの日の方が、金秋は好きだった。
だから、鳥羽・伏見の戦いで本陣に砲弾が撃ち込まれ、割れた音を聞いた時は悲鳴や銃撃音よりも大きく聞こえたのだ。そして、それが味方にも踏まれて粉々になっている。
きっとこれを見たら沖田は悲しむだろうな、と思って見つめていると「早く撤退しろ」と殿をしていた永倉から怒鳴られてしまう。破片だけでも持ちかえろかと思ったが、後ろから敵の気配をかんじ、金秋も急いで走り込んだ。
風鈴は、当時の事を思い出す。
それは懐かしいさもあれば、辛さも感じてしまう。それが金秋にとっての風鈴であった。
金秋は過去からそれを取り出し、風鈴の頭についている紐を持って頭より上に上げてから軽く揺らす。すると、可愛い音が部屋の中に響く。それと同時に、沖田が梯子をもってきて、手を伸ばして風鈴をつける姿や、稽古後に熱くなったを冷ましながら風鈴を見た記憶が蘇る。
「……あの頃に戻りたいと何度願っただろうか」
この世で長い間生きてきたが、本音をこぼしたのはいつぶりだろうか。そんな感傷的になってしまうのだ、この風鈴のせいだろう。けれど、それは全く悪い気分ではなかった。
相模はどうして、この風鈴を金秋に渡そうとしたのだろうか。それがわからない。
けれど、最近の100年ほどは人間とはほとんど接してこなかったので、ここ最近で驚き、嬉しいと思える贈り物は初めてと言っていいほどであった。
「今度は破らぬようにしないとな」
金秋は大事に両手で包み込むように風鈴を持つと箱にしまった。
風鈴を飾り、見つめながら過去に浸る日もいいだろうが、今はその時ではない。金秋にはやらなければいけない事があるのだ。
「待たせたな、迅。さあ、もう一人の相棒を探しにこうではないか」
今度こそ、大型になった迅の背中に跨り、ふわりとした毛玉を抱きしめるようにしがみつと、ふわりと迅の体が宙に浮かぶ。この浮遊感が金秋は好きではないが、今は文句を言ってはいられない。
金秋は流れる街並みを見つめながら、意識を戦いに向ける。
透明な体を持つ変わった現代人が無事な事を祈りながら、あの男の元へと急いだ。
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