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17話「泣ける場所」
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落ち着いた頃に、クマ様に「アイスティー、飲め。それ、好きなんだろ?」と言ってくれる。
涙を手で拭い、「うん、好き」とかすれた声で言うと、凛が作っていてくれたアイスティーを一気に飲み干した。ほんのり甘く薫り高い紅茶。花がいつきても出せるように作っていてくれたのだろう。
やはりこの店は全てが温かい。そう思って紅茶を飲み終えるとゆっくりと目を閉じた。
沢山の可愛いテディベアも窓から差し込む光も静かな町も、そしてそこに暮らす2人も。花の固くなった心を溶かしてくれる存在であった。
「………おまえ、ここで働くか?」
「クマ様、何言って……」
「えぇ!それいいと思う、大賛成ッ!」
突然、自分でもクマ様でもない大きな声が背後から聞こえて来て、花とクマ様はビクッと体を震わせる。後ろを見るとそこにはいつの間にか帰ってきていた凛の姿があった。
「………凛、いつの間に」
「今だよー。帰ってきたら、すっごいいい話してるからビックリしちゃった。花ちゃん、ここで働くの?って、花ちゃん、泣いたの!?クマ様、何やったの?いじめたの?やらしい事したんでしょ?」
「ち、違くて………」
「………凛、おまえな何言ってんだよ」
凛は、花の元へ駆け寄り、クマ様から離そうと腕を引き寄せて、頭を撫でてくれる。
勘違いで泣かせた犯人にされたクマ様はふてくされた様子でそっぽを向いている。
「違うの。会社でいろいろあって。それをクマ様に聞いてもらってたの。そのうちに、私がまた泣いてしまって」
「会社って、one sinで何かあったの?」
「………うん」
「お前はその重い布を置いて、少し落ち着け。キッチンで3人で立ち話するような内容じゃない」
「そうだね。今日はお客さんが来る予定もないし、店を閉めて話をしようか」
「そんな、申し訳ないよ………」
「いいんだ。ここま予約客か業者ぐらいしかこないから気にしなくていい」
「そうそう。そうなんだー。だから気にしないで。アイスティーのおかわりもってお店で話そう。花ちゃん、あのソファ、好きでしょ?」
「…………ありがとう」
花は2人に甘える事にした。ここまで全て話してしまおう。先輩社会人の彼らに意見を聞くのも大切だな、と思うようにしたのだった。
「そんな事があったのか………。花ちゃん、大変だったね」
「………今は冷静になったから大丈夫。クマ様に話を聞いてもらったから」
「………」
「全ての情報を知らない人や、デマの情報を信じて不安になっている人もいるだろうね。それにone sinは高級ブランドだ。そんな所で買い物をする人は地位が高い人だろうから、世間体とか高いものをするから不安っていう事もあるだろう。……家族まとめて犯罪者扱いってのは、俺は気にくわないけどね」
「不安、になる気持ち、わかるから。それも理解したいけど……?どうしても悔しくて」
「そうだね。頑張ろうって思って矢先に出鼻をくじかれたんだからね。そう思ってしまうのも仕方がないよ」
凛は花の気持ちを受け入れつつ、眉を下げながら心配そうに話を聞いてくれる。
花は隣に座るクマ様の頭や手をついつい触れてしまう。やはりクマ様に触れると安心するのだ。
「………お父様の事も嫌いたくない。けど、どうしてもお父様のせいで、と思ってしまう自分も嫌で……。そんな風に思わないように許したはずなのに。お父様の分まで頑張るつもりなのに」
「………お父さんの分まで、頑張らなくていいんだよ」
「え……」
「君がお父さんの罪まで背負う必要はないさ。君のお父さんは確かに悪いことをしたかもしれない。全ての人の傷を治すことは出来ないけど、その罪を背負ってそして償おうと最後まで頑張っていただろう。だから、もういいんじゃないかな。それに、罪はお父さんのものだ。君のものじゃない。花ちゃんは、花ちゃんのために生きていいんだよ」
「………クマ様と同じような事、言ってくれるんだね」
そう花が小さく笑うと凛とクマ様はきょとんとした瞳で見つめ、「まぁ、付き合いが長いからね」と微笑んだ。
やはり、クマ様はあの写真の男性なのではないか。そんな風に思いつつも、あの写真についてなかなか話し出せなかった。
クマ様は花には話したくないようだったので、自分からも聞き出しにくい。
「クマ様が言ったように、本気でここで働いてもいいんだよ。万年人手不足だったから嬉しい限りだよ。それに、花ちゃんなら大歓迎だよ。ね、クマ様」
「何で俺にふるんだよ」
「だって、クマ様と花ちゃん仲良しだから」
花がクマ様の手を握りしめている方に視線を向け、ニヤニヤとした表情で見つめている。
その顔色の意味をすぐに理解し、からかわれているとわかった花は咄嗟にその手を離した。
「「な、仲良しじゃない!」」
言い訳の言葉もクマ様とかぶってしまい、凛にますます「ほらー。仲良し」と、笑われてしまった。
花は恥ずかしさを隠しながら、小さく息を吐いた後に、落ち着いてから、ゆっくりと微笑む。
2人が提案してくれた事はすごく嬉しい。
この温かい店で、可愛いテディベアを作り過ごす時間はとても幸せだろう。
凛とクマ様でオーダーをもらったテディベアを、あーでもないこーでもないとアイディアを話し合い、作り上げていく。想像してだけでもワクワクしてしまう。
けれど、そこにクマ様がいなくなったとしても。
そこまで考えると切なさかが押し寄せてくる。
だが、どんな事があったとしても、花にとって、この場所は優しく甘くて大切な場所なのだ。
助けて貰えた、素直になれる、甘えられる唯一の場所。
そんな仕事場の仲間に誘われるのは、すごく恵まれた環境だろう。
「…………花浜匙は素敵なお店だと思うし、テディベアや洋服を作るのに興味がないわけじゃないす、むしろ好きだと思う。けど、もう少し頑張ってみたいの。まだ始めたばっかりだし、岡崎さんに必要としてもらえてうれしかったし。自分の今まで出会いで巡って来た縁だから。もちろん、自分のために。だから、………ありがとう。でも、いつかここで働いてみたい」
「いつでも歓迎する」
「それまでにつぶれないようにやるしかないな」
今はきっと最悪な状況だろう。
そんな職場で働くのがいい事なのかはわからない。けれど、まだ仕事を始めて1週間。認めて貰えないのは仕方がない。これぐらいでくじけてはいけない。
愚痴を言って、泣いて、悔しがった。
そして、自分の気持ちを立場を理解してくれる人がいる。
頑張って頑張って、もしダメだった時に「頼っていいよ」と言ってくれる居場所がある。それほどに力強い存在はないのだ。
だから、one sinという新しい自分の居場所に戻れるならば、歯を食いしばって頑張ろうと決めた。
それを凛とクマ様は心配しながらも応援してくれた。
けれど、そんな花の気持ちとは裏腹に、この世界は上手くいかないようだ。
夕方に花の携帯に1本の電話がかかってきた。それは岡崎支店長ではなく、本店のお偉いさんからだった。
「乙瀬さん。この状況が落ち着くまで出社は控えるように。最低でも1週間。その間に違う仕事が見つかったらすぐに教えてください」
色のない一定の引くトーンで事務的に告げられた言葉は、冷え切っており耳から入ったその音は花の心を凍らせるには十分なものだった。
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