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4話「期間限定の契り」
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突然の知らない相手からのプロポーズ。
雨でボロボロになった顔や髪。きっと熱もあったため、すごい顔になっているはずだ。そんな綺麗とは言えない状態の花霞へのプロポーズ。
そして、何より目の前の男の名前さえも知らない。昨日会ったばかりで、しかも彼氏にフラれ、家を追い出され、お金まで取られた時に声を掛けてくれたのだ。それなのに、体調の悪い花霞を家に連れ込み看病までしてくれた。
そんな彼が、突然の「結婚してしてみませんか?」と、何かの勧誘をするような言葉でプロポーズをしてきた。口調や表情は真剣でも、花霞が驚くのは当たり前の事だった。
「け、結婚って………何を言ってるんですか?!」
花霞は驚き、思わず体を引いてしまう。その時にテーブルに腕をぶつけ、ガタンッと大きな音がなった。
その慌てた花霞の様子を見て、「すみません……急すぎました。」と、苦笑した。
「急も何も、あなたとは昨日会ったばかりですよ?確かに助けて貰って感謝してますけど、結婚って………。」
「そうですよね。順番に話をしますね。さっきも話しましたが、助けた理由なんですけど。………1回、結婚してみたいと思っていたんです。」
「…………はい?」
突拍子もなく、説明にもなってい言葉を聞いて、理解できるはずもなく、花霞も思わず聞き返してしまう。すると、男は楽しそうにまた微笑み始めた。
「実は、俺には結婚を出来ない理由がありまして。なるべく恋人も作らないようにしてきたんです。………ですけど、やっぱり結婚に憧れもあったので、ずっと結婚して夫婦になってみたかったんです。」
「そ、それが……何で私なんですか?それに、結婚出来ない理由って………?」
「結婚出来ない理由は、今は内緒です。でも、大したことはないですよ!大きな罪があるとか、借金があるとか、すでに結婚してるとか……そんな事はないですから。」
「………はぁ。」
結婚出来ない理由。
そう言われても、花霞は全く想像がつかなかった。結婚はお互いに認め合えば、誰にも止められず結婚することが出来るはずだ。それとも、家族で止められているという事だろうか。
いずれにしても、彼が話してくれるまで、真実を知ることは出来ないようだ。
「そして、あなたを選んだのは…………。あなたにもメリットがあると思ったからです。」
「私に、メリットですか?」
「はい。帰る家がすぐに手に入ります。ほぼ全財産を取られてしまったのですよね?新しく家を借りるのにはお金もかかりますし、家具家電も必要になる。そうですよね?」
「…………それは、そうですが……。」
花霞は戸惑っていると、男はゆっくりと立ち上がり、花霞の隣に腰を下ろした。そして、しっかりとこちらを見つめて話しを続けた。
「俺が嫌いなタイプじゃないのなら、いい話だと思いますよ。」
「……そんな事を急に言われても……。」
「それに半年だけでいいです。9月になったら、離婚してもらっていいです。もちろん、お金を請求することもしません。半年だけの契約結婚です。」
「…………半年だけの契約結婚………。」
今の状況でさえ常識では考えられない事だったが、彼が話している事は更に非常識な事だった。
けれど、花霞の心は何故がぐらついていた。
玲との突然の別れ、そして、仕打ちを思い出すと、呼吸が荒くなる。彼の冷たい視線が今でも感じられるようだった。
それなのに、目の前の彼と居ると気持ちが落ち着くのだ。誰かと一緒に居たい。今は、一人で過ごしたらどんなに苦しいだろうか。そんな風に思ってしまうのだ。
それは、自分への甘えだともわかっていた。
玲の気持ちが離れていっているのにも気づかず、そしてお金の管理も出来ていなかった、自分にも責任があるのは理解している。
けれど、今だけは……少しだけでも甘えたかった。
誰かの声と、視線と、体温を感じられる部屋に居たかった。
「………わかりました。半年だけ、なら。」
気づくと、花霞の口は勝手にそう呟いていた。
自分でもそんな判断をするとは思っておらず内心驚いてしまう。けれど、その言葉を撤回しようとは思えない。
花霞の気持ちはすでに決まっているのだ。
「本当ですか!?……ありがとうございます。」
「こちらこそ………よろしくお願いいたします。」
ニッコリと嬉しそうに微笑む彼を見て、花霞はドキッとしてしまい、慌てて深くお辞儀をした。
「俺は、鑑椋(かがみりょう)と言います。31歳です。あなたは?」
「あ、音葉花霞(おとはかすみ)です。28歳です。」
「やっぱり年下でしたか。じゃあ、俺がしっかりリードしなきゃですね。」
「……私、おうちの事はなるべくやらせていただきます。」
「分担なんかも決めましょう。………なんせ、夫婦になるんですから。」
「は、はい……………。」
決めたのは花霞だと言うのに、「夫婦」という言葉は恥ずかしく、一気に頬を染めてしまう。すると、椋は嬉しそうに笑った。
「夫婦だから、敬語はやめよう。」
「え、敬語なしですか!?」
「うん。それと俺は花霞ちゃんとか、花霞って呼んでもいい?」
「はい………。私は、椋さんと呼びます。」
「んー………まぁ、急には難しいから名前はそれでいいかな。じゃあ、敬語は直してね。」
「はい…………あ、わかった。」
「そう………。」
花霞が敬語を訂正すると、椋は優しく微笑み、花霞の方にゆっくりと右手を伸ばした。そして、肩につくぐらいの、少しカールのかかった花霞の茶色の髪に触れ、上目遣いで甘く誘うような瞳で見つめた。
「俺は花霞ちゃんみたいな可愛い子と夫婦になれて幸せ者だな。あそこに居たのが君で本当によかった。」
「………それは、私です。あんなボロボロの私を助けてくれて、ありがとうございます。」
「ほら、敬語になってるよ。」
「あ、ありがとう………椋さん。」
慌てて訂正をして、再度そう言うと、椋は「そうそう。」と、満足した様子でニッコリと笑う。そして、髪に触れていた手で花霞の頬に触れた。花霞は、ビクッと体を震えさせたが、椋はそれを止める事はなかった。
「夫婦になったので、少しそれらしい事をしたくないかな?」
「え………。」
「俺………花霞の事、大切にするから。」
「…………ぁ…………。」
耳元で優しく呟かれた言葉。
そして、気づくと彼の顔が今までで1番近くなり、そして見えなくなった。
それと同時に、唇には柔らかな感触。キスをされた。それを理解した時には、もうそれは離れている、そんな短いキスだった。
「これから、よろしく。俺のお嫁さん。」
自分の唇をペロリと舐め、綺麗な顔をくしゃっとさせて素の笑顔を見せる椋に、花霞は「これから、大丈夫だろうか。」と、不安に思うのと同時に、胸が高鳴っているのを感じた。
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