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エピローグ 「分岐と決断の先には」
しおりを挟むエピローグ 「分岐と決断の先には」
彩華は大きなため息をついた。
最近、仕事をしていない時は、落ち込んだままいつも考え事をしてしまっていた。
その原因は、葵羽と祈夜だった。
恋愛をした事もない彩華だったが、同じ時期に2人の男性から告白をされたのだ。
1人はずっと憧れていた、初めての好きな人。
もう1人は、偶然出会い、そして初めて告白してくれた人。
彩華にとって2人はとても大切な人になった。
愛する楽しさと苦しさ、愛してもらえる心地よさと不安を知った。
だからこそ、彩華はどちらかを選ぶ事が出来なかったのだ。
そして、彩華はどちらの告白も断った。
2人に自分の気持ちをしっかりと伝え、告白を断るとどちらも「答えは急がなくてもいい」と言われた。けれど、それは申し訳ない事であり、彩華は今は選べないと頭を下げた。
葵羽は「彩華さんの気持ちを優先しますが、気持ちはかわりません」と言われ、祈夜には「また会ったときに告白するから」と言われたけれど、彩華は逃げるように彼らから距離を置いた。
せっかく自分に好意を持ってくれたのに、最低な事をしているなと自覚はあった。けれど、どちらも選ぶことが出来なければ前に進めないのだ。
「怒ってくれればそれでおしまいだったけど……2人共、優しいな……」
そう思いながらも、彩華はまたため息をこぼした。
が、不意に華やかな香りが鼻から体の中を巡った。
いつもならば素通りする、帰り道の花屋。そこからとても花の甘い香りがしたのだ。
「花、か………」
彩華は帰り道を急いでいた足を止めてその店を見つめた。最近は気分も落ちていたので、家に花があると少しは前向きになれるだろうか。そんな風に思い、その花屋に足を向けた。
小さな店内には、沢山の色や形と花達がところ狭しと並んでいた。自分がどんな物が欲しいのなもわからずに、花に囲まれながら悩んでしまった。
すると、店の奥にミニブーゲがあった。それなら値段もお手頃であるし、いろんな花があり見た目も華やかになるなるのではと思い、手を伸ばした。すると、彩華の大きな鞄が何か当たってしまった。
咄嗟に振り返ると、そこには華奢な男性が立っていた。白いシャツに黒いズボンというシンプルな服装をうまく着こなしており、綺麗な顔には黒のフレームのメガネをしていた。
彩華は彼とぶつかってしまったのだとわかり、すぐに男性に向かって頭を下げた。
「すみません。ぶつかってしまって」
「いえ、大丈夫でしたか?」
「私は大丈夫です。花を取ろうとして………」
「あぁ、ブーケですね。そのミニブーケってお手軽だし可愛いですよね」
同じぐらいの歳か、少し年上だと思われる男性はとても綺麗に微笑むと、彩華が取ろうとしたミニブーケを2つ取ってくれる。
サラサラとしか髪はとても艶があり、男性なのに綺麗だと彩華はつい見入ってしまった。
「こっちのピンクベースは春の花で作っていますね。もう1つのは霞みそうとブルー系で爽やかに少し梅雨っぽいイメージかもしれません」
ミニブーケの説明をしてくれる彼は店員だったのかと、彩華は思いその男の説明を聞きながら花を選ぶことにした。
「あまり花を買わなくて……このブーケだとどれぐらいもちますか?」
「新鮮な水に交換したりと、適切な方法で見てあげれば長持ちしますよ」
そういうと、その男性はとても愛おしい物を見るように目を細めて花の話をしてくれた。きっと、彼は花が大好きなんだろうな、と彩華は思わず笑みをこぼしてしまった。
すると、それに気づいた彼はハッとした表情になり、「す、すみません……花の事になると、少し夢中になってしまって」と苦笑した。
「おうちに飾るのであれば、好きな色で選ぶのもありですよ。その方が愛着もわくかもしれません」
「そうですね。では……春っぽいお色のブーケにします。いろいろ教えてくださり、ありがとうございました。お会計、お願いしてもいいですか?」
そう言って、彩華は財布を取り出した。
すると、その男は恥ずかしそうに彩華を見た。
「実は俺、ここの店員じゃないんです………」
「え……?」
「あ、この店の常連みたいなもので。花にはそこそこ詳しい、花好きな男ってだけで……すみません。今、お店の人呼んできますね」
と、彼が店の奥に行こうとすると、奥からエプロンをした女性が小走りでやってきた。
「あ、蛍くん!来てたんだね」
「こんにちは。それと、花霞さん、お客さんですよ」
「ごめんなさい!お待たせしました。そちらのブーケですね」
そう言うと、その女性は彩花からブーケと代金を受け取り、レジへと向かった。
蛍と呼ばれた男はそんな様子をニコニコとしながら見ていた。
「あの、ありがとうございました」
「いえ。………実はあのミニブーケ、俺が作ったんです」
「え………そうなんですか?すごい……あんな綺麗なブーケが作れるなんて……」
「自分のブーケが売れるのを見るのが初めてだったので、嬉しいです。選んでくれて、ありがとう」
「………いえ」
彼の表情が花がほころぶような笑顔になり、彩華は思わずドキッと胸が高鳴り、ほんのり頬も赤くなってしまった。
「時々、僕の作品を置いてもらっているので、また遊びに来て探してみてください」
「………はい」
「あの、名前を聞いてもいいですか?」
「………はい………」
「俺は、ほたると書いて蛍(けい)。君は?」
「彩華です。彩りに華やかです」
「彩華さん……また、会えるといいですね」
そう言って、小さく手を挙げると蛍はゆっくりと店を出ていった。
彩華はその後ろ姿から目が離せなくなり、ドアが閉まるまで彼を見送った。
蛍という男性が作ったブーケは、彩華の部屋の窓際に置かれた。小さな花瓶に入れて、彼に教わったように花の手入れをした。
そして、その可憐な花を見るだけで蛍の事を思い出した。
「また、会えるかな………」
そんな期待を胸にそう呟くと心が温かくなり自然と笑顔になれた。
花と蛍によって、彩華は少しだけ心が軽くなったのを感じた。
(おしまい)
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