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11話「奇跡の終わり」
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テディベアの腹部には布製の袋が入っていた。
そこには父親の書いた手紙と花の名義の通帳が入っていた。
「お、お父様。これは」
声が震えてしまう。
これは自分がいなくなるのを見越して書き上げた手紙。そして、知らない自分の通帳。
それが何を示すのか、もうわからない年齢ではない。
「そのお金は花に渡すつもりだったものだよ。何かあった時はこれを使ってくれ。大丈夫、それは悪い事で貯めたお金ではなくてね。私が学生の頃バイトをし始めてからのお金なんだ。名前は変えてあるけれど、花が幸せになるために必要な事もあるだろう。花のために使いなさい」
「お父様、私こんな大切なお金使えない………」
「では、お守りとして持っていてもいい。でも、いつか必要となる時が来たら遠慮などいらない。手紙は、手間をかけるがお母さんに渡してくれないか。落ち着いている時でいい。もしいらないと言われたら燃やしてくれてかまわないよ」
「そんな事はしません!必ず届けて、お母様に読んでいただきます。何があっても……」
「それを聞いて安心した。よろしく頼んだよ」
そういうと、父はおもむろに両手が上げた。
そして、テディベアの可愛い手で自分の瞳を思い切り引っ張り、むしり取った。
花と花の母親の誕生石である宝石の瞳を。
「お父様ッ!?」
「これも大切にしてほしい。燃えてしまうのはかわいそうだからね。本当はフィオも燃やしたくないのだけれどね。それはどうしようもない」
「新しいフィオは俺達が作る。全く同じものとは言えないが、必ずつくってこいつに渡す」
フィオが無くなることを寂しがった父にそう声を掛けたのは凛ではなくクマ様だった。
俺達という事は、クマ様と凛が作るという事なのだろう。クマ様もテディベアも作れるのだろうか。
クマ様の言葉が気になりつつも、父が自分に渡してきた宝石を見つめていると寂しさが込み上げてくる。
涙は気づいたら流れていた。
「凛さん、クマ様。今回はご迷惑をおかけしてすみませんでした。そして、花の事をぜひこれからもよろしくお願いします。私の犯罪を知っていても軽蔑する事もなく、花は花として扱ってくれた。それは、この子にとって今は必要な存在なのです。けれど、偏見の目はやはり多い。だから、花がお2人に会えた事は、偶然ではないように思うのです。なので、これからも花と仲良くしてやってください」
そう言う砂浜に置いてあったマッチの箱に手を掛けようとする。
もちろん、テディベアの手では火をつける事などできない。
花は震える手でそれを受け取り、火を灯し蝋燭に移す。
4人の周りだけ弱弱しい火で光りが揺れる。
先程までうるさい程だった波音も風の音も今は全く耳に入らない。
聞こえるのは、激しい自分の鼓動だけだった。
「花……頼むよ」
「………はい」
いやだ。
まだ一緒に居たい。
お別れなんかしたくない。
ずっと一緒に居て。
けれど、それは出来ないのだとわかっている。
父の事を考えれば、早くに楽になって欲しいのだから。
涙を堪え、嗚咽で体を震わせながら、ゆっくりと蝋燭の火をテディベアに落とす。
瞳のないテディベアなのに、何故か頬んでいるように見える。
火の先端が微かにテディベアの毛に付いた瞬間、ボウッとテディベアに燃え広がりあっという間に火に包まれる。
「いやッ!待って………っっ!」
思わず手を伸ばし、火を消そうとする。
けれど、それを凛が後ろから抱きしめて止めてしまう。
「花、ありがとう。話せてよかった。そして、許してくれて、ありがとう」
「離して、お父様が燃えちゃうッ!いなくなっちゃう」
「花ちゃんっ」
「お父様!酷い事を言ってごめんなさい。本当はあんな事思ってなかった。ずっとずっとお父様が大切だったんです。だから、お父様、私を置いていかないで」
「私はいつでもお母さんと花を見守ってる」
「いや、そんな最後みたいな言葉を言わないでくださいッ」
「私を幸せにしてくれてありがとう。だから、幸せになるんだ。今度は、花が………」
四十九日の奇。
その時間は長いのに、終わりの瞬間はあっという間だった。
灰も残らずに最後の日が天に上がり、風に吹かれて消える。残された蝋燭の火もいつの間にか消えていた。
「………お父様、いなくならないでよ………」
「………花ちゃん。お父さんは、しっかり天に昇って行ったはずだよ」
「幸せになるんじゃない。私はもう幸せだったんだよ」
「その言葉も気持ちも伝わってる……」
凛とクマ様の言葉に、息が詰まる。
悲しみが自分で抑えられなくなり、クマ様を抱きしめ、凛に体を預けたまま、子どものように夜の海で泣いた。
四十九日の奇は奇跡。
幸せで尊い時間。
けれど、辛い別れを2度も経験しなければいけない。
花はそれを見思って知ったのだった。
クマ様を抱きしめながら、花は呆然と車に揺られていた。
本当はもう家に帰らなければならい。
それなのに、花はまた温かい花浜匙の店に向かっている。
けれど、今日は1人で過ごす事など出来るはずがなかった。
口うるさいクマ様は花に抱きしめられても何も言わない。寄り添ってくれている。
静かな夜。
車のエンジン音だけが聞こえていた。
そんな中、ポツリと言葉を漏らしたのは花だった。
「………心残りがあったの」
「…うん」
「お父さんの悪口を言ってしまった事。お父様は謝ったのに私は謝れなかった。お父様が死んでしまって、一人になって。不安で怖くて、寂しくて。それを紛らわすには、誰かを恨むのが1番楽だったのかもしれなくて。大好きなお父様の事を悪く言ってた。本当は大好きなのに」
「仕方がないだろ。死は人の心をかき乱す」
「ちゃんと、お父様に伝わったかな?最後だったけど許してくれたかな」
「………大丈夫だよ、花ちゃん。お父さんに伝わってるよ」
「おまえを愛していたんだ。そして、おまえも。だから、許してくれる。おまえが許したように、父親も同じだろ?」
花の泣き声を隠すかのようにエンジン音が大きくなる。少しだけ開けていた窓から入ってくる風も強くなった。
少し寒い春の夜。
そんな日は人肌もテディベアの体温も身に染みる。温かいな。
その温かさを感じていると一人じゃないと思えた。
それでも失ったものは大きすぎる。
花は月明かりを見つめながら、いつまでも泣き続けた。
手に残る宝石は冷たく輝き、まるで亡骸のようだった。
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