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エピローグ

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   エピローグ




 初夏の香りが風に乗って、花を包む。
 生ぬるい夏らしい風。緑と水が乾く時の焼ける匂い。それでも、ビルがない丘の上は風が気持ちよく、花は思わず背伸びをした。


 「花!こっちだぞ」
 「あ、うん。今行くー!」


 持っていた花束を両手で抱え直して、花は急いで名前を呼んだ彼の元へと駆け出した。
 花束からはいつも店で香る、おなじみの花の香りに思わず笑みが零れる。


 「あんまり花束を振り回すなよ」
 「振り回してないよ。大事に扱ってます」
 「どうだか。……ここだ」


 いつものように冗談を言い合いながら着いた場所。
 そこは、雅が眠っているお墓の前だった。

 今日は店を開店する前に、お墓参りにやってきたのだ。早く行きたいと思っていたものの2人の時間がとれずに、早起きをして向かう事になったのだ。
 雅の墓は高台にある小さなお寺にあった。こじんまりとしているが、街が見下ろせてとても景色がよかった。
 花は、艶のある墓石に触れる。夏であってもそれは不思議とひんやりとしている。


 「雅さん、来たよ」
 「綺麗にしてやるか。少し前に来たけど、梅雨で大分汚れたな。花も痛んでる」
 「うん。綺麗な真っ白のスターチス持ってきたんだよ」


 2人で墓に水をかけて、優しく拭き上げた後、花を添える。線香を焚いて2人で手を合わせる。
 その時間は1分にも満たなかったが、凛と花は雅に語り掛けた。
 今まで何があったのか、どんなテディベアが出来たのか、依頼が少しずつ回復していることや、花のレース編みのドレスが商品化する予定だったり。それでも話したりないぐらいだった。


 「雅さん、どんなテディベア作ってるかなー?」
 「どうだろうな。昔、和服のテディベア作ってみたいとか言ってたな」
 「へー!面白そう。着物可愛いだろうなー」
 「いや、武士みたいな恰好がいいんだと。あいつ、意外と戦国もののゲームとか映画好きなんだよ」
 「そっちなんだ。でも、女の人は嬉しいかもね。男の子のテディベアの注文も増えてきたしね」


 雅に会いに行った帰り、2人はゆっくりと歩きながら彼の話で盛り上がる。
 今でも、きっと凛と花の仕事ぶりを見て応援しながらも、自分でも作っているはずだ。あちらの世界では、雅の祖父もいるのだ。2人で仲良く作っているのではないか、とよく話をしていた。

 凛が1人で店の切り盛りをするため注文数を減らす事をアナウンスすると、雅が亡くなった事を悲しみ沢山の花や手紙が送られてきた。そして、もちろん凛への激励も。
 そんな中、SNSで花浜匙のテディベアを使って旅先での写真をアップしている人が注目を浴びた。その場所の雰囲気を変えながらそのテディベアと旅をしているのだ。それが「かわいい!」とコメントが殺到し、花浜匙への注文も殺到した。そのタイミングで花のレース編みの洋服も紹介していたため、洋服の注文もかなりの数がきていた。そのため、仕事帰りにも店に寄ったり、自宅でも作ったりしながら何とか納品していた。

 one sinの仕事も少しずつだが慣れ始めていた。
 お客さんの中には乙瀬という名前だけで、嫌な顔をする人もいた。そういう時、花はその場を離れる事にした。悔しい気持ちもある。けれど、そこで戦ってもだめだと思った。少しずつ店で働き続けて、時間をかけて信頼されるしかないのだ。きっと、そんな姿を見て、店にいるのが当たり前の存在になった時、花から声を掛けていけばいい。

 無理せずに、ゆっくりと。

 そう思えたのは、きっと帰れる場所があるから。
 何かあっても、私には助けてくれる場所がある。そして、守りたい場所がある。
 だから、頑張れているのだ。


 「あ、そういえば、また雅さんからの手紙発見したよ」
 「今度はどこにあったんだ」
 「紅茶の葉っぱがなくなったからストックを出そうとしたら、缶の裏に貼ってあったの。「そろそろ紅茶ゼリー食べたいよね」だって」
 「何枚あるんだか……」
 「今回のは18って書いてあった。凛さん、この間159を発見したから、200ぐらいかな?」
 「いつの間にそんな仕掛けを作ったんだか」


 雅からの手紙。

 それは、店内や部屋、キッチンや脱衣所など、雅の家のいたるところに、メモ紙で書かれた雅のメッセージが置いてあったのだ。
 始めは冷蔵庫の中のプリンが入っていたタッパーについていた。その後も、店の顧客ファイルの間や、掃除道具の中、時計の裏など、いろいろな場所から雅のメッセージが出てきた。1つ1つのメッセージはとても短い。「今日はラーメン食べたいな」「もう電池なくなったの?」「ピンクの布の在庫なくなりそうだよー」など、本当に他愛がない手紙。けれど、それが花や凛にとって楽しい時間になっていた。
 今でも雅がこの店にいて、不意に話しかけてくれているようで、懐かしくも嬉しくなる。そのメッセージを読む時は彼の声、口調で再生されている。
 メッセージには番号もふってあり、200近くもあるようだった。見つけた手紙は、ノートに順番に貼ってある。いつ、どこに貼ってあったのかもメモをしている。それを凛はよく眺めているのを花は知っている。その時の彼の表情はとても幸せそうだった。


 「宝物探しみたいで楽しいよね」
 「そうだな。あ、そうだ。ドレス、今週中にあと何枚ぐらい作れそうだ?」
 「んー、休みの日もあるし、5着は作れると思うよ」
 「わかった。じゃあ、少し予約を再開しとくか。まぁ、即完売だろうけどな」
 「この間、ネットで私が作った洋服を着たテディベアの写真を載せている人を見たの!すっごく嬉しかったなー」
 「あぁ。そういう見ると頑張ろうって思えるだろ」
 「うんッ!」


 凛との話は大体がテディベアの事。
 今は、忙しい時期で仕事の話がほとんどだった。けれど、花はそうでも凛と話すだけで楽しかったし、幸せだと感じていた。好きな事を夢中になって取り組める。大切な人と一緒ならば尚更だ。


 「今日もじゃんじゃん作ろー!」
 「頑張ってくれ」
 「はーい」


 上機嫌のまま凛の運転する車で店に戻り、さっそく作業場へと向かう。今日は店が休みの日だ。作業に専念できる。花は、返事をしながらドアを開ける。



 そこは、雅がいた頃と変わらない作業部屋。
 雅が座っていた場所には凛が座り、凛の場所だった所には花が座っていた。そして、その間には写真たちが2枚と宝石の瞳をした真っ白のテディベアが座っていた。
 が、そこに昨日まではなかった変化があるのに花はすぐに気づいた。


 「フィオのお洋服!かわいい!完成したの?」
 

 雅が最後に作り上げた花のテディベア。そのテディベアは何も着ていなかったはずだが、今は黒のワンピースを着ていた。胸元には白のスターチスの花が刺繍され、腕はシースルーで華やかになっている。スカート部分はいろいろなレース生地を縫い合わせ作っておりとても豪華だった。
 ドレスアップしたフィオは、いつもより微笑んでいるような気がする。

 花はすぐにフィオに駆け寄り、それを抱き上げた。


 「ありがとう、凛!すっごくすっごく嬉しい」
 「俺がやりたかったから作っただけだ」
 「ううん。それでも嬉しいの、こんな事されたら、ますます好きになっちゃ………っ!?」
 「………ぇ……」


 嬉しさのあまりにポロリと本音がもれてしまう。
 途中で自分の失態に気付いたが、もうすでに遅い。凛は驚いた表情のまま固まっている。それにほんのり耳が赤くなっている。

 「い、今のは、その、嬉しすぎてもれてしまったというか、つい……」
 「………俺だって好きじゃなきゃこんな事しない……」
 「………え、えぇ………!?」
 「「……………」」


 2人は向かい合ったまま、お互いに顔を真っ赤にさせて固まってしまう。
 フィオの隣りには、花が見つけた昔の雅と凛、そして雅の祖父が写った写真。もう1つは、作業場で出来上がったばかりのテディベアを持ちながら微笑む、大人になった雅の写真。少年のような満面の笑みは、花が会っていた凛の体に入っていた雅と全く同じだった。


 そんな笑みを浮かべながら、凛と花を微笑ましく見つめているのだろうか。
 どこかからスターチスとアイスティーの香りが風にのって2人を包んだ。

 
 花筏の下に沈んだテディベアは、スプーン1匙の幸せと恋を運んできてくれた。



                                (おしまい)
 

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