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12話「おねだり」

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   12話「おねだり」




 3日ぶりに会う色は、今まで通りだった。
 少しよそよそしい所がお互いにあったが、それも時間が経つにつれて、普段通りに戻った。
 料亭での時間も、時々俺様な発言で翠を困らせて、それを見て笑ったり、ギリシャ語を褒めてくれたり。そんな時間を過ごしていた。
 残り時間が僅かになったころ、翠は色にある提案を持ちかけた。


 「残り約1ヶ月ですので、そろそろ会話を本格的にやりたいんです。料亭にいる間はギリシャ語のみで話すというのは、どうでしょうか?わからなければ、その時々に教えていこうと思うので……。」
 「あぁ、それで構わない。話してみないとわからないこともあるからな。」


 あと1ヶ月という自分の言葉にショックを受けながらも、自分の考えを色に伝えた。色はすぐに了承してくれて、今日も少しだけお試しでやってみることになった。
 翠は少し考えてから、色がお店の取引で話すような事を、質問することにした。
 

 『じゃあ、冷泉様のお店の事を教えてください。』
 『俺の店は国内では80店舗以上、海外に進出してる日本料理の店で、あー、、、呉服ってなんていうんだ?』
 『着物で良いと思います。』
 『着物を売ってる店を展開している。』


 実際に会話してみると、意外な所がわからなかったりするもので、翠も祖母に教わった時に実感していたので、今の色の気持ちがよくわかっていた。そのため、その時々で言葉や文法などを伝えるようにしていた。

 仕事に直接関わることなので、色もいつも以上に真剣な顔で話をしていた。
 そんな様子を見て、少しでも役に立っているのかなと思ってしまい、翠は心の中で喜んでいたのだった。

 あっという間にギリシャ語での会話の授業が終わり、いつものように仲居さんが料理を運んできてくれた。

 翠は少しだけそわそわとしてしまい、ちらりと色を見つめた。視線に気づいた色は、不思議そうにこちらを見返した。
 

 「なんだ………なんか言いたい事でもあるのか?というか、今日のその顔はどうしたんだ?」
 「え……なんか、変ですか?」


 自分の顔を撫でるよう触れながら焦って色に問い掛ける。片想いとはいえ、好きな人に変な顔を見られてしまうのは避けたい。鏡を見ようとする前に、色は指を差して教えてくれた。


 「目の下のくま。どうしたんだ、寝不足か?」
 「えーと、それは、悩み事というか考え事をしていまして……。」


 今朝、しっかりとコンシーラーで隠したのに、と思いながら翠は言い訳を彼に伝えた。しかし、上手く伝えられなかったためか、色は苦笑を見せて、申し訳なさそうに翠を見つめていた。
 その表情を見て、翠はハッとして焦って色に早口で伝えた。


 「冷泉様のせいじゃないです!……もちろん、悩んだりもしますけど、寝不足になった理由は冷泉様じゃないので、心配しないでください!」


 色は、自分のせいで翠は寝不足になったのだと考えていると、翠は焦ってしまったのだ。彼の事を考えない日はないし、あと1ヶ月でこうやって会えなくなるのか思うと、苦しくなってしまう。だが、それとは別に考えなければいけないこともあったのだ。


 「………そんなに焦るな。わかったから。」
 「……すみません。」


 色に頭をポンポンと優しく叩かれると、きゅんとして落ち着きを取り戻した。大好きな人に頭を撫でられると、どうして安心してしまうのだろうか、と翠は不思議に思う。もっと触れ合っていたいとさえ、感じてしまう。
 けれど、そう思うのは色だから、なのだと翠はわかっていた。


 「じゃあ、誰の悩みごとなんだ?もしかして、告白でもされたか?」
 「えっ……………!?」

 
 小さな悲鳴のようや声を出して驚く翠を見て、色も目を開いてビックリしていた。
 (最近、こういう事ばっかりだなぁ。すぐに顔に出ちゃうのなんとかしたいよー!)と、泣きそうになりながら、翠は心の中で自分の行動を反省してした。


 「おまえ、モテるだろ。」
 「な、何でですか!?それは冷泉様ですよ!」
 「俺は社長だから言い寄ってくる奴が多いだけだ。…おまえは、その容姿だからな。」
 「………そうですね。確かに目立つので。」


 翠は、自分の髪を触りながら、苦しげに微笑んだ。日本人にはない、金色でふわふにカールした髪に、碧眼。肌の色も外人ほどではないが、色は白い方だった。外国人に見られる容姿で、日本人の名前に、会話は日本語。
 興味をもって近づく男性は多かったかもしれない。


 「告白されて、付き合った事も何回かあるんですけど、ファッションの一部とか、ステータスとして付き合ってる人ばかりで………。女の子も、あまり友達になってくれる子がいなくて。あ、でも大学のころは楽しかったですよ!だから、男の人はちょっも苦手な部分もあるんです。」 
 「………大変だったんだな。おまえの事だから、人気者なのかと思ってた。」
 「そんなことないです!……あの、冷泉様は?」
 「ほどほどだ。」


 そっけなく返事をすると、箸を持って料理を口に入れた。きっと、聞いてほしくない事なのだろう。これで、話しはおしまいとでも言いたげな反応だったので、翠も目の前の食事をとることにした。

 社長というイメージは、女の人に大人気で、いろんな人付き合ったり、愛人がいる生活をイメージしていた。色も、言い寄ってくる女性はきっと多いだろう。けれども、あんなにも大切にしている「憧れの人」がいるのだから、遊び相手や愛人はいないだろうな、と翠は思っていた。実際、彼は忙しい人だしこうやって勉強する時間も多いけれど、女の人の影は全くなかった。
 翠にとって、それは嬉しいことでもあるが、やはり見たこともない色の想い人に強く嫉妬をしてしまうのだった。



 食事も終わり、そろそろ帰宅しようとした時。立ち上がろうとした色の着物の袖を、翠は咄嗟に引っ張った。


 「……どうした?離さないと動けないだろ。」
 「冷泉様………忘れていませんか?」


 翠は恥ずかしさのあまり、目が潤んでくるを我慢して、彼を見上げた。
 色は、すぐに何をいっているのかを理解して、翠を見返した。


 「何か言いたそうだったのはこの事か?」
 「だって、冷泉様がお忘れになっているから。」
 「………俺は断った男だぞ。」
 「冷泉様からお金を貰うつもりはないですよ?」


 翠がせがんでいる事を、色は戸惑っているようで、翠から視線を逸らしたまま止まっていた。 
 自分でもはしたないと思うし、恥ずかしい事をしているとわかっていた。でも、翠は止められないのだ。彼を少しでも近くで感じたい。 
 嫌いになられても、バカな奴だと思われてもいい。あと1ヶ月だけ、彼が与える甘い感覚を感じていたかった。


 「……憧れの人がいるから、出来ないですか?」
 「………くそっ、煽りやがって!」


 罵倒の言葉を吐き捨て、色は乱暴に翠をかき抱くと、そのまま強く口づけをした。
 少し戸惑う様子もあったが、翠が自分か唇を少し押しつけると、また激しく食らいつくように唇が奪われた。

 しばらく続けると、体が支えられなくなるぐらいに、甘い熱にやられてしまう。その痺れるような感覚に浸りながら、翠は切なさを埋めていこうとしていた。

 それが、もっと切なくなる行為だとわかっているのに止められないのだった。
 色と目が合うと、彼も苦しそうな表情をしていた。それ以上そんな顔を見ていられなくて、目をとじてまたキスを求めた。

 色に、辛い顔ばかりさせてしまう自分がとても辛くて悲しくなるのを忘れさせて欲しいと願いながら。




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