22 / 52
風の記憶 三、
三、
しおりを挟む風の記憶 三、
「ああ、おかえり。もう少しゆっくりしていてもよかったのに」
「何を言っているんですか!倒れたと聞きました。大丈夫なんですか?怪我は?」
「みんな大袈裟なだけだよ。俺が誰かにやられると思っているのかい?」
「それは心配してませんよ。体が………」
「見ての通り元気だよ。残念だったねー。君は大手柄を残せなくて。褒美も沢山いただける事になったんだ。俺は全く興味ないけど。あ、君に半分ぐらいあげる?新しい刀、欲しいって言ってたでしょ」
「隊長の手柄を横取り出来ません。家族に送ったらいかがですか」
「なるほど、いい考えだ」
家族の事情で、故郷に戻っている間。
隊に大きな事件が起こった。それを知ったのは風が運んできた噂話。事が終わってから大分経った後だ。だが、その大手柄により家族は「早く帰ってお役に立ってこい」と、言って京に戻してくれた。
隊に戻ってくる間も、その事件はよく話題になっているようで、町で耳にする事が多かった。
そんな時に自分は役に立てなかった事が、何よりも悔しかったし焦りがあった。隊に戻ったら、自分も手柄を上げなければ。そんな決意を抱きながら早足に京都へと戻ってきた。
だが、隊員から話を聞くとそれどころではなかった。
あの無敵の隊長が倒れたというのだ。
その話を聞くや否や、すぐに隊長の部屋へと向かったのだ。
だが、本人はけろりとした表情で「戻ったのか」と笑いながら茶を出してくれたのだ。いつもの隊長で安心はしたが、すぐに異変に気づく。目の下に大きなくまが出来ていたのだ。眠れていないのだろう。体調が悪いのは一目瞭然である。だが、彼自身は、隠そうとしているのだろう。というか、隠せていると思っているようだ
「それより、聞いて。僕は人を斬ったよ」
「………え」
「沢山の試合をしたし、不意をつくように人を斬ったことならある。けど、敵地に乗り込んで、優位とは言えない戦況で戦ったんだ。やはり、普段の稽古とは違う。僕はまだまだだと感じたよ。剣の道は、本当に奥が深いね。もっともっと学びたいよ」
そうだ。
この男は、こういう人であった。
命令だから戦うわけでも、富や名声のために刀を握り人を殺めるわけではない。全ては剣術のため。
自分がいかに刀を使いこなせるか、技を繰り出せるか。それが全てあった。
そして、もう一つの理由。
「僕はみんなと一緒に居れればいいからね。だから、強くなきゃいけないんだ」
「俺からしてみれば十分強いと思いますけど」
「君がそんな事を言うなんて珍しいね。ついに、自分が弱いことを認めたんだ」
「今は隊長より弱いだけです。いつか絶対に勝ってみせますよ」
はっきりと弱いと言われて思わずかっとなってしまう。この人は素直というか思った事を相手の気持ちを考えもせずにはっきりと言ってしまう。人懐っこくて面倒見はいいのだが、毒舌になってしまう事があるのだ。それを昔から知っている面子ならば理解されているのでまだいいが、会ったばかりの人間にも遠慮なしに言ってしまうのだ。にこにこして雰囲気がいいだけに相手も、皮肉を言われるとは思いもしない。そして、怒られたり、反感を買うのだ。
だが、剣の腕が立つので相手も何もできない。憎しみだけが増していくという悪循環だ。
それ故に何度、不意を突かれて襲われた事だろうか。だが、それでもこの男は全部斬り捨ててしまうから怖いものだ。
そして、そのうちに襲われる事もなくなっていく。
「僕が生きているうちに勝てるかな。おじいさんになる頃には、僕はゆっくり過ごしたいからね」
「そこまで待たせないですから、楽しみにしててください
「それは楽しみで仕方がないね。とりあえず、そのなまった身体を鍛え直してからの話だけど」
「………今から稽古してきます」
実家に戻っている間、木刀は振っていたが稽古などは出来るはずもなく、忙しい日々を送っていたこともあり身体は動かせていなかった。それを、この男はこの短い時間で見抜いたのだ。
体つきやちょっとした仕草など、この男は人間の事をよく見ている。今さっき「勝つ」と言ったばかりなのに、なまけた身体を見せるのが恥ずかしくなり、すぐに立ち上がり部屋を出て行こうとする。
心配していたが、この男はいつも通りだ。やはり体調不良というのは周りが心配しすぎだったのだろう。ここで一番強い男が倒れたとあっては一大事だ。きっと、騒ぎすぎただけだろう。
「頑張ってねー」
にやにやとした表情で手を振って見送る男に、ため息をつきながら足早に道場まで向かう。
だからこそ、この時は気づかなかった。
足音が聞こえなくなった瞬間に、苦しそうに咳き込む、命を擦り減らす音を。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
後宮の記録女官は真実を記す
悠井すみれ
キャラ文芸
【第7回キャラ文大賞参加作品です。お楽しみいただけましたら投票お願いいたします。】
中華後宮を舞台にしたライトな謎解きものです。全16話。
「──嫌、でございます」
男装の女官・碧燿《へきよう》は、皇帝・藍熾《らんし》の命令を即座に断った。
彼女は後宮の記録を司る彤史《とうし》。何ものにも屈さず真実を記すのが務めだというのに、藍熾はこともあろうに彼女に妃の夜伽の記録を偽れと命じたのだ。職務に忠実に真実を求め、かつ権力者を嫌う碧燿。どこまでも傲慢に強引に我が意を通そうとする藍熾。相性最悪のふたりは反発し合うが──
家路を飾るは竜胆の花
石河 翠
恋愛
フランシスカの夫は、幼馴染の女性と愛人関係にある。しかも姑もまたふたりの関係を公認しているありさまだ。
夫は浮気をやめるどころか、たびたびフランシスカに暴力を振るう。愛人である幼馴染もまた、それを楽しんでいるようだ。
ある日夜会に出かけたフランシスカは、ひとけのない道でひとり置き去りにされてしまう。仕方なく徒歩で屋敷に帰ろうとしたフランシスカは、送り犬と呼ばれる怪異に出会って……。
作者的にはハッピーエンドです。
表紙絵は写真ACよりchoco❁⃘*.゚さまの作品(写真のID:22301734)をお借りしております。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
(小説家になろうではホラージャンルに投稿しておりますが、アルファポリスではカテゴリーエラーを避けるために恋愛ジャンルでの投稿となっております。ご了承ください)
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる