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16話「秘密の会話」
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千春が素直に「好き」という気持ちを伝えてから、2人の距離は更に近づいた。
千春が前に付き合っていた人たちとは、本心を隠していたからか、薄い壁があるように感じられた。それは、自分が悪いとわかっていたので仕方がないのかもしれない。
けれど、秋文とは違った。
元は親しい友人だったからかもしれない。それに、お互いの気持ちを伝えたえた。それは、全て秋文のお陰だと千春は思っていた。
彼が自分の全部を好きだと求めてくれたから。
「あ、秋文っー!こっちだよ。」
「………おまえな……少しバレるかもしれないとは思わないのか。」
「あ、ごめん。」
今日は休日。秋文の仕事が終わってからだったけれど、陽が出ているうちに会えるのは久しぶりだったので、千春は嬉しかった。いつもは、千春の仕事帰りに自宅て会う、短い時間だったので、今日は少しだけ長く時間一緒にいれるのだ。
自分がうかれてしまうのも、仕方がないと千春は思っていた。
「秋文……。」
「わかってるよ、ほら。」
千春の気持ちをすぐに理解したのか、秋文は手を差しのべてくれた。けれど、千春は彼の手を取らずに腕に抱きついた。
大胆なことをしている自覚はあったけれど、今日は久しぶりの外デートなのだ。思いきり甘えたかった。
「へへー。ちょっと年甲斐もないかな。」
「いいんじゃないか。……俺は嬉しいし。」
「よかった!」
「今日も可愛くしてきたんだな。というか、綺麗系っていうのか?よくわかんないけど、そのワンピース似合ってるよ。」
「秋文に褒められるなら、この洋服沢山着ようー!」
すっかり春になり、気温も高くなってきたので、千春はオリーブ色の総レースのワンピースを着ていた。胸元には、キラキラと光る桜のネックレス。この桜が映えるものを千春は着たかったのだ。
秋文は、眼鏡をかけて、ゆったりとしたシャツにジーパンというラフな格好だった。
最近は、スーツを着る事が多いようだったけれど、今日はわざわざ着替えてきてくれていた。
「今日はどこに行く?」
「本屋さんとゲーム屋さんと、あとは……。」
「前に、カフェにあるパフェ食べたいって言ってなかったか?」
「………あそこ、女の子ばっかりだけど、秋文来てくれるの?」
「……やめとく。」
そんなたわいもない話を2人で交わす事が幸せで。千春は、胸に感じる彼の腕を、ギュッと強く抱き締めた。
「この桜のネックレス、会社でも褒められるんだよ。」
「会社にまでして行ってるのかよ。」
「うん。だって、ずっと身につけたいから。」
「………あー……今、キスしていいか?」
耳元で急に、そう囁かれて千春はドキッとしてしまう。キスをして欲しいのは山々だったけれど、今は人が多い街中だ。さすがに、それは恥ずかしい。
「えっと、……今ここで?」
「したくなったけど、我慢しとく。」
「……からかったのー?」
「本当だ。」
目の前に彼の顔があり、驚き固まってしまうと、秋文はニヤニヤと笑って「冗談だよ。」と、先に歩いて行ってしまう。
「もう!どっちが冗談なのー?」
顔を真っ赤にしながら、秋文の後を追いかけた。
本屋で漫画本や小説を2人で見ていると、「千春?それに、秋文か?」と聞き覚えのある声が聞こえてきた。千春が振り向くと、そこに背の高い男性が帽子を深くかぶり、眼鏡をして立っていた。
「あっ!出ー、すごい偶然っだね!」
千春は、そういうと出に近づいて、軽く抱きついた。それを出は、ニコニコとしながら何も言わずに受け止めてくれる。
どういうわけか、千春は出にとてもなついていた。同じ年なのに、落ちついていて、真面目な出を兄のように思っていたのかもしれない。
そのせいか、千春は出に対してはすぐに抱きついたり、くっついたりしてしまっていた。
もう大人なのだから止めないといけない、とは思っていたけれど、癖はなかなか直らなかった。
「千春。秋文がすごく怖い顔で睨んでるぞ。」
「えっ!?」
「……それは素顔だ。もう、お前たちのやりとりには慣れている。」
「……そうだといいんだけどな。」
出は苦笑し、そして秋文はやや不機嫌そうな顔をしていた。
千春は、嫉妬してくれてるのかなと思うと、少し嬉しくなりながらも、秋文の機嫌を治さないといけないなと思い、自分の行動を反省した。
「出も買い物?」
「あぁ、オフだったから、いろいろ買い出しに来てたんだ。」
「そうなんだー。出は今から夕飯なの?」
「あぁ。」
「じゃあ、一緒にご飯食べに行かない?ね、秋文。」
「なんで、そうなるんだよ。デート中なんだから、出は遠慮しろ。」
「………じゃあ、お言葉に甘えて。」
「おまえな…………。本当に腹黒な性格してるよ。」
秋文はガックリとした顔を見せていたけれど、きっと本心では仲の良い親友とも呼べる出と過ごせるのを嬉しく思っているのを、千春は知っていた。
千春は、秋文と出に挟まれ守られるように、夜の街をゆっくりと歩いた。
★☆★
夕飯は、千春のリクエストでお好み焼きになった。そのリクエストを聞いた秋文は、気取らない所が千春らしいなと思った。
付き合い始めは、無意識にいい彼女になろう、可愛くあろうと頑張ってしまう事もあった。
けれど、今は楽しみながら無理のない程度でおしゃれをして、自分の気持ちを自分に伝えながら、付き合えているとは秋文は感じていた。
千春は、本当に全てを信じて、素直に話してくれている。
それなのに、俺は。
それを考えてしまうと、罪悪感だけが秋文の心に残ってしまっていた。
「で、秋文は千春に話したのか?」
「………いや、まだだ。」
千春が、席をはずしたタイミングで、出は秋文に問い掛けた。
それは、秋文がずっと考え悩んでいる原因の事だった。
「俺のチームでも、少しずつ噂になってるぞ。」
「………本当かよ。」
「他でバレて、メディアの情報で千春が知るのが1番まずいと思うぞ。」
「わかってる。もしメディアにバレたら契約しないと言ってるから、そこら辺は大丈夫だ。」
ため息をつきながら悩ましい顔で秋文は小さな声で返事をする。すると、出は少し顔を険しくしながら「秋文。」と強い口調で呼んだ。
「千春を信じてやれ。あいつは強いよ。」
「…………あいつは、絶対に泣く。………あいつの泣き顔を見るのも、見れないのも、俺は嫌なんだよ。」
そういうと、少し遠くの店内を歩く千春を、秋文は少し切ない表情で微笑みながら見つめた。
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