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15話「朝の帰り道」
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早めに自宅に帰ることにした花はその足で、初めての一人牛丼屋へと足を運んでいた。
さすがに店内で一人で食べるのはハードルが高く、持ち帰りにしたが、それでも店に入るのに大分躊躇ってしまった。店先をうろうろしており、不審者扱いされそうなほどだった。けれど、その時に同年代の女性が一人で牛丼を食べているのを見かけて、勇気が出たのだ。おどおどしながらも、凛と共に来店した時の事を思い出しながら注文した。
あの香りごと持ち帰った花は、幸せな空気に包まれながら夕食をとった。お腹も満たされた花は、凛やクマ様から借りたファイルをバックから取り出した。分厚いファイルは年代物で、表紙を捲ると少し古びた写真が出てきた。そこには、小さいトルソーに洋服を着せて写真を撮り、その下には布の切れ端や糸の種類などが細かく記入され、作り方なども丁寧に説明が残されていた。分厚いファイルには今まで作られたテディベアの洋服が沢山残っていた。今では着せ替え人形など多く見られるが、昔は珍しかったのではないだろうかと花は思った。
「ドレスだけじゃなくて、レトロな服装や浴衣みたいなのもあるのね。可愛いな……」
女の子ならば、子どもだけじゃなく大人でも集めたくなってしまうな、と、花は次々にページをめくっていく。
色あせていたものから、少しずつ色が鮮やかな写真になっていく。今に近づいているのだ。
「クマ様は一体誰なんだろう……」
花浜匙の昔の記録を見ながら、クマ様の事を考える。
昼間、凛の言葉を遮ったクマ様。クマ様は自分の事を話そうとはしない。
けれど、物であるテディベアがしゃべり動くのは四十九日の奇以外は考えられない。もしかしたら、心霊現象なのかもしれない、と思いつつその可能性は低いと思っていた。それならば、四十九日の奇で供養されずにずっと残っている魂ではないか、と考えるのが普通だ。
もし四十九日の奇であれば、近い未来にクマ様は供養され、この世から離れてしまう。
そうなったら、あんなにも仲がいい凛は悲しむだろうな、と花は思った。憎まれ口や意地悪を花に言ってくるクマ様だが、花だって寂しいと思う。胸の奥が痛む。また、父親の時のようにクマ様を燃やしてしまうのだろうか。
考えただけでも、切なさが込み上げてくる。
ファイルはレース編みをする時に参考になると思ったが、今はクマ様の事を考えてしまう。
今日はもう見るのをやめようと、パタンッとファイルを閉じた。
と、その衝撃からファイルからふわりと1枚の写真が落ちてきた。
「あっ……」
このファイルは花浜匙にとって大切な物のはずだ。それを凛は貸してくれたのだ、1枚の写真もなくしてはいけないのだ。慌ててその写真を撮り、元に戻そうとする。
が、その写真に写っていたものは、テディベア用の洋服ではなかった。
見たことがある風景に3人の男の人が写っている写真だった。
そこは今日花が訪れた花浜匙の店先。あの店の看板の下で撮られたものだった。
そこには、白髪交じりと老人と、青年が2人立っていた。老人は、とても優しい笑みで、テディベアを手にして微笑んでいる。そして、隣には黒髪の青年が仏頂面で立っている。その顔を見て、花はすぐに誰かわかった。高校生ぐらいの凛であった。髪も短く、若いが顔は変わっていない。だが、いつもニコニコしている今の凛からとは全く違うに不機嫌そう表情だった。思春期の頃だろうから、凛もそんな時期があったのかもしれない。
そしてそんな凛の近くには、満面の笑みで正面を見て微笑んでいる青年がいた。当時の凛と同じぐらいの年代だろう。老人と凛の間に立ち、とても幸せに笑っている。茶色の髪がふわりとして、身長も高い。凛は見た目は落ち着いた神秘的な雰囲気を持っているが、その青年は人懐っこく万人に好かれそうな雰囲気を持っていた。
「もしかして………」
花浜匙の前で撮られているという事は、凛の知り合いなのだろう。そして、彼らの距離は家族のように近い。
凛もとても楽しそうだ。そうなると、凛とその茶髪の青年は仲がいい存在だったのだろう。
そうなると考えつく事は1つだ。
この茶髪の青年は、誰なのか、と。
「………ダメ。本人たちに直接聞いてないのに、余計な事を考えてはだめだわ」
花は首を横に振って、1つの推察を頭から無くそうとした。
クマ様は詮索されるのを嫌がっていたのだ。知ろうとしてはいけない。
そう思いながらも、四十九日という言葉が頭をかすめ、どうしても気になってしまう。
花は、頭の中でそんな葛藤をしているうちに、夜も更けてしまい、次の日の朝は寝坊ギリギリの起床になってしまったのだった。
考えすぎて眠れなかった花だが、その眠気は職場に着いた瞬間に吹き飛ぶ事になる。
「乙瀬さん、少しいいかな」
「はい………」
出勤した花は、すぐに支店長である岡崎に呼ばれた。
その表情はとても厳しい事と、近くにいた冷泉が心配そうにしている事、そして他のスタッフの冷たい視線から、何かあったのだと悟った。
それは良い話のはずがない事も。
休憩室やロッカー室は他のスタッフもいるためか、岡崎はone sinのVIPルームに花を通した。
「着てすぐにすまないね。昨日の初めての休みはゆっくり出来たかな」
「はい。………何か問題がありましたか?」
「…………」
岡崎はすぐに本題に入ることはなく、花を安心させようととりとめもない話を始める。
けれど、花は朝一番に呼ばれた用件が気になりつい自分から聞いてしまう。大人げないと思いつつも、不安で仕方がなかったのだ。
すると、岡崎は作り笑顔をすぐに神妙なものに変えでゆっくりと口を開いた。
「本社の方にお客様から乙瀬さんについてのクレームが入ったんだ。その……こちらの店に相応しくない人間が居る、とね」
「そ、それが私、という事ですね……」
「…………」
わかってはいた。
万人に受け入れられる問題ではないと。
だからこそ、仕事で努力して認められようと頑張ろうと思った。今からがスタートだ、とも。
だが、それは職場の人間への事だった。乙瀬を知っているお客様は花がどんな人間か知らない。知ってもらうとしても、接客などを見てもらうとなるとかなりの時間を要する事になる。
認めてもらう前に、花がどこの生まれなのか、を気にしてしまえば、接客を拒まれてしまうのだ。
「………岡崎さん。そのお話を詳しくお話していただけませんか?伝えられた通りの言葉で大丈夫です。きっと、私が傷つかないように言葉を選んでくださってますよね?……どのようなお言葉なのかを知っておきたいのです」
「花さん……」
花がそう伝えても、岡崎はまだ渋りなかなか口を開けない。相当な事を言われたのだろう。
花が小さな頃から岡崎は花を知っている。そのため、つい2人きりになると名前で呼んでしまう事がある。岡崎に向かって、花が困り顔だが微笑むと、観念したように説明をしてくれる。
「君を雇うことを決めたのは、自分の責任であるし、花さんが責任を感じる事はないから、そこは気にしないで欲しい」
「………はい。ありがとうございます」
前置きは、今から伝える事が厳しい言葉だと言っているものだ。花は重ねた手を強く握りしめる。
「不祥事を起こした一族の娘が働いている店には今後一切行きたくない。早く解雇してくれ……というクレームが入りました。そのお客様はone sinの日本店の中でも指折りのVIPのお客様で、その方がもうone sinをご利用されないとなると、大変な損害になります」
「………そんな……」
「どうやら2日前に金城さんがいろいろなところでお話しているようで、噂は広がっています。私はこのような考えは断固として反対です。花さんは花さんなのですから、仕事の場をそんな理由で失うのは不当だと考えます。……ですが……」
「会社がよく思っていない、のですね」
「……その通りです。考えが出るまで裏方の仕事に徹して貰うことになりました。本日は、噂を確かめにくるお客様も多いと思います。そのため、本日はおやすみしてください。明日以降については、また私から連絡します」
「………わかりました」
岡崎が何かを伝えようとこちらを見ていたが、それよりも先に花は頭を下げると足早にその場から去った。
悔しさが溢れる顔を見られたくない。
泣いた顔など見せたくない。
one sinが入るビルを出るまで、花は下を向き必死に感情を押さえ込み、逃げるように去ったのだった。
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