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7話「クマ様」
しおりを挟む7話「クマ様」
テーブルの上に置かれた、四十九日の奇のテディベア。朝日を浴びて宝石が眩く輝いている。
だが、そのテディベアは動くこともなく、花を見つめている。
「花ちゃん、ごめんね。でも、話した事は嘘ではないんだ」
「あいつがそんな事をするはずはないよっ!!」
「……花ちゃん……」
穏やかにそして眉を下げて困り顔で花を見つめる凛。彼はそれ以上言葉を紡がなかった。そんな彼を目の前にしていくと、怒りの感情が少しずつ小さくなっていく。花はぎゅーっとクマを抱きしめながらソファに腰を下ろした。
黙っている彼に合わせるように、花も静かに凛を見返すと、凛は安心したように微笑み、また口を開いた。
「調べた結果、というか花ちゃんのお父さんのオーダー表を見て話すよ。まずさっきも話したように、このぬいぐるみはウエイトドール。花ちゃんの出生時の体重にして作られたテディベアなんだ。そして、それを花ちゃんのお母さんにプレゼントするつもりだったようだよ。花ちゃんが20歳の誕生日の時にね。……理由は、今まで花ちゃんを育ててくれてありがとう。その気持ちを伝えたくて、早くからオーダーをしたみたいだ。それも数年前からね。けれど、それを渡せなかったみたいだね」
「……………」
「乙瀬学さん。この名前を見てすぐにわかったよ。乙瀬さんは、大手地方銀行の社長さん、だよね。……君の口調や仕草が繊細で上品な意味がわかったよ。乙瀬銀行元社長の娘さんだね」
「…………」
依頼をした時から、バレる事は覚悟していた。
それにある意味で有名になってしまった父の名前を凛に伝えた時から、すぐに気づかれると思っていた。いや、もしかしたら彼は話をした時にすぐに気づいていたのかもしれない。それでも、気づかないふりをしてくれてたのかもしれない。
そして、依頼をお願いした時から、説明をしなければいけない事もわかっていた。
「乙瀬という名前はこの地域では有名すぎるから……。黙っていてすいませんでした。凛さんが話してくれたように、乙瀬銀行の元社長の娘です。凛さんも知っていますよね?父親がやったことを」
「あぁ。知ってる。当時は大騒ぎになっていたからね」
「顧客から多額のお金を横領し、それが報道機関にバレて大きなニュースになりました。そして、その後犯罪者でもある父親はあっけなく病死。こっちはこの男のせいで苦しんでいるのに。私、一人で逃げ回って。そして、四十九日の奇で戻ってきて、供養もしろって?そんなバカな話ないですよね。本当に迷惑なんです。成仏なんてしないで、ずっとこのクマの中に居ればいいのに」
「……花ちゃん」
花の体は小刻みに震えていた。
自分がそれぐらいに怒っていたのだとテディベアを抱く手を見て気づいた。テディベアを抱いても怒りがおさまる事はなく、宝石の瞳のテディベアをキッと睨みつけると、それを乱雑に掴んだ。
「こんなのもの、川に投げ捨ててしまえばっ!」
父の魂が入っているテディベアを掴んだ右手を振り上げた瞬間。凛は悲しんだ表情が視線に入ってくる。それが見たくなくて、ギュッと目を瞑った。けれど、この怒りはもうどうにもならない。ずっとずっと我慢してたもの。吐き出せなかった。苦しかった。だから、少しでも楽になりたい。
テディベアを床に叩きつけたい衝動にかられ、は花はそれをもう自分で止められなかった。
「やめておけ」
そんな刹那。
突然、花の聞いたことがない声が店内に響いた。
低いけれど澄んだ、綺麗な声。
その声の続きがあるのではないか、花は動きを止めてしまった。
誰だろうと、周囲を見る。
けれど、店に誰か来たわけでも、クマのぬいぐるみに魂を宿した父親がようやくしゃべったわけでもないようだ。
が、すぐにその声の主の正体を花は知る事になる。
自分の腕で抱きしめていた凛のテディベアが動き出したのだ。
「さっきから苦しい。持つならもう少し優しくしてくれ」
「な、な、クマがしゃべったッ!!」
突然しゃべり動き出したテディベアに驚き、花は思わずそれを手放してしまった。そのためテディベアは床に落ちてしまう。すると、テディベアはくぐもった声を上げて苦しそうにしていた。どうやら体を強打して痛んだらしく、ぶつけた部分を刺繍が入った手でさすりながら立ち上がった。
「っ……痛いな、もう少し大事に扱えよ。この体がぬいぐるみじゃなかったから大怪我をしてたぞ」
「なんで、クマがしゃべって……」
「この宝石のテディベアと大体一緒だろ。それに、生きてる動物にものり移ることがあるんだから、めずらしくもなんともないだろ」
「そういう問題じゃなくて!何で今まで動かないで黙ってたの!?
「おまえは恩人かもしれないけど、別に話す事じゃないだろ。自分の秘密を簡単に話す奴なんていないだろ」
「な、なんか口の悪いクマ………」
「なんだと?」
花が驚いている間につらつらと言葉を並べて捲し立ててくる魂付きのテディベア。どこの誰の魂が宿っているのかもわからない。年上なのか年下なのかもわからないが、花は思ったことがつい言葉に出てしまった。
驚きと可愛い姿からは想像も出来ない言葉の悪さから、我慢が出来なかったようだ。
案の定、クマは怒ってしまったようだが、凛が「まぁまぁ、2人とも落ち着いて」と何故か嬉しそうに微笑みながら花とクマのやり取りというケンカを止めた。
「凛さん、このテディベアも……まさか、四十九日の奇なんじゃ?……それに誰が……」
「俺はクマ様だ」
「………へ?」
「………俺もクマ様って呼んでるんだ。花ちゃんもそう呼んであげて」
凛は少し困った顔でそう言うだけだった。
花の質問には答える様子はない。要するに、聞いてほしくない事だったのだろう。
話題を変えられてしまっては、しつこく聞くことなど出来ない。
怒りにまかせて宝石の瞳のテディベアを投げてしまいそうになっていたが、もうその気持ちも驚きのせいでどこかに飛んでしまった。
「さて、じゃあ話の続きを聞かせて貰おうか」
「………なんでクマ何かに話さなきゃいけないの……」
落ち着いた花に先ほどの続き、花の父親について話せと言われるが、そんな話をするつもりはなかった。
最低な父親の話など、言葉にもしたくない。
「………おまえじゃない。そこの豪華な宝石がついたクマさんにだよ」
「………え………」
「同類としての勘だが、しゃべれるんじゃないか?」
クマ様の言葉に、花と凛は目を大きくして花が持っていたテディベアの視線が向けられる。
動きも、しゃべりもしなかったテディベア。
けれど、その時光も当たっていないのに瞳がやけに光っているのを2人と1匹は気づいた。
「…………申し訳ない」
弱々しく、悲しげな男性の声。
それは、まさしく花の父親のものであった。
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