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1話「淡い恋との出会い」

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   1話「淡い恋との出会い」



 それは今から1年ぐらい前の秋の日。
 空が高くなり、風が冷たくなってきた頃だった。地面には少しずつ落ち葉の絨毯がひかれ始め、子どものようにカサカサッと落ち葉を踏む音を楽しみながら、天羽彩華(あもうさいか)は散歩をしていた。

 職場の近くの神社があり、彩華は仕事の帰りに神社の敷地内を歩いていたのだ。小さな神社だが、大きな木に囲まれたその場所は、とても神秘的だった。駅の近くにある住宅地の中にポツンとあるとは思えないほど、静かな雰囲気だった。

 仕事帰りに通る事はあっても、中には入ったことがなかった。

 夕日で赤く染まる神社の中を、彩華は景色を楽しみながらゆっくりと歩いていた。


 「わぁー!沢山落ちてる!これぐらい大きいと子ども達も塗りやすいかな?」


 彩華は目的のものを見つけて、思わず歓声を上げながら、落ち葉の上にちょこんと落ちている物を拾った。


 「松ぼっくり。うん、いい感じ」

 彩華は思わずしゃがみこみながら近くに落ちてる松ぼっくりを何個か拾う。すると、すぐに両手いっぱいになった。


 「こんなに立派で綺麗な松ぼっくりがあるなんて。みんな喜ぶだろうなー」


 彩華は自分のクラスの子ども達の笑顔を思い出して、微笑んだ。

 彩華は保育士としてこの神社の近くの保育園で働いていた。今年は3歳児クラスを1人担任で見ていた。活発で元気な子どもたちだったが、少しずつ自然に興味を持ってきており、散歩に行くのを楽しみにしていた。
 そんな子ども達と松ぼっくりを使って製作をしようと考えたのだ。
 そのため、20個近い松ぼっくりを探していた。子ども達が塗りやすいように少し大きめの物を探していたので、この神社の松ぼっくりは彩華の理想通りだったのだ。



 「誰かいないかな………勝手持って帰ったら失礼だよね」


 周りをキョロキョロと見るけれど、近くには誰もいなかった。どうしようかなと考えながらも、手の中の松ぼっくりを見つめて、どんな風に製作をしようか考えてしまう。


 「まつぼっくりがーあったとさー♪」


 彩華は考え事をしがながら、無意識に子ども達と一緒に歌っている手遊びを口ずさんでいた。絵の具を使ってうまく濡れるだろうか。何を着けたら可愛いかな。そんな事を考えていた。

 すると、彩華の後ろでカサッカサッと落ち葉を踏んで歩く音が聞こえてきた。
 彩華は、ハッとして声を止めてゆっくりと後ろを振り返った。

 すると、そこには白衣に青い袴を来た男性が立っていた。生まれつきなのか、薄い茶色の髪は光が当たると銀色に見え、とても神秘的な雰囲気だった。少し垂れ目な瞳からは、とても穏やかな雰囲気が伝わってくる。


 「松ぼっくり、好きなんですか?」


 柔らかい声だった。
 優しいその声に聞き惚れてしまい、彩華はその男性をぽーっと見つめてしまった。
 返事がないので、その男性は困った表情を浮かべていた。彩華は自分が呆然としてしまっていた事に気づき、立ち上がって「すみません」と頭を下げた。


 「わ、私、保育士をしていて、今度松ぼっくりを使った製作をしようと思っていて………それで松ぼっくりを探していたら、この神社を見つけたんです」
 「あぁ………なるほど。保育園の先生でしたか。だから、歌がお上手なんですね」
 「………えっ…………」

 
 先程口ずさんでいた手遊びの歌を、目の前の男性に聞かれてしまったのだ。しかも、こんなかっこいい人に聞かれてしまったのが恥ずかしすぎて、彩華は頬や耳を赤くしてしまう。


 「松ぼっくり、どれぐらい必要なんですか?」
 「え、あの20個ぐらいです………あの、ここの松ぼっくりっていただいてもよろしいんですか?」
 「えぇ、もちろん。私たちは使わないので使ってあげてくださいね」
 「わぁ………助かります!ありがとうございます。子ども達も喜びます」


 彩華が思わず声を上げて喜ぶと、その男性はニッコリと笑った。その微笑みはとても綺麗だなと思った。
 彼の綺麗は顔が神秘的な雰囲気にしているのか、それとも服装のせいなのか。きっと、どちらもだろうと彩華は感じていた。


 「どちらの保育園にお勤めですか?」
 「すぐ近くの坂を登ったところにある保育園です」
 「あぁ……よく散歩をしていますよね。もしよかったら、子ども達とここに松ぼっくりを取りに来てはいかがですか?」
 「え………お邪魔してもいいんですか?」
 「えぇ。きっと子ども達の声を聞いた方が喜んでくださると思います」


 その男性は本殿を振り返りながらそう言ってくれた。神様も喜んでくれるという事なのだろう。彩華は、彼の優しさに微笑みながらお礼を伝えた。


 「ありがとうございます。ぜひ、お邪魔します」


 彩華はお礼を言って頭を下げる。
 すると、その男はクスクスと笑っていた。


 「松ぼっくりでこんなに喜んでもらえるなんて。じゃあ、お礼にさっきの歌、教えてくれませんか?」
 「えぇ………それは、恥ずかしいです」
 「上手だったのに……残念です」


 こんな綺麗な人が楽しそうに笑っているのを近くで見るなど今まで経験がなかった彩華は、胸が高鳴るのがわかった。

 天気が良かったら明日か明後日の午前中にお邪魔すると伝え、彩華は神社を後にした。





 街中を歩きながら彩華は先程の彼の事を思い出した。とても綺麗で柔和な雰囲気を持っているけれど、話してみると楽しい人だなと思った。自分より年上だろうと思われる彼はとても紳士的で素敵だな、と思い出してもドキドキしてしまう。


 今まで仕事に熱中していたし、学生の頃も女友達と遊ぶことで満足してしまい、恋愛に夢中になった事などなかった。好きな人もいた事もなければ、好きな芸能人やアーティストなどもいなかった。告白された事もなく、きっと自分には恋愛は合わないんだろうと思って少し諦めていた。

 それなりに身なりは整えているし、ダイエットだってしている。好きな服を着て買い物をするのだって好きだ。
 恋愛小説や漫画、映画をみて、ドキドキしたり感動して泣いたこともあるし、素敵な人と過ごしてみたいなと夢見たこともあった。

 けれど、誰かを好きになる事など1度もなかったのだ。
 「好き」という気持ちはどんな感じなんだろうか。

 お菓子が好き、本が好き、子ども達が好き。
 
 それと何が違うのだろうか?
 そんな事を、友人に言ったら「全然違うよ」と呆れられてしまった。


 神社にいた神主らしき男性を見て、かっこいいと思ったし、話していてドキドキもした。けれど、これが「好き」なのかと思えば、どこか違うような気もしていた。
 
 でも、また会いたいなと思ってしまい、次に子ども達と散歩に行くのが楽しみでもあった。


 これが恋の始まりになるのだろうか?
 そんな事を想像し、少しだけ微笑んでしまう。



 そんな時、ショーウィンドーに写る自分の姿を見てハッとする。
 子どもたちも走り回り、慌ただしい1日を過ごしていたので、髪はボサボサでメイクもすっかり落ちていて。そして、今日早番だったため早起きをしており、疲れた顔をしていた。

 周りを見れはメイクをばっちりとして綺麗な服を着て、ヒールをカツカツと鳴らして歩くOLさんや、明るい色の髪をしっかりセットして、自分の好きな服を楽しんでいる学生さん達に目がいく。
 とてもイキイキとしていて、綺麗で可愛い女の子ばかりだった。


 それに比べて自分はどうだろうか。彩華は自分の格好を見つめる。
 汚れてもいい服を着て、子ども達につかないように薄めのお化粧をして、ラメや口紅はつけないよう心がけたり、髪の毛は結び、ヘアピンは危ないからとつけない。
 お洒落をする場所ではない。そう思いながらも、街中を歩くと少し切ない気持ちになってしまう。
 そんな事は思った事などほとんどなかったのに。やはりあの男性が気になってしまうのだろうか。


 「………明日は少しだけメイク頑張ろうかな」


 彩華はそんな風に思いながら、自宅を目指した。


 彩華と神社の彼との出会い。
 その日から、彩華の淡い恋がスタートしたのだった。



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