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祈夜ルート 7話「豹変」

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   祈夜ルート 7話「豹変」



 険しい表情で立っていた数人の女性。その内、中央に立ってた長い髪を綺麗に巻き、艶々の唇に大きい瞳、白肌で小顔という美人な女が、口を開いた。可愛らしい声だが、その口調は鋭かった。


 「月夜さん。この方とお話しをしてもよろしいですか?」
 「この子は、僕の弟の恋人だよ。何で君たちが………」
 「何故、祈夜くんの恋人のあなたが、月夜さんと2人きりで店にいるのですか?」
 「それは、私がお兄さんに話があったから」
 

 彩華は椅子から立ち上がり、やや押されぎみな口調でそう言った。彩華の話は本当だ。けれど、彼女達はその答えには納得出来ないようだった。


 「恋人のお兄さんに話って……そんな見え透いた嘘を。どうせ、本当は月夜さんが目当てで祈夜くんに近づいたんでしょ?」
 「なっ………そんな事はありませんっ!私は祈夜くんが好きで!!」
 「だったら、何故その恋人の祈夜くんはいないのですか?」
 「それは、彼女が僕や祈夜くんを心配して、話をしに来てくれたからだよ。彼女の言っている事は本当だよ」


 そう言って庇ってくれたのは、カウンターから出てきた月夜だった。彩華を見て、申し訳なさそうに眉を下げている。
 けれど、その表情さえも彼女達は受け入れる事が出来ないようで、月夜の話を聞いてもざわつくだけだった。

 どうやら、彩華は月夜と繋がりをもつために祈夜と交際をしたのではないかと思われているようだった。だが、もちろんそんな事はない。
 完全に勘違いをされている。

 彩華も必死に説明するが言い訳に聞こえてしまうようだった。


 すると、カラカランと玄関のベルが鳴った。
オープンの時間になったので、常連の客が入店してきたのだ。
 月夜は咄嗟に「いらっしゃいませ」と席に案内するけれど、彩華との話が終わっていないと退かないつもりでまだ店内で立っている。


 「それでは、何をお話していたのですか?」
 「それは………」
 「目的などなかったのですよね。月夜さんと話せればそれで良かったのでは?」
 「もうその話しは…………」
 「そうでなければ、祈夜さんと付き合うはずなんてないですよね?!」


 月夜が止めに入ってくれたのだが、彩華と対峙していた彼女の最後の言葉。
 それだけは、彩華が無視する事は出来なかった。

 勘違いをしてしまうのも仕方がないかもしれない。自分が月夜と2人きりで話しをしてしまった事が勘違いを生んだのかもしれない。それは、彼女達にも月夜、そして祈夜にも申し訳ないと思う。
 けれど、彩華は祈夜と恋人になった事を否定されるのだけは許せなかった。
 祈夜をバカにした言葉に、頭に血が上るのを感じた。


 「………何で、そうなるんですか?」
 「だって、そうじゃない。無表情で暗くて何をしているわけでもなく、ただプラプラこの店に遊びに来る。そんな男性に何の魅力があると?」
 「祈夜くんの事を何も知らないのにそんな事言わないで下さい。彼は優しくて、そしてかっこいい男性です。祈夜くんの事をそんな悪く言うのは止めてくださいっ!」


 彩華とその女性が大声で話すのを、常連客は怪訝な表情で見ていた。けれど、それに彩華は気づくはずもなかった。


 「彩華ちゃん、落ち着いてっ!みんなも……」
 「訂正して謝ってください。祈夜くんをバカにした事を謝ってください!」


 彩華が怒りのまま彼女達に詰め寄る。
 けれど、目の前の女も感情的になっており「いやよ!その前にあなたも本心を言いなさいよ」と、大声を出している。

 月夜が落ち着かせようと両者の間に入ろうと思った時だった。相手の女性の怒りが頂点に達してしまっていた。月夜の制御の手は間に合わなかった。

 女が持っていたブランドものチェーンバックを彩華に向けて投げ回したのだ。チェーンの部分を持って、鞄を彩華に向けて投げつけた。が、勢いがよすぎたのか、チェーンの持ち手の2つのうち1つが女の手から離れた。それは重さがあるため鞭のように早いスピードで彩華に顔に向けて飛びこんできた。
 彩華はもう避けられないとわかり、咄嗟に目を閉じた。それと同時にバックとバックのチェーンが思いきり顔に当たり、その衝撃から彩華は後ろに倒れた。
 驚きの後に左目の脇がジンジンと痛み、思わず手でその部分を当てしまう。痛さから声煮ならない苦痛の呼吸が漏れる。


 「あ、あなたが悪いのよ!本当の事を言わないで嘘ばかりつくから………」


 女が想像していたよりも大事になってしまったので、彼女も驚いたのだろう。声から動揺しているのは感じ取れたが、自分の行為に非があったことは認めるつもりはないようだった。


 「大丈夫!?彩華さんっ!!誰か、氷を持ってきて」


 月夜は近くにいたスタッフに素早く指示を送ると、彩華に駆け寄った。そして、彩華の顔を見つめた。痛みから涙が出て、彼の顔はぼやけて見えたけれど、その表情には悲しみと焦りが滲んでいるのがわかった。


 「腫れてるね……でも傷にはなってないみたい。目は開く?」
 「はい………」
 「とりあえず、病院に行ってみよう。近くの病院ならまだ診てくれるはずだ」
 「だ、大丈夫ですよ。そんな対した怪我ではないんですから」


 彩華はそう言って、よろよろと立ち上がろうとする。そんな彩華を見ていた客の女が、また声を上げた。


 「そうよ。そんなのただバックが当たっただけじゃない!大袈裟だわ………そんな悲劇のヒロインみたいにわざと転んで月夜さんに心配してもらうなんて、やはり卑怯な人が考える事だわ」
 「…………」
 「月夜さん、そんな人とは話さずに私たちと話をしてください」



 その女が月夜に手を伸ばした。そして、彼の肩に触れると思われたが、それは叶わなかった。


 パチンッと乾いた音が店内に響いた。


 女の手を月夜が払ったのだ。
 愛しい相手である月夜に、そんな事をされたのが予想外すぎたのか、女達は何が起こったのか理解出来ずにいるようだった。


 「いいかげんにしろよ………。弟の大切な恋人の怪我させてんじゃねーよ」
 「………月夜さん?」
 「え………月夜さん………」
 「大体、おまえらがこの店で好き勝手な事やってるから彩華さんが心配してんじゃねーか!俺が静かにしてれば、ホストクラブみたいにしやがって。ここはホストじゃねーんだよ。飯食って、少し話したらさっさと帰れよ!客はお前達だけじゃないんだからなっ!!それに俺の前の弟の事バカにしてんじゃねーよ。しばくぞっ!」
 「っっ…………月夜さん………」


 あの優しい月夜とは思えない口調。そして、視線はとても冷たく鋭いもので、横で見ている彩華でさえも怖いと思ってしまうほどだった。その視線を向けられている女の子達は、顔が真っ青になりひきつっている。

 そして、月夜は彩華から離れて立ち上がる。
 すると、月夜が彼女達を見下ろすようになり、ますます迫力が増してしまう。


 「今後、態度を変えなかったらおまえ達を出入り禁止にするからな……覚えとけっ!」
 「な、な、な………本当はそんな人だったのね。そんな野蛮な人の店なんて、こっちからお断りだわ」
 「野蛮はどっちだか………はぁー…………。では、おかえりですね。ありがとうございました」


 最後の言葉を言う頃には、いつもの優しい微笑みの彼に戻っていた。けれど、瞳の奥は、先ほどの鋭さを隠しきれてはいなかった。


 「ふんっ!!」


 そう言って彩華にバックを投げつけた女はカツカツとヒールを鳴らし、綺麗な髪を揺らしながら店を出ていく。すると、その周りに居た女達と、そいつの間にか来ていたホスト時代の客達も彼女の後を追うように一斉に店から出ていったのだった。


 あっという間に静かになった店内。

 彩華はポカンと月夜を見つめると、月夜は「あー………やっちゃったー」と、鼻の頭をかいてい。


 けれど、その表情はすっきりとしたものに変わっていたのだった。





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