上 下
39 / 48

38話「2回目のプロポーズ」

しおりを挟む





   38話「2回目のプロポーズ」





 花霞が歩けるようになった。
 自分の力だけで日常生活を過ごせるようになったため、医者から退院出来ると伝えられた。
 それは入院から約1ヶ月が経とうとした頃だった。


 花霞は椋と共に退院をして、久しぶりに家に帰る所だった。



 「この車も久しぶりだなー。懐かしい!」
 「花霞ちゃんにとっては、しばらくは久しぶりの事ばかりになりそうだね。」
 「うん。ご飯もそうだし、お風呂も!まず、洋服だって久しぶりだったから。嬉しいな。」
 「まだ病み上がりなんだから、無理はしないでね。」
 「うん、ありがとう。」



 花霞が怪我をしてからと言うもの、椋は心配性になっていた。
 目の前で大量の血を流し倒れてしまい、しかも命の危険もあったようなので、椋が神経質になってしまうのも無理はないのかもしれない。
 けれど、もう花霞は元気になったので、椋に心配をかけたくない、とも思っていた。


 「今日は花霞ちゃんが食べたいものを作るよ。何が食べたい?」
 「やった!じゃあー………んー………ハンバーグかな。」
 「了解。楽しみにしてて。」


 椋との何気ない普通の会話。
 少し前までは、彼の事の秘密が気になったり、彼と別れてしまうのかと不安になっていた。
 けれど、今は違う。

 何を食べようか。どんな所へ行こうか。
 考えることは楽しいことばかりなのだ。
 そして、彼との関係が終わってしまうという、カウントダウンもない。
 それが何よりも幸せな事だった。



 「…………また、椋さんのおうちに帰れて嬉しいな。」
 「うん。俺も一緒に帰れて嬉しい。それも、花霞ちゃんのおかげだ。」
 「違うよ。椋さんが私を助けてくれたから、だよ。椋との出会いがあったから、私はここに居るの。だから、昔の椋さんに感謝だね。」
 「………………あー、花霞ちゃんには敵わないな。」


 椋はキョトンとした後に、正面を向いて運転をしながら、笑った。


 「え、どうして?」
 「可愛いすぎるなって思って。そんな事言われて嬉しくない男はいないでしょ。今、運転してなかったら確実に抱きしめてた。」
 「………そ、それは残念………です。」
 「え………。」
 「だ、だって………病室だと、そんなに抱きしめて貰えなかったし、体も上手く動かなかったし………。ギュッとしてもらいたかったな………って思って。」



 自分でも大胆な事を言っているのはわかっている。けれど、花霞だって椋の事が愛しくて仕方がないのだ。
 やっと本当の夫婦の形になれたというのに、彼に触れられないのは、少し寂しかった。それは自分が無茶をして怪我をしてしまったのが原因だとわかっている。だからこそ、元気になったら、彼を感じたいと思ってしまっていた。

 本音を漏らしてしまってから、一気に恥ずかしくなり、花霞は顔を真っ赤にしながら俯く。
 車のエンジンの音と自分の鼓動だけが耳に入る。
 椋がどんな顔をしているのか、花霞は怖くて確認する事はできなかった。

 すると、椋の優しい声が聞こえてきた。


 「医者には、ゆっくりさせてくださいって言われたから、少し我慢しなきゃいけないって思ってたんだけどな………。花霞ちゃんのその言葉聞いたら、我慢出来なくなった。」


 椋の言葉が終わるのと同じ頃。
 車がいつものマンションの駐車場に停まった。

 椋の腕がこちらに伸ばされて、花霞の頬に指先が触れた。それだけで、花霞の体がビクッと震える。


 「家に帰ったら、花霞ちゃんを抱きしめていいって事だよね。」
 「え………う、うん。」
 「………もちろん、それだけじゃ済まないから。それは、今のうちに謝っておくよ。」


 そういうと、椋は花霞の頬に素早くキスを落とすと、「帰ろう。」と言って、大量の荷物を持って降りる。花霞は少し緊張しながらも、椋の熱を持った瞳を思い浮かべては、更に胸を高鳴らせた。


 椋と手を繋ぎ家までの短い距離を歩く。
 久しぶりのマンションは、何故かどこか違っているように感じてしまうから不思議だ。


 椋は部屋の鍵を開けて、花霞を先に玄関へと入れてくれる。ガチャンとドアが閉まると同時に、花霞の体は彼の逞しい腕に引き寄せられ、強く抱きしめられる。それに応えるように、花霞も彼の背中に腕を回す。


 温かい。
 彼の鼓動も香りが花霞の気持ちを高めてくれる。もっと、椋を感じたいと強く思ってしまうのだ。


 「ずっとずっとこうしたかった。君と離れて、死ぬかもしれないって思っていても。花霞ちゃんの事が頭から離れなかった」
 「椋さん………。」
 「だから、この家でこうやって君を抱きしめられるのが嬉しくて仕方がないんだ。………早く花霞ちゃんを感じさせて。」
 「私も………同じだよ。椋さんを感じたい。」
 「…………行こう。」



 椋は花霞の同意の言葉を聞くと、ゆっくりと体を離し、余裕がない様子でぎこちなく微笑むと、花霞の手首を掴むと寝室まで連れていく。少し早足の彼に小走りで進む花霞の胸はドキドキと激しく鳴っていた。

 ベットの傍にくると、花霞の体を抱き上げて、ゆっくりと体をベットに下ろしてくれる。


 「我慢出来なくて、ごめんね。………優しくするから。」
 「我慢なんか出来ないよ………沢山、求めて欲しい………。」
 「…………まったく、花霞ちゃんは。………煽った君が悪いよ。」


 
 椋はそう言うと、すぐに深いキスを花霞に求めた。呼吸も言葉も食べられてしまいそうな、激しいキスが落ちてくる。
 息苦しくなっても、花霞は何故が幸せを感じてしまう。
 愛しい椋が、また自分を求めてくれている。
 離れてしまった椋がまた、自分を求めてくれる。
 2人で裸になれば、身に付けている物はお互いに結婚指輪と赤い指輪がついたネックレスのみとなる。
 それがとても嬉しくて、恥ずかしさを感じながらも、花霞は椋の体に触れる。


 「ん?どうしたの………花霞ちゃん……?もしかして、体、痛い?」
 「ううん。ただ触れていたいの。椋さんに触ってもらうのも嬉しいけど、私も触ってたいなって。」
 「……いいよ。僕も君に触れられるの嬉しいから。だから、触れてて欲しい。」
 「うん……。」


 花霞は、彼の髪や頬、肩や腕、胸などに触れていた。彼からの熱を感じながらも彼に触れているだけで安心出来る。

 甘い声と、水音、そしてベットの軋む音が響く部屋。花霞は何度も彼の名前を呼んだ。



 すると、彼が「少し後ろを向いて。」と言ったので、花霞は体の向きを変える。
 すると、椋は指で花霞の傷口に触れた。
 檜山のボディガードが撃った銃弾が当たった場所だった。弾を取り出した傷跡はすっかりと塞がっていたけれど、完治はしていない。痛みはなく、むしろ何も感じなかった。


 「こんな跡になってる………痛そうだ。」
 「もう痛くないよ。大丈夫。」
 「…………ごめん。俺があそこで冷静さを失っていたから………。」
 「椋さん、それはもう気にしないでって、何回も言ってるのに。」
 「………そうだね。でも、俺はこの傷跡を見るたびに思い出すよ。花霞ちゃんをもう傷つけない。守るために………。」
 「…………あ………。」


 傷口に唇の感触を感じ、花霞は小さな声を上げる。体を正面に向けられ、椋の顔が見えるようになると、彼は少し切ない顔をしていた。



 「君が僕の元に戻って来たって感じさせて。」
 

 椋の熱っぽい低い声で、そう囁かれると花霞は頷いて、椋にキスをした。

 その後は、椋は割れ物を扱うように、花霞は抱きしめてくれた。それでも、久しぶりに感じる彼の熱と吐息、そして汗に花霞の体は激しく彼を求めた。
 「もっと………。」という言葉と、花霞の行動に椋も少しずつ自分の欲を吐き出してくれる。少しぐらい荒々しくていい。
 その方がずっと椋を感じられる。
 そう思い、花霞は強く彼の背中に抱きついた。
 最後に聞こえたのは、低く唸るような自分を呼ぶ声。
 花霞は、幸せな熱を肌で感じながらゆっくりと目を閉じた。






 どれぐらい眠っていたのだろうか。
 目を覚ます頃には、夕方になっていた。
 入院生活で体力がなくなっているのを花霞は感じていた。


 「ん………花霞ちゃん?」
 「椋さん………起こしちゃったね。まだ、寝てていいよ。」


 花霞は彼のシャツを羽織っていた。寝てしまった花霞に椋が着せてくれたのだろう。
 起きて、ベットに座っていた花霞を見て、椋も同じように体を起こした。


 「いや1回起きて、君の寝顔を見ていたんだ。ウトウトしてしまってただけだよ。」
 「寝顔なんて、沢山見ていたでしょ?」
 「でも、今日の花霞ちゃんは少し笑ってたよ。なんか、嬉しそうだった。」


 そういうと、椋は微笑みながら顔を寄せて、「おはよう。」とキスをしてくれる。このベットではいつもしていた事なのに、懐かしく感じてしまう。


 「ねぇ、花霞ちゃん。ちょっと結婚指輪見せて。」
 「え、はい………。どうしたの?」


 突然のお願いに、花霞は不思議に思いながらも彼に左手を差し出した。
 すると、椋はその手の甲にキスを落とした。
 そして、彼はいつの間にか手に隠し持っていた物を、花霞の左の薬指にはめた。
 そこには結婚指輪の上に、大きなダイヤモンドが輝く指輪があった。
 その形は、誰もが憧れるリングだ。


 「これって、婚約指輪………。」
 「前は終わりが見えた結婚だった。だから、もう1度、君と結婚をして、誓いたいって思ったんだ。俺が必ず花霞ちゃんを幸せにする。守っていくから。………だから、これからも夫婦でいてもらえますか?」

  
 真剣な眼差しの椋を見つめ、花霞は感動の涙を堪えて、ニッコリと微笑んだ。


 「はい。これからも椋さんのお嫁さんでいさせてください。」


 2つの指輪がはめられた左手を、椋は強く握りしめ、そのまま花霞を強く強く抱きしめた。
 「花霞ちゃん、大好きだよ。」と繰り返す椋に、花霞はクスクスと笑いながら、「私も大好き。だけど、苦しいよ。」などと、照れ隠しで返事をする。



 そんな2人の時間はきっとキラキラと輝く、花のような日々になる。そんな予感がしていた。


 


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!

はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。 伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。 しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。 当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。 ……本当に好きな人を、諦めてまで。 幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。 そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。 このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。 夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。 愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

とろけるようなデザートは、今宵も貴方の甘い言葉。

篠原愛紀
恋愛
「30歳までに結婚できなかったら、結婚してください」 ついそんな言葉を吐いた私に、彼はあっさりと了承した。 「30歳までなんて面倒くさい。今すぐでいいだろ」 過保護な兄や親のせいで、全く男性と縁のなかった私は、兄の元家庭教師の喬一さんとスピード結婚することになりました。 医療機器メーカーの事務職員  南城 紗矢 26歳 × 外科医  古舘 喬一 32歳 なんで私と結婚したのか疑問だったけど、彼の秘密をしってしまった。 今宵も彼の甘いデザートに、心ごと餌付けされています。

処理中です...