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27話「煙の匂い」

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   27話「煙の匂い」






 突然出掛けた椋は、朝になっても帰ってこなかった。
 メッセージを送ってみても既読にもならない。花霞は心配だったけれど、それでも仕事には行かなければいけないのだ。
 朝食と「おかえりない。ごはん食べてね。」の置き手紙を残して、花霞は出勤した。


 花屋で仕事をしながらも、椋の事が心配で仕方がなかった。栞にも、「大丈夫?」と心配されるぐらいボーッとしているようだった。


 「はぁー………。」
 「もう。ずっとそれなんだから。」
 「あ、ごめんね………。」


 ついため息をついてしまった花霞に、栞は苦笑しながら声を掛けた。
 けれど、椋の事は何となく相談しずらく、花霞は謝るしか出来なかった。


 「そんな花霞には、気分転換をしてきて貰おうかな。」
 「え?」
 「………電話のおじいさん。また、花をあげてきてくれる?」
 「え………電話来たの!?」


 花霞は驚いて、少し大きめな声で栞に聞いた。定期的に電話が来て、花の注文と交差点への配達をお願いするおじいさん。しかし、最近は連絡がなく、花霞は心配していたのだ。

 けれど、栞は残念そうにしながら首を横に振った。


 「電話は来てないわ。でも、きっと大切な人への弔いなはずだし、電話も出来ないだけなら変わりにしてあげたいから。店からのお花代ってことで、やって来てくれる?」
 「………うん。ありがとう、栞。」


 栞の素敵な提案に感謝しながら、花霞は急いで花束の準備をした。
 この時間は、花霞にとっても大切な時間だった。暑い時間帯に外に出て、道路の掃除をして花を手向け、祈りをささげる。それだけで、花霞の心は少し落ち着いてきたのだ。

 どんな人に祈っているのは、花霞自身もわからない。けれど、「ゆっくり眠ってください。」と、願う心はきっと電話主も同じであると思っている。そんなおじさんの気持ちが届くはずだ。花霞はそう感じていた。


 その後の仕事は、集中して取り組めた。
 疲れて帰ってくるだろう椋のために、夕食を準備しよう、など考えられる心の余裕も出来た。
 栞の気持ちに感謝しながら、花霞は残りの仕事を急いで終わらせた。





 花霞は早足で家に帰ったせいか、家に着く頃には、汗だくになっていた。
 それでも、椋に早く会いたかったのだ。
 それに、彼に送ったメッセージは既読になっていたけれど、返信が来る事はなかったので、花霞は心配していたのだ。
 普段ならばどんなに忙しくても、数時間後には連絡が来ていたのだ。
 今までになかった事が続き、花霞は不安になってしまっていた。


 息を荒く吐きながら、急いでドアを開ける。
 けれど、そこは真っ暗な廊下が続いているだけだった。電気をつけてみても、彼の靴はまだなかった。


 「椋さん…………まだ帰ってきてないんだ。」


 はーはーッと呼吸をしながら、ぽつりと独り言を吐いてしまう。

 椋はどうしたのだろうか。

 1日どこかに行くことはあったけれど、その時は必ず連絡をくれていた。
 それとは違う事が花霞には直感でも実感でも感じてしまい、彼が心配で仕方がなかった。


 ヨロヨロと廊下を歩き、リビングにバックを置いてスマホを持ちながらソファに座る。
 恐る恐るスマホの画面を見るけれど、椋からの連絡は来ていなかった。


 「椋さん……何もないといいんだけど………。」


 花霞は何回目になる電話をかけた。
 けれど、プルルルル………という音だけが空しく続き、花霞は溜め息を吐きながら電話を切った。

 彼のために、夕食を作って、お風呂を沸かして、洗濯物をたたまなければ。そう思っているのに、体が動かなかった。
 それで椋が帰って来なかった、どうすればいいのだろうか?
 それを考えるだけで不安で仕方がなかった。
 明日の朝に帰って来なかった、栞と相談して警察に届けた方がいいのかもしれない。彼の職場だ、きっとすぐにわかってくれる。
 

 それに仕事で何かに巻き込まれてしまったとしたら、妻である花霞に連絡が来るはずだった。
 けれど、椋の仕事仲間にも友達にも会ったことがない花霞に連絡が来るものなのだろうか。

 そんな事を思い、花霞はフッとある事を思った。


 花霞は椋の事を何も知らないのだ。
 仕事ではどんな事をしているの?
 親友はいるの?
 後輩とは仲がいい?
 趣味はどんな事なの?
 
 花霞の知っている椋はごく一部しかないと思い、花霞は頭が真っ白になってしまった。

 自分は本当に彼の妻なのだろうか。
 そう思ってから、不安に襲われてしまった。

 本当の結婚をしたはずなのに、どうしてこんなにも不安に思ってしまうのか。

 花霞は結婚指輪を指でなぞった。
 指輪は何故か、いつもより冷たく感じたのだった。






 結局は、どうすればいいのかわからず。
 気を落ち着かせるために、料理などの家事をして過ごした。
 0時を過ぎても椋は帰宅することはなかった。
 ベットに入っても寝れないことはわかっていたので、リビングのソファに座ってただただ祈るように夜景を見て、椋を待っていた。

 彼はここから見える所にいるのだろうか。それとも遠くに行っているのか。
 そんな事を思いながら過ごした。




 少し眠気が襲い、ウトウトとしていた時間帯。


 ガチャンッッ。



 玄関の鍵が開けられる音がした。
 花霞はハッとして、すぐに起き上がった。

 すぐに廊下に飛び出すと、椋が玄関に居た。
 けれど、いつもと様子だった。

 彼がよろよろと壁に手をついて、必死に歩こうとしていたのだ。


 「椋さんっ!?」


 花霞は驚き、すぐに椋に駆け寄った。
 近づくと、彼が至る所がボロボロになり、顔や腕などが擦りきれて血が出ていたり、汚れが着いていた。そして、椋は痛そうに腹部を押さえていのだ。

 
 花霞は「っっ!」と声を失いながらも、彼の体を支えながら椋に声を掛けた。


 「大丈夫ですか?………椋さん、怪我してる。」
 「………あぁ、花霞ちゃん………こんな時間まで起きてたの?」
 「あ、動かないで。傷の手当てしないと。あと腫れてるところ冷やしたり………。」
 「大丈夫だよ。少し休めば治る。」
 「そんな!病院行こう。夜間でもやってる所に…………。」


 花霞は動揺しながらも、彼の傷や顔色を見ながらそう判断した。けれど、椋は辛そうにしながらも弱々しく微笑んで首を横に振る。


 「いいから。あんまり大事にしたくないんだ。」
 「………そんな………。」
 「ほら、それより、ただいまのキス。」


 椋は痛みに耐えながらなのか、顔を少ししかめながらも、花霞に近づき頬にキスをした。
 花霞はそんな彼に「…………帰ってきてくれて、よかった。」と、涙を我慢しながら言った。


 椋は病院に行くのを拒んだため、花霞は椋の体を支え、ベットまで運んだ。着替えを手伝い、傷がある所は消毒し腹部や頬など赤く腫れてるところは氷で冷やした。


 「痛いな………。」
 「…………だから、病院に行ってほしいです。」
 「んー………明日まで治らなかったらね。」
 「もう………。」
 「注射とかされるのイヤだろ。」


 椋はわざと冗談を言い、花霞を安心させようとしている。けれど、彼の姿は痛々しく、見ているだけで辛くなってしまう。


 「………今日はもう休んで。私、隣にいるので、何かあったらすぐ呼んでね。」
 「………花霞ちゃんは心配性だな。」
 「心配しますよ!…………本当に心配したんです………。」


 メッセージを返信もなく、全く帰ってこない彼。仕事柄、何に巻き込まれてもおかしくないのだから、心配するのは当たり前なのだ。

 思わず、大きな声を出してしまったけれど、それぐらいに、待っている間も、今も不安だったのだ。
 涙が出るぐらいに、心配で不安で仕方がないのだ。


 「………ごめん。連絡もできなくて。そして、こんなみっともない姿見せて。明日には元気になってるから、ね。」
 「…………無理はしないで、明日も休んでください。」
 「…………花霞ちゃんは、怒ると怖いなー。」


 困ったように微笑みながら、花霞の頭をよしよしと撫でてくれる。
 その表情は、いつもより疲労しており、今にもすぐに寝てしまいそうだった。


 「電気消すね。おやすみなさい。」
 「うん………。おやすみ。………花霞ちゃん、看病、ありがとう。」


 そういうと、また挨拶のキスを忘れずにして椋はゆっくりと瞼を閉じた。


 しばらくすると、彼から静かな寝息が聞こえた。なかなか寝ない彼が、花霞の前では寝ることが少ない。それなのに、今は熟睡している様子を見て、やはり彼が疲れており、怪我により疲弊しているのがわかった。


 彼がどうして、あんな怪我をして帰ってきたのか。そして、病院に行くのを拒む理由がわからなかった。
 
 それにもう1つ、どうしても気になることがあった。





 椋からは煙のような、花火と似た匂いを感じたのだった。




 

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