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5話「人魚姫の不安」

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      5話「人魚姫の不安」




「何それ!急展開!しかも、年下とか意外すぎるけど羨ましいんだけど」
「ただ水族館行くだけだよ。まだ、なにもないよ………」


 今まで恋愛などしたことがない七星は、デートの日までのドキドキと不安を一人で耐え切れるはずもなく、中学からの親友である、御手洗鈴菜みたらしすずなにすぐに相談したのだ。今まで男の影もなかった七星に、急な出会いがあったとわかった鈴菜は、仕事が終わってすぐに愛車をとばして家までやってきたのだ。七星にとってはありがたい限りだが、そんなに大騒ぎされると恥ずかしくなってしまうから困りものだ。

 鈴菜が来るからと冷製パスタを作り、それを食べながら話を進めて行く予定だが、鈴菜の質問が止まらずなかなか食事が進まない。女同士の恋愛話は、食事の時には行うものではないのだなっと、七星は初めて知ったのだった。


「昔から七星に憧れてて、大人になった七星にも気づいて声を掛けてくるぐらいだから本当に好きなんだよー。そういうのってめちゃくちゃ愛されそうで羨ましいですけどっ!しかも、年下のイケメンとか、ずるいなー。やっぱり人魚姫にはイケメン王子がぴったりって事だよね」
「昔の呼ばれ方はもうやめてよ。こんな年にもなってお姫様なんてありえないよ」
「本当のお姫様は、何歳になってもお姫様でしょ。まあ、こんなに美人で性格もいいのに、今まで恋人がいなかったほうがおかしいんだけどね。で、水族館デートでは何するの?」
「ここの水族館、すごく広いからじっくり見ると1日では足りないぐらいなの。だから、なるべく行けるところには行くよ。イルカのショーもあるし、シロイルカも見るんだ。触れるかな」
「シロイルカ。もう、大丈夫なの?」


 過去を知っている鈴菜は、先ほどまでの笑顔から一転して辛そうな表情で心配そうに質問してくる。全てを知って心配してくれるのは、とてもありがたい。感謝の気持ちを込めて、七星は笑顔で「もう大丈夫」と返事を返す。


「いつもシロイルカは見ているし、思い出して悲しくなることはあるけど、でもいい思い出が蘇ってくるんだ。だから、大丈夫だと思う」
「そう。それならよかった。その夕影くんにも、いつか話せるぐらい仲良くなれるといいわね。いろんな人に話すのが、気持ちを和らげる方法でもあるんだから」
「……そうだね」


 会話が少し落ち着いてきたところで、ようやく一息ついて冷たい冷製パスタを口に入れる。爽やかになるようにと入れたレモンが妙に酸っぱく感じ、七星は目を細めた。次にレモンを食べた時、きっと恋愛話をした事を思い出すだろう。その時は、隣に夕影はいるのだろうか。
 それは、未来の自分にしかわからない事。今はただ、次のデートが2人にとって楽しめるものになるといいな、と願うだけだった。


 それからデートまでの日数はあっという間に過ぎていった。
 服装や小物、メイクや髪型、香りやマナーまで、鈴菜に徹底的に教え込まれたのだ。
 メイクはいつも同じようにしていたが、化粧品の販売員をしている彼女には「宝の持ち腐れだ」と怒られた。彼女のお古を貰い、教えてもらったメイクを練習する日々が続いた。髪型は一度も染めた事のない真っ黒でストレートロングの髪型は、しっかりアイロンをして艶を出して、毛先を内側に巻いて可愛らしさを出すようにとも言われた。本当ならば朝練習して出勤したかったが「デートでいつもと違う姿を見せるのがいいんだから、夜にやること!」と、親友からの強いアドバイスがあったので当日までの秘密らしい。そのため夜な夜な一人メイクとファッションショーをする日々が続いた。大変さもあったけれど、当日を思うと楽しみが膨らんでいくのだ。
 デートまでの間は、「バイト沢山入れるのでいつもよりこれないかもですが、なるべく会いにきます」と言って、短い時間だとしても七星に会いに来てくれたのが、とても嬉しかった。


 けれど、1つの後ろめたさも、心にはあった。
 結局、七星は本当は夕影に伝えなければいけない、別の感情を言えなかった。デートまで何度も彼に伝えられるチャンスはあったはずだ。それなのに、どうしても伝えられなかった。
「利用するんですか?」なんて、彼が言うはずもない。絶対に助けてくれるとわかってる。
 けれど、それを口をする事さえも七星には恐怖でしかなかった。


「ごめんなさい、夕影さん。でも、私がは会いたんだ。シロイルカに。そして………」


 モヤモヤとした気持ちを重ね続けた七星が、デート前日に寝れるはずがなかった。



 当日は水族館デート日和で春らしいお天気で過ごしやすい気温だった。準備していた洋服も気候にピッタリだ。予定より早めに起きて早めに用意を済ませて家を出ることができた。
 歩きながら、ショーウインドに映る自分を見ては「変なところはないだろうか?」と何度もチェックしてしまう。こんなにおしゃれをして出かけたことなどほとんどなく、自分の姿が嘘のように思えたし、本当に似合っているのかも不安になっていた。

 けれど、そんな心配は不要だとすぐに解決する。
 待ち合わせ場所の30分以上前に到着したというのに、すでにそこには夕影の姿があったのだ。
 ダボっとしたカジュアルなカーキ色のジャケットに、薄手のオフホワイトニットにダークブラウンの細身のズボンを合わせた服装で夕影が待っており、すぐに七星を見つめて動きを止めて固まったのだ。


「ごめんなさい。………お待たせしてしまって」


 丈の長いフレアの紺のスカートに、白のブラウスを合わせ、白のカジュアルなジャケットを着こみ、沢山歩けるようにとホワイトのシューズを履いていた。そんな七星を見て、夕影は固まってしまっていた。普段はジーパン姿や大きめのニットワンピースという、カジュアルすぎる格好をしていた七星なので、いつもとあまりにも雰囲気が違ったのだろう。大きく目を開いて、七星を見つめていた。

「ご、ごめんなさい。私、デートとかしたことなくて。は、張り切りすぎて。……やっぱり変ですよね」
「へ、変じゃないです。すっごい似合ってる。似合い過ぎて言葉が出てこなかっただけです。………可愛い」
「可愛いって。夕影くんは、すぐに可愛いって言い過ぎじゃない?」
「本当のことなんで」
「……そういう恥ずかしいこと言わないで」


 待ち合わせ場所で思った以上の好反応を見せて褒めてくれる夕影に、すぐに照れて頬を染める七星を、夕影は目を細めて嬉しそうに見つめていた。


「行きましょうか。迷子にならないように手を繋いで」
「……え」
「人魚姫は人間界には慣れてないですからね」
「また姫って……。他の人に聞かれたら変に思われますよ」
「大丈夫ですよ。みんな本物だと思ってます」
「…本当に冷静にそんな事言って」


 自分と違って、女の子の扱いに慣れているなっと少しモヤモヤした気持ちになりながらも、差し出された手のひらに自分の手を重ねる。ここで躊躇していたら、年上なのにと思われてしまうと思ったのだ。手を合わせると、彼の長い指で包まれ、温かさが伝わってくる。トクンと胸が高鳴るのを隠しながら、彼の歩調に合わせてゆっくりと歩き始める。
 始めからこんな調子でドキドキしてしまっていたら、今日1日、自分の胸は限界を迎えるのではないか。そんな風に心配になりながらも、彼の横側を盗み見ては、これからのデートに期待をしてしまう。

 きっと今日はいい日になる。
 そんな予感と共に、一片の不安も抱えながら七星は彼の手を握り返した。






   
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