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葵羽ルート 4話「大人の余裕」
しおりを挟む葵羽ルート 4話「大人の余裕」
「キスしちゃった………」
彩華は帰宅してからというものの、指で唇に触れては、先ほどのキスを思い出してドキドキしていた。
始めてのキスは、とても優しいものだった。
そして、相手が自分が初めて好きになった人。とても幸せな事だなと、彩華は思っていた。
あんなにもかっこよくて優しい紳士的な人が自分の恋人になるなど考えてもいなかったのだ。
好きになった人は高嶺の花。憧れとして見ていなかったのかもしれない。それに、自分には恋人が出来るのだと、思えなかったのかもしれない。
それが、今ではキスまでする関係になってしまった。
葵羽の事を考えるだけでドキドキして幸せになれる。そんな相手が恋人になってくれた事に彩華は感謝していた。
「近所の方から沢山野菜をいただいたのですが、彩華さん貰っていただけませんか?」
その日は休みの日だったので、葵羽と1日デートをしていた。映画館に行き、2人で話題のミステリー映画を見た後、美味しいピザ屋があると教えてもらえ連れてきてもらっていたのだ。映画の話で盛り上がった後に、葵羽がそう話をしてきたのだ。
「野菜ですか!独り暮らしで助かりますが………葵羽さんは、食べないのですか?」
「えーっと……実は料理が苦手なんです。なので、ご飯を炊いて、味噌汁を作るぐらいしか出来ないんですよ。おいしく食べてもらった方が嬉しいので………」
「そうなんですか?………じゃあ、私が作りましょうか?」
「え………いいんですか?」
葵羽はとても驚いた顔をした後、少しだけ困った顔をしたのを彩華は気づいてしまった。彼ならば喜んでくれると思っていただけに、彩華は不思議に思い、そして少しショックだった。
何か家に行ってはいけない理由があるのだろうか。それがわからなかった。
けれど、それも一瞬の事で、またすぐに笑顔になってくれた。
けれど、何故かクスリと笑って、彩華の耳元に顔を近づけてきたのだ。彩華は、ドキッとして彼から離れてしまいそうになるけれど、葵羽はそれを許してくれなかった。肩を優しく掴まれてしまったのだ。
「………それは、私の家に来てくれるって事ですか?」
「え………」
「それとも、彩華さんの家に誘われているのでしょうか?」
「えぇっと……それは……」
最近わかった事だが、葵羽はこうやって彩華に意地悪を言ってくる事がある。彩華の反応を見て楽しんでいるようだ。彼にこんな一面があるとは意外だったけれど、本来の葵羽らしさを出してくれるようになったのは嬉しいことだった。
けれど、恥ずかしいことばかり言わせようとするので、彩華は困ってしまっていた。
そして、彼は続けて耳元で囁いた。
「彩華さんの据え膳ならとても嬉しいんですが………?」
「………え…………それは、その…………」
それはどっちの意味なのか?と、彩華は顔を真っ赤にして何と答えていいかと、口をパクパクさせるのを見て、葵羽はクスクスと微笑んだ。
「すみません………いじわるしすぎました」
そう言うと葵羽は彩華から離れた。
それでも彩華の鼓動は早くなっている。
「……冗談ですので、彩華さんの家にお邪魔してもいいですか?ご飯を食べるだけでもちろん帰りますので」
「………はい。もちろんです」
その後は、どんな料理を食べたいのかを聞いてたり、いつにするかの予定をたてているうちに、彩華は少しずつ落ち着きを取り戻していった。
大人の余裕には敵わないなと、彩華は感じてしまった。
せっかくの新鮮な野菜なので、早めに食べた方がいいという事になり、数日後の彩華が平日休みの日に葵羽を招待する事に決まった。
野菜はその日のうちにいただき、彩華はメニューを決めたり、部屋の掃除をしたりと、デートの日まで忙しく過ごしていた。
デート当日の休日は、下ごしらいをしながら葵羽の事を考えていた。
まだ付き合い始めて短い期間だったけれど、彼はとても女性慣れしているなと思った。
彩華自身、男性と付き合ったこともないし、知り合いもほとんどいないため、葵羽が女性慣れをしている方なのか、というのも明確にはわからない。
けれど、デートのエスコートもとてもスマートであるし、葵羽の言葉、行動、そして視線などにドキドキしてしまう事が多かった。そして、どんな時も落ち着いていて、話をする時も穏やかだ。けれど、キスをしたり抱きしめてくれる時は大胆になったり、甘い言葉を囁いてくれる。
女性ならば、うっとりとしてしまうだろう。
もちろん、彩華も葵羽のする事一つ一つに目を奪われてしまうのだ。
「やっぱり、美人さんと付き合ったりもしたんだろうな………」
そんなどうしようもない言葉をこぼしながら、彩華はため息をついた。
葵羽の性格も完璧であれば、容姿はモデル並みだ。デートで並んで歩けば、皆が葵羽を見るのがわかる。不思議な色のサラサラとした髪に、切れ長の妖艶な瞳、白い肌は女性が嫉妬してしまうほど綺麗であるし、細身の体からは少し大人の色気を感じさせる。
そんな葵羽が、誰とも付き合った事もないアラサーの女を選ぶなんて、と今でも少し信じられない。けれど、彼の言葉はそんな彩華の心を安心させてくれるほど、甘くて優しいものだ。
愛されているのを感じられて、不安になるのは贅沢なのかもしれない。けれど、恋愛とはそういうものなのだとも、彩華は少しずつわかってきた。
そして、キスをしてくれたり自分を求めてくれるような言葉を言われるのは、本当は嬉しかった。自分の好きな人に、キスしたい、抱きしめたい……それ以上の事も、と望まれるのは、とても恥ずかしいけれど幸せだった。
初めてのキスを経験したばかりなのに、彼のキスを味わってしまったら、次はいつしてくれるのかな、なんて言葉では言えないけれど、期待しまうものだ。
女の子からキスを望むのは、少しはしたないのだろうか。
けれど、彩華の本心はそういう気持ちになることもあるのだ。
嫉妬をしたり、彼を求めたり。
そんな風に心の中では考えていると葵羽が知ったら、どう思うのだろうか。
そんな心配をしてはため息をついた。
考え事をしている時間はあっという間だ。
時計を見ると、あと1時間ぐらいで約束の時刻になってしまう。
「今から作れば丁度いいかな」
いくら考えても答えは出ないのだ。
彩華はそんなマイナスな思考はダメだと思い直し、葵羽に手料理を少しでも喜んでもらえるように、準備を始めたのだった。
葵羽は時間通りにアパートに訪れた。
「お招きありがとう。………私が行きたいとお願いしたんだけどね」と微笑み、手土産のケーキを買って来てくれた。
彩華の部屋に入ると、「女の子らしいお部屋だね」と、言って褒めてくれた。
「葵羽さんは座っててください。あの………もう料理出しても大丈夫ですか?お腹空いてます?」
「もちろん、楽しみにしすぎてお昼は少なめにしてたんだよ」
「そんな………何か緊張してきました」
彩華はそう言いながらキッチンに戻ると、はははと楽しそうに葵羽は笑っていた。
今日のメニューは、ロールキャベツと、スープ、マカロニサラダや春雨と野菜の酢の物などの野菜尽くしのメニューとなった。せっかく葵羽から野菜を貰ったのだ。それらを使ったものを食べてほしかった。それに、葵羽は料理をしないと聞いていたので、栄養不足も心配だった。今度は魚料理にしようかな、とまで考えてしまっていた。
「わぁー!すごいですね!とってもおいしそうです」
テーブルに並べられた料理を見て、葵羽は声を挙げて喜んでくれた。
そして、「いただきます」と手を合わせて綺麗に挨拶をすると、葵羽は沢山の料理を食べてくれた。
「好き嫌いはないけど、子どもらしいものが好きです」と言っていたのは本当のようで、何でも箸で取り、美味しそうに食べてくれた。その表情を見ているだけで、彩華はホッと安心出来た。
「とってもおいしいです」
「よかった………」
「彩華さんも沢山食べてくださいね。と、私が言うのは変ですけど………」
「ありがとうございます」
彩華も料理を食べ始めると、葵羽は優しく微笑みながらジッとこちらを見つめていた。彩華は、視線に気がつき、どうしたのだろうか?と葵羽を見つめると、何故か口を小さく開いている。
「え…………?葵羽さん?」
「ここには2人以外に誰もいないので、アーンが出来るかと」
「なっ…………」
「ダメですか?」
「……ダメではないですが。葵羽さんは時々すごいことを言いますよね………」
「んー……そうでしょうか?」
イタズっ子の少年のようにクスクスと笑い、口を明けて待つ葵羽に、サラだにあるミニトマトを恐る恐る差し出すと、それを口先で上手に取り、「おいしいですね」と笑う彼を見て、やはりこの人には敵わないな、と改めて思ってしまうのだった。
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