7 / 48
6話「2人を結ぶ紙」
しおりを挟む6話「2人を結ぶ紙」
「え!?それで、結婚することにしたの!?」
花霞の友達でもあり、職場の同僚でもある岡川栞は、店内で大きな声をあげた。
花霞と栞が働いている花屋は、幸い今はお客がいなかった。
それでも、きっと外には聞こえているだろつと、花霞は「声が大きいよ、栞。」と、彼女を止めたが、栞はまだ興奮した様子で、「もっと詳しく教えてよ!」と、花霞に詰め寄った。
もう少しで勤務が終わる時間だから良いかと思ったが、彼女に伝えるのには早すぎたようだった。
栞は、高校からの友人であり親友だった。
同じ園芸部で、2人は大の花好きだった。花霞は花の知識や花言葉などが好きで、栞はフラワーアレンジメントが得意であり好きだったため、あっという間に仲が良くなったのだ。
明るい金色の髪をポーニテールにしており、キリッとした目と眉毛がとてもかっこいい女性だった。
彼女は、大学の頃からお金を貯め卒業と共に花屋をオープンさせたのだ。フラワーアレンジメントが可愛いと有名になっていた栞の店は、すぐに人気店となった。その店をオープンする時に、花霞は「一緒に働かない?」と誘われたのだった。
「大人しい花霞が、そんな大胆な事決めちゃうなんて。意外だわー!」
「自分でもどうして、決めちゃったのか……今になると、すごい事しちゃったなーと思って。」
「さては、イケメンなんでしょ?!」
「………ひ、否定はしない。」
「やっぱりー!!」
栞は、笑いながら話を聞いていた。
てっきり反対されると思っていた花霞は、彼女の反応に驚いた。笑顔で聞いてくれるとは思っていなかったのだ。
「………ねぇ、栞………。」
「んー?」
栞は店内の温度を確認しながら、返事をした。花霞は、花の手入れをしていた手を止めて、彼女の方を見つめる。
「………反対しないの?私のしてる事って、おかしいよね………?」
花霞は自分の決めたことに自身が持てなかった。持てるはずがなかった。
普通に考えてみれば、会って1日で同棲し、結婚すると決める事など、ありえないのだ。騙されていると考えるのが普通なのだろう。
花霞自身だって、それはよくわかっているはずだった。
それなのに、結婚を決めてしまった。
そんな自分に驚きながらも、家に帰るのをドキドキしてしまっているのだった。
そんな花霞の決めたことを、他の人に聞いて意見を聞かせて貰いたかった。
すると、栞はキョトンとした顔で花霞を見た。そして、ニッコリと笑った。
「反対して欲しかったの?」
「………そうじゃないけど。栞は反対するって思ってた。」
「確かに、会ったばかりですぐに結婚するなんてって思ったけど。話しを聞く限りだと、今の所は元彼氏よりはいい人みたいじゃない?」
「それは、そうだけど………。」
「…………私は玲くんの事、そんなにショック受けてないんだなって……そっちも心配してたんだよ。だから、その結婚相手のお陰でもあるのかなって思ったら、なんかそこまで反対出来なくなっちゃったよ。」
苦笑を浮かべながら、そういうと花霞の方に近づいて、そして自信がなく栞を見ている花霞の顔を覗き込んだ。
「不安な所も確かにあるよ。後からお金請求されたり、どんどん悪い所が目立つような人かもしれない。……けど、それも本当かわからないよね。本当にいい人かもしれないし。………きっと、私にも花霞にもわからないよね。」
「うん………。」
「それなのに、花霞はその人と一緒に居ようって決められたのは、何かフィーリングみたいなのが合ったのかもしれないし。………彼に求めたいものが合ったのかもしれない。だから、少し様子を見てもいいと思うよ。今時、1回の結婚で運命の人に出会えるなんて、みんな思ってないしね。………とにかく、何かあったらいつでも相談して。そして、その椋さんって人にも合わせてね。」
「うん。ぜひ、会って欲しいな。」
「楽しみだなー!イケメン!」と、言いながら、栞は仕事に戻った。
花霞は、こうやって親身に話しを聞いてくれる親友が近くにいる事を感謝しながら、手元の作業に戻った。
栞に言われた通り、私か決めたことであるし、きっと心の中でこの人ならば大丈夫だと思ったのだろう。もちろん、弱っていた花霞の心に寄り添ってくれた優しさに甘えたい気持ちもあったはずであるし、それが大きいのも確かだ。
けれど、そうじゃない何かも確かにあるはずだと、栞との会話だ思ったのだった。
「おかえり!花霞ちゃん」
「あ、椋さん、ただいま………。」
「はい、キスは?」
マンションのエントランスに帰ってインターフォンを押す。すると、部屋のドアの鍵を開けておいてくれたようで、まだ、鍵がない花霞を椋が出迎えてくれた。
そして、玄関に入ってすぐにキスを求められる。椋が出迎えてくれるだけでも、緊張してしまうのに、「ただいまのキス」をされるとは、わかっていてもドキドキしてしまう。
「えっと………。」
花霞が戸惑いながら、目を瞑る。
しかし、いつまで経ってもキスの感触が訪れなく、不思議に思った花霞はゆっくりと瞼を開けた。
すると、同じく不思議そうな顔をしている椋と目が合ったが、彼はすぐにクククッと笑い始めた。
「り、椋さん?」
「僕も花霞ちゃんからキスされるの待ってた。二人で目を瞑って向かい合ってたなんて、面白すぎて………。」
はははっと笑う椋はとても楽しそうだった。彼が出して笑う姿を初めて見て、花霞は妙に心がくすぐったくなった。
これから、結婚するというのに、彼の初めてを沢山知っていくのだと思うと、不思議な感覚を覚えながらも、ワクワクしてしまうのだ。
彼の微笑みにつられるように、花霞も笑うと、椋は目を細めて優しく微笑んだ。
「しょうがない、今日は僕からおかえりキスをしてあげよう。」
椋はそう言うと、花霞の体を優しく引き寄せた後、いつものように軽いキスをした。
「仕事、お疲れ様。」
「いえ………。朝御飯とかもありがとうございました。」
「いいんだよー。花霞ちゃんの仕事の事も聞いてなかったから、逆に早く起こしちゃってごめんね。遅い勤務の時は、ゆっくりなんだね。」
「はい………サービス業なので、結構遅い時間になってしまうので。」
今日の朝、花霞は朝早い時間に椋に起こされた。仕事の時間を聞いてなかった、と申し訳なさそうにしながらも、心配して起こしてくれたのだ。
椋は仕事があるからと、早く起きて朝食まで作ってくれていたのだ。
花霞はいつもより少し早い時間だったが、彼と一緒に朝食を食べた。そして、椋はお弁当まで作ってくれたのだ。
「あと、お弁当もありがとうございました。とってもおいしかった………。」
「そう!よかったぁー。俺、料理好きだから、喜んでもらえるとますます頑張れるよ。」
「あ、でも、私も手伝うので!今日の夕食会も……。」
「もう出来てるよ。今日は、定番の肉じゃがです。」
そういうと、花霞の荷物を持って、嬉しそうにリビングへと歩いていく椋を、花霞はパタパタと追いかけた。その表情には戸惑いなどなく、笑みだけがあった。
「今日の仕事終わりに、一緒にいろいろ買い物に行こうと思ったけど、花霞ちゃんと時間合わなくて残念だったよ。」
「すみません………早い時間もあるんだけど……。」
「ううん。いいんだ。今度、休みが合った日に一緒に行こう。………あと、これも。」
夕食を食べながら、椋と話しをしていると、彼がある物を取り出して、花霞に渡した。
それは1枚の紙だった。
「婚姻届………。」
「そう。………貰ってきたんだ。嬉しすぎて、僕のは先に書いちゃったから。花霞ちゃんにも書いて貰いたいんだ。」
「………はい。」
花霞は、ゆっくりと彼からその紙を受け取った。そこには、綺麗な字で、「鑑椋」と彼の名前が書いてあった。
これを書く夢を思い描いた事も何回もあった。前の彼氏である、玲との結婚も考えた事もあった。そんな夢でしかなかった物が、今自分の手の中にあるのが、不思議だった。
これを書いて、提出すれば椋と本当に夫婦になるのだ。
一緒に暮らし始めて実感していないわけではなかったけれど、婚姻届を見ると更に気持ちが高まるのを感じた。それと同時に少しの不安も感じる。
それはきっと、変わることへの恐怖なのだろう。
「緊張する?………やっぱり、まだ早かったかな。」
紙を持って固まってしまった花霞を、椋は心配そうに見つめながら、そう声を掛けた。
緊張するする気持ちは、正直まだあった。
けれど、花霞はゆっくりと首を横に振った。
「いえ、………書きますね。椋さん、ありがとう。」
「……うん。わからないことがあったら、教えるから。後でゆっくりと書こう。」
椋は、ホッとした表情を見せて笑みを浮かべた。
花霞は、その婚姻届けを大切に持ち、しばらくの間、彼の名前を見つめていたのだった。
0
お気に入りに追加
1,006
あなたにおすすめの小説
夫に離縁が切り出せません
えんどう
恋愛
初めて会った時から無口で無愛想な上に、夫婦となってからもまともな会話は無く身体を重ねてもそれは変わらない。挙げ句の果てに外に女までいるらしい。
妊娠した日にお腹の子供が産まれたら離縁して好きなことをしようと思っていたのだが──。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
騎士爵とおてんば令嬢【完結済】
弓立歩
恋愛
腕は立つけれど、貴族の礼が苦手で実力を隠す騎士と貴族だけど剣が好きな少女が婚約することに。
あれはそんな意味じゃなかったのに…。突然の婚約から名前も知らない騎士の家で生活することになった少女と急に婚約者が出来た騎士の生活を描きます。
女官になるはずだった妃
夜空 筒
恋愛
女官になる。
そう聞いていたはずなのに。
あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。
しかし、皇帝のお迎えもなく
「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」
そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。
秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。
朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。
そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。
皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。
縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。
誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。
更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。
多分…
婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。
鈴木べにこ
恋愛
幼い頃から一緒に育ってきた婚約者の王子ギルフォードから婚約破棄を言い渡された聖女マリーベル。
突然の出来事に困惑するマリーベルをよそに、王子は自身の代わりに側近である宰相の息子ロイドとマリーベルを王命で強制的に婚約させたと言い出したのであった。
ロイドに愛する婚約者がいるの事を知っていたマリーベルはギルフォードに王命を取り下げるように訴えるが聞いてもらえず・・・。
カクヨム、小説家になろうでも連載中。
※最初の数話はイジメ表現のようなキツイ描写が出てくるので注意。
初投稿です。
勢いで書いてるので誤字脱字や変な表現が多いし、余裕で気付かないの時があるのでお気軽に教えてくださるとありがたいです٩( 'ω' )و
気分転換もかねて、他の作品と同時連載をしています。
【書庫の幽霊王妃は、貴方を愛することができない。】
という作品も同時に書いているので、この作品が気に入りましたら是非読んでみてください。
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
運命の歯車が壊れるとき
和泉鷹央
恋愛
戦争に行くから、君とは結婚できない。
恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。
他の投稿サイトでも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる