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5章
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ゲームで何人もの人を一人で倒すゲームがあるが、あれがいかに無茶苦茶な事なのか知った。相模は同じ状況に立って、初めてそのキャラクターが可哀想に思えてきた。
大勢の武士たちの罵声怒声。何重にも重なって聞こえる足音は、地鳴りのように体に響く。集団で見ても恐ろしいが、一人一人のギラついた瞳を見るのはもっと怖かった。武士の霊達は、相模に近づくと思い思いの武器を手に持ち始める。キンッという刀を抜く音や、銃に詰める火薬の匂いが此処まで漂って来る。
あまりのも恐ろしい光景に、相模は尻込みしてしまう。これは、まるで宇都宮城址での戦いのようであった。その時よりも不安を感じてしまうのは、いつものあの彼の背中がないからだと、相模はすぐに気づく。
自分だけで勝てるのだろうか。この100人ほどの武士に勝てるのか?疑問と不安が相模を追い詰めていく。
『もしかして、不安になってる?あの裏切り者がいないから、勝てないとか思ってるでしょ?』
「だって、君だってさっき、これはやばいかもって言ってたじゃないか」
『それは体に傷をつけずに終わらせるのは難しいかなって事だよ。』
「この人数で無傷なのはありえないだろ」
『体の持ち主がそのつもりなら、多少無茶しても怒られないよね。あ、今は俺が操ってるけど、痛みは君にも感じられるはずだから、覚悟しておいてね』
「俺じゃあすぐに負けるだけだから、君に任せるけど。なるべくは怪我はして欲しくないかな」
『刀の傷はとっても痛いよー。覚悟してなよ』
「それは………怖すぎるよ。でも、俺が痛みを感じるのはわかったけど、君だって痛いんでしょ?」
『そうなんだよね。死んでも痛みは感じるなんて嫌な事だよ』
「だったら、無理はしないで。君が斬られていなくなっちゃうのは困るから」
恐怖を紛らわせるために、相模と妖刀の男は軽口を叩き合っていた。
けれど、相模の言葉への返事が急になくなった。目の前に男がいるわけではないので、相模がどんな表情をしているのかはわからない。が、男が驚き息をのむのだけは伝わって来た。と、思えば、妖刀の男は声を上げてケラケラと笑いはじめた。
『はははは!君ってやっぱり面白いね。あの無骨な男が気に入るわけが少しずつ理解できるようになったよ』
「………そんなに笑われるような事、俺言ったか?」
『そんな君に僕を名前で呼ぶことを許してあげる』
「君の名前?」
『生きている時の名前はとうの昔に捨てたんだ。影葵って呼んでよ。そしたら、君に力を上げるから!』
そう言うと、影葵は刀を構えたまま颯爽と駆け出し、霊の集団へと突っ込んでいく。
『影葵、この霊たちに勝ってくれ!そして、金秋さんのところへ帰ろう』
「最後の願いは叶えたくないけど、まあいいか。任せておいて!」
相模が預かった妖刀影葵。
相模と影葵の共闘が、この時始まった。
圧倒的不利な状況であるのに、相模の顔には何故か笑みが浮かんでいた。
それは勝利への自信なのか、他の何かなのか。
それは、影葵にしかわからない。
ーーーー
夢を見ていた。
それは懐かしく、今すぐにでも戻りたい記憶でもあるし、早く夢から覚めて欲しいと懇願するほど辛い記憶でもあった。
その夢は深いもので、そう簡単には現実世界へと返してはくれないようだ。この夢の時間が現実なのか、目覚めた現実が夢なのか、金秋にはもうよくわからなくなってしまうのだ。
「しばらくの間、沖田は作戦には参加しない」
そう通達されて、異議を唱えたのは金秋だけであった。
もう仲間たちはわかっているのだ。新選組の第一部隊隊長である沖田総司が、大病を患っていることを。
夜の境内に、ひっそりと響く乾いた咳の男。沖田本人は、必死に堪えていたようだが、同じ屋根の下で暮らしている隊員には隠せるはずがなかった。特に同じ隊長達などの幹部や同じ第一部隊の男達はそれがよく伝わっていた。
そのため、彼に無理はさせられない、体調が第一だと考えるのが普通の感情なのだろう。
けれど、金秋は違っていた。どんなにち体が不調を訴えていても、休んだ方が生きる時間が長くなるとわかっていても、止められない思いがあるのだ。
強くなりたい。剣技を極めたい、と。
それが出来ないならば、死んだ方がいいと思っていた。
少しでも体が動くならば稽古を重ね、実践で闘いたかった。それが、強くなる唯一の方法だからだ。
だからこそ、沖田を休ませるという命令に、金秋はすぐに異議を唱えたのだ。
「何で隊長を休ませるんですか!」
「また、おまえか………。何故かって、体が動かねえからだよ。今動いて、あいつが死んじまったらどうるんだ」
「戦や任務をすれば、どうせいつかは死ぬじゃないですか。武士なら武士らしく戦場で死んだらいいんじゃないですか?」
「だから、武士らしく戦える体じゃないんだろう!無駄死にさせるつもりか」
「戦わないで死ぬ方が無駄死じゃないですか」
「おまえは………本当にわからない奴だな。だが、これは命令だ。それにおまえには何を言っても無駄なのがわかってる。今は時勢が日に日に動いて大変な時なんだよ。おまえに構っている暇はないんだ。さっさと部屋を出て言ってくれ」
鬼の副長と呼ばれる土方歳三の自室に向かい、抗議をするがすぐに出て行けと言われてしまう。これも、沖田の話をすると同じ結果だった。もう少しこの男に文句を言ってやりたかったが、すでに眉間の皺は相当深くなっている。少しの時間でも惜しいと思っているのは本当なのだろう。これ以上、金秋が何か言えば、大声で怒鳴られるか
面倒な仕事を押し付けられる危険があったので、今回は素直に退散することにした。試衛館からの仲でなければ、こんな文句は聞いてもらえずに、処分されるはずである。土方は厳しいと言われているが、こういう所で優しさが滲みでている。
今回は渋々これで話を終わらせた。だが、もちろん金秋は納得しているわけではない。
確かに沖田を今後の作戦には出させずに休ませるというのは、幹部の決定なのだろう。
だが、沖田自身はどう思っているのだろうか。
そして、次に向かう場所は決まっている。
西本願寺を拠点にしていた新選組は、この境内で稽古をしたり大砲の練習をしたり、時には酒や肉を食べたりして過ごしていた。もちろん、この頃には、京都の治安を守るために町を警備してまわっていたので、好き勝手生活していたわけではない。
仕事がない時は、稽古に勤しむ者や部屋でゆっくりするもの、花街に繰り出して酒と女を楽しむものがいた。
金秋は、剣の手入れをしたり、剣術を磨くのに忙しかった。それに、一応は諸士調役兼監察で、役職を兼ねていたため、休む時間もほとんどなかったが、それでも時間を見つけては剣の稽古を重ね続けていた。
夕方いなり赤黒い空になった頃。
真夏の暑さも少しの落ち着いてきたので、境内の広場では何人かは涼んだり、酒でも飲んでいる頃だろうか。そう思ったが、木刀片手に稽古場に近づくと、ビュンビュンッと素早く風を斬る音が耳に入って来た。
珍しく先に稽古をしている奴がいる。と思って、足を急いだが、その隊員が誰かとわかると、金秋の足は勝手に進んでいた。久しぶりに会えるあの男だ。夢だとわかっていても、気持ちが高鳴るのを感じる。
薄暗い中、夕陽を浴びたあの男の姿は蜃気楼のように儚い。けれど、一目見てわかる。
やっぱりあの人は、体のために休みたいなど思うはずがないのだ。
彼は俺と同じ分類の人間なのだから。
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