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28話「励ましと衝撃」
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桜のネックレスの話をしてから塚本と千春はよく話をするようになっていた。
桜の小物を使っていれば声を掛けてくれるし、日本の話で盛り上がったりもした。そして、塚本はサッカーが好きで、その話も出来るのが千春には嬉しかった。
それでも、夜になって一人で家にいると、ネックレスや秋文の鍵を見つめては切ない気持ちになってしまった。
秋文の部屋の鍵は、あの日置いてこようと思っていた。けれど、いざその時になると手が止まってしまったのだ。
これを手離してしまったら、秋文との繋がりがなくなってしまう気がしたのだ。
こんな鍵1つで繋がっていられる関係ではない。けれど、この遠く離れた土地にひとりでいると、これだけでも持っていてよかったと思うのだ。
この鍵で秋文の家へ帰れる。
そう思えるだけで、安心出来た。
鍵を持っているだけで、恋人といえるはずがないのはわかっているのに、千春は気づかないフリを続けていた。
『今日、今の仕事が一段落したからみんなで飲みに行くんだけど、千春もいきましょ?』
『そうなんだ。………そうね、行くわ。』
『やった!千晴が来てくれるなんて久しぶりよね。』
そんなある日。同僚から飲み会に誘われ、いつもは断るはずなのに、この日は飲み会に行くことを決めた。
もしかしたら、昨日のサッカーの試合で、秋文のチームが快勝して気分が良かったのかもしれない。
秋文の活躍も見られ、昨夜は一人でテレビを見ながらドキドキしてしまっていた。
けれど、気になることもあった。
最近、秋文のメッセージが途絶えているのだ。
昨夜のように、元気にサッカーをしているのを見ると安心はする。
けれど、そしたら何故メッセージをくれないのか。それが不安で仕方がなかった。
彼はもしかしたら、もう千春とは付き合っていると思ってないのかもしれない。あんな離れ方をしてしまったのだ。秋文がそう思ってしまっても仕方がないと思う。
けれど、彼はきっと待っていてくれると期待してしまう。
だからこそ、メッセージが来ないの現状が怖いのだ。
もしかすると、秋文は自分の事をもう好きではなくなったのではないか。
そんな事まで考えてしまった。
「一色秋文選手、好きなの?」
「えっ!?」
急に秋文と言う言葉が聞こえてきて、ハッとして顔を上げる。すると、すぐそばに塚本がいることに気がついた。
「ごめん。驚かせたかな?」
「いえ。少しボーッとしてしまっていたので。」
今は職場の飲み会の場だった。
気づくと大人数になっていたようで、広い店を借りての食事会になった。
みんなそれぞれに立ちながらお酒を片手に話し合ったり、テーブルで真剣に仕事の相談をしたりと、各々の過ごし方で楽しんでいた。
始めは話に参加していたものの、集中出来なくなってしまい、一人でカウンター席でお酒を飲んでいた。
集中出来ないのも、呆然としてしまったのも、どちらの原因もすべて秋文の事を考えていたからだった。
一人で飲んでいた千春を、塚本が心配して声を掛けてくれたようだった。塚本は空いていた千春の隣の椅子に腰を下ろした。
「あの………いま、あき………一色選手って言いましたか?」
「あぁ、うん。世良さんのスマホに一色選手のキーホルダーついてたから、そうなのかなーって思って。」
「あぁ、なるほど……。」
「一色選手、いい選手だよねー!プレイも正確だし、先読みが出来るし、冷静沈着なところかっこいいよ。」
「男同士でも、かっこいいって思うんですか?」
「思うよ!サッカーも出来て、ルックスもいい。それなのに、調子にのり過ぎないけど自分に自信があるところ、すごいと思うよ。」
「そう、ですか………。」
熱く秋文について語る塚本を見て、千春は少しだけ驚いてしまった。
男性ファンからの秋文の褒め言葉を直接聞くのは初めてだったのだ。けれど、秋文の話をしているのに、千春が照れてしまう。
自分の大好きな人がこんなにも褒められていることが、とても嬉しい。
かっこいいだけではなくて、サッカーもしっかり見てくれるファンがいることが、誇らしく思えた。
千春は自分の気持ちが隠せずに、ニヤニヤと照れるように微笑んでしまう。すると、それを見た塚本も微笑んだ。
「本当に一色選手が好きなんだねー。すごい嬉しそうだ。さっきまで、悲しそうにどんよりしてたのに。」
「え…………そんなに暗くなってましたか?」
「あぁ。ここだけ照明がついてないかと思ったよ。」
塚本の冗談を聞いて、千春は思わず「そんなに酷かったですかー?」と笑ってしまう。
それを見た塚本は何故か嬉しそうに「よかった。」と言った。千春は、その言葉の意味がわからずに、不思議に思って彼を見つめた。
「元気ないから、心配してたんだ。だから、笑ってくれてよかったと思って。」
「………塚本さん。ありがとうございます。心配してくれて。」
「日本にいる彼氏と、ケンカでもした?」
塚本の言葉に、先ほどからドキリとされてしまう。自分が考えていることを見透かされているようだと千春は思った。
けれど、また心配はかけないようにと、冷静を装おって返事を返した。
「………彼氏なんていないですよ。それに、ただボーッとしちゃっただけで………疲れてるのかな?」
「そうなんだ。いると思ってた。」
「よくわからないんです。同じぐらいの時期にお互いに海外に行ってしまって。うやむやで2年過ごしてたら、もう付き合ってるかわからなくなってしまったんです。」
「会ったりしてないの?」
「………はい。」
何故、塚本にこんな話をしてしまったのか。
彼が話上手でもあり、そして秋文と雰囲気が似ているせいなのか、少し安心してしまうからかもしれない。
塚本と話をしながら、秋文もこんな長い期間会わなかったことがなかった事に気づいた。
だから、自分は弱っているのだろうか。
「ずっと会えないのは寂しいよね。……でも、凹んでるの、一色選手の事かと一瞬思ったよ。そんなに好きだったんだーって。」
「……?何の事ですか?」
「え、世良さん、ニュース見てないの?」
「……はい?」
塚本の話していることがわからずに、首を傾げる。すると、スマホを操作してある日本のニュースサイトを見せてくれた。
そこには『スペインの一色秋文選手熱愛発覚?お相手は現役モデル。』と写真と共に大きく書かれていた。一緒にいる写真ではなく、宣材写真であったが秋文とある綺麗なモデルの女性の写真が並んで載っていた。
千春はそのモデルを見た瞬間に、ある事を思い出した。付き合う前に秋文の車の助手席に乗っていた女性だったのだ。
写真を見つめたまま、千春は頭が真っ白になり、そして胸が激しく鼓動を鳴らし、気づくと瞳から涙が流れていた。
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