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29話「似てる所」

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   29話「似ている所」







 「え!?どうしたの!?世良さん、大丈夫?」


 ワタワタと驚きながら、塚本は自分のハンカチを取り出して千春の涙を優しく拭いてくれる。
 微かに柔軟性の柔らかくて優しい香りが鼻には入る。その香りが秋文の香りとは違うのを感じ、千春は思わず身を引いてしまった。


 「ごめん……ビックリした?」
 「いえ、私こそ泣いてしまって……すみません。」
 「……一色選手の事、そんなに好きだったの?それとも彼氏の何か思い出したの?」
 「……いえ。」


 曖昧のまま視線を逸らすと、塚本は「先に帰ろうか。送っていくよ。」と言ってくれた。
 一人で帰れると塚本には伝えたけれど「日本より危ないんだから。」と言われてしまい、家まで送っていれた。
 その間は、気を使ってくれてたのか会話はほとんどなかった。話したとしても、先ほどの事とは違う話題ばかりだった。
 
 歩いている間も、先程のネットニュースの写真が、千春の頭の中から離れてくれなかった。
 自分とは別れてあのモデルと付き合うことにしたのだろうか?
 秋文から連絡が来ないのは、そのせいなのかもしれない。そう思うと、体が冷たくなり、ブルブルと震えてしまいそうになる。
 思い出しては泣きそうになるのを必死に堪えて、塚本の横を歩いた。



 「あの……私、ここのアパートなので。」
 「あぁ、そうなんだ。やっぱり会社が紹介してくれた場所だと近いね。」
 「はい。……あの、送っていただいてありがとうございます。そして、いろいろすみませんでした。」
 「俺は大丈夫だよ。……あまり考えすぎないようにね。」
 「ありがとうございます。」


 塚本さんに、お辞儀をして去っていく背中を見送ってからアパートの中に入った。

 このアパートにはエレベーターはない。3階まで階段をゆっくりと上がる。その間も、思い出したのは秋文とモデルの女の人が一緒に車に乗っていた事だった。美男美女のお似合いの2人。
 秋文だって綺麗な女の人で、自分に寄り添ってくれる人の方が魅力を感じるはずだ。人の心は変わるもの。秋文が、いつまでも千春を好きでい続けるというわけでもないのだ。

 階段を登りながら、また涙が流れてくる。
 自分から離れたはずなのに、何故ないているのだろうか。泣く資格などないのに。

 千春の部屋の前に到着して、鍵を差そうとすると、階段をカンカンと足早に上る足音が聞こえた。アパートの住人だろう。泣いた顔を見られるのは恥ずかしいので、千春は俯いたまま、鍵を開ける。
 ドアを開けた。はずだったのに、千春がドアノブから手を話してしまったので、そのドアはバタンと閉じてしまう。


 「………っ!!」
 「世良さんっ………。」


 突然、後ろから抱き締められて千春は、驚いてドアから手を離してしまったのだ。
 自分の名前を呼ぶ声は、先程まで一緒にいた人と同じものだった。
 知っている人だとわかると少し安心してしまうけれど、抱き締められている状況に困惑してしまう。


 「塚本さん………?あの……。」
 「世良さんの彼氏って、一色選手だよね?」
 「………えっ………そんな事ないです………。」
 「世良さん、嘘つくの下手だね。」


 耳元で塚本の声が聞こえる。
 顔や体型は似ていても、やはり声は秋文に似ていない。それなのに、ドキドキしてしまうのは、抱き締められているからなのだろうか。


 「俺なら世良さんに寂しい思いなんてさせない。一色選手相手だと敵わないかもしれないけど、俺ならずっと近くに居てあげられる。傍にいて、君を守ってあげられる。だから………。」
 「塚本さん………。」


  
 その先の言葉を言わないで。
 もうこれ以上、考えたくない。考えられない。
 
 私の心の中を乱さないで欲しいと千春は願った。
 けれども、その願いは叶わなかった。



 塚本は千春の方を優しく支えて、体を向き合うようにさせた。
 そして、じっと千春の瞳を見つめていた。
 顔は真っ赤になり、目も少し潤んでいた。年上の男性なのに、自分に対してこんなに緊張してくれているのが、千春は不思議だった。


 「俺と付き合ってくれないかな。好きなんだ。きっと、彼氏の事忘れさせてあげるから。………世良さんには、もっと笑っていて欲しいんだ。」


 塚本の誠実で優しい言葉が、千春の胸にすっと入る。彼の優しさが今はとても暖かくて嬉しい。
 
 けれど、自分の頭にはまだ秋文の事ばかりが残っているのだ。
 秋文から告白されて、千春は断り悩んでから始まった、秋文との恋愛。
 気づけば、千春がどっぷりと彼にハマり、好きになっていた。
 
 彼が忘れられない。
 彼との思い出を忘れたくない。
 …………まだ、秋文との恋が終わっていないと信じたかった。



 「………塚本さん。ごめんなさい。私、まだ秋文の事が好きなんです。彼がどう思っているかわからない。けど、私はまだ彼の恋人だと信じていたいんです。」
 「………そうだよね。恋人がいるのに、こんな事言ってごめん……。」
 「………いえ。」


 塚本の優しさが伝わってくる。
 千春が秋文と付き合っている事を肯定して、信じてくれているのだ。
 「会いに来ないなんてもう別れてる。」とか「モデルと付き合ってる。」とかは言わないでいてくれる。
 塚本は、自分には勿体ない、かっこよくて紳士的で思いやりのある男性だ。そんな風に千春は思った。


 「でも、もし寂しくなったら、俺を頼って欲しいな。一緒にご飯に行ったり、話しをするぐらいならいいよね?塚本さん、お酒好きでしょ?」
 「………はい。そうですね………じゃあ、ぜひ相談させてください。」


 千春は何故か、微笑んでそんな言葉を洩らしていた。
 自分でもそんな事を言うとは思わなかったのだ。気づいたら、塚本に向かって了承の言葉を伝えていた。

 「ありがとう!楽しみにしてるね。………でも、俺が好きって言ったことも忘れない欲しいな。……じゃあ、また明日。」


 塚本は最後の言葉を真剣な口調で千春に伝えた。目を細めて、千春の頬を片手でそっと撫でた後、塚本は千春の前から去っていった。



 部屋に入り、呆然と立ち尽くしているうちに千春は気づいた。
 やはり、塚本は秋文に似ていると思ったのだ。

 「頼っていい。」という塚本。
 それは、かつて千春に「利用していい。」と言った秋文によく似ていたのだ。



 「だから、聞きたくなかったのに………。」


 千春は玄関で靴を履いたまましゃがみ込み、体を丸めて泣いた。
 頭の中はぐじゃぐじゃで、何を考えればいいのかわからなかった。


 「助けてよ、秋文…………。」


 弱々しく嗚咽混じりで呟いた言葉は、異国の夜の静けさに消えていってしまった。



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