2 / 46
1話「淡い恋との出会い」
しおりを挟む1話「淡い恋との出会い」
それは今から1年ぐらい前の秋の日。
空が高くなり、風が冷たくなってきた頃だった。地面には少しずつ落ち葉の絨毯がひかれ始め、子どものようにカサカサッと落ち葉を踏む音を楽しみながら、天羽彩華(あもうさいか)は散歩をしていた。
職場の近くの神社があり、彩華は仕事の帰りに神社の敷地内を歩いていたのだ。小さな神社だが、大きな木に囲まれたその場所は、とても神秘的だった。駅の近くにある住宅地の中にポツンとあるとは思えないほど、静かな雰囲気だった。
仕事帰りに通る事はあっても、中には入ったことがなかった。
夕日で赤く染まる神社の中を、彩華は景色を楽しみながらゆっくりと歩いていた。
「わぁー!沢山落ちてる!これぐらい大きいと子ども達も塗りやすいかな?」
彩華は目的のものを見つけて、思わず歓声を上げながら、落ち葉の上にちょこんと落ちている物を拾った。
「松ぼっくり。うん、いい感じ」
彩華は思わずしゃがみこみながら近くに落ちてる松ぼっくりを何個か拾う。すると、すぐに両手いっぱいになった。
「こんなに立派で綺麗な松ぼっくりがあるなんて。みんな喜ぶだろうなー」
彩華は自分のクラスの子ども達の笑顔を思い出して、微笑んだ。
彩華は保育士としてこの神社の近くの保育園で働いていた。今年は3歳児クラスを1人担任で見ていた。活発で元気な子どもたちだったが、少しずつ自然に興味を持ってきており、散歩に行くのを楽しみにしていた。
そんな子ども達と松ぼっくりを使って製作をしようと考えたのだ。
そのため、20個近い松ぼっくりを探していた。子ども達が塗りやすいように少し大きめの物を探していたので、この神社の松ぼっくりは彩華の理想通りだったのだ。
「誰かいないかな………勝手持って帰ったら失礼だよね」
周りをキョロキョロと見るけれど、近くには誰もいなかった。どうしようかなと考えながらも、手の中の松ぼっくりを見つめて、どんな風に製作をしようか考えてしまう。
「まつぼっくりがーあったとさー♪」
彩華は考え事をしがながら、無意識に子ども達と一緒に歌っている手遊びを口ずさんでいた。絵の具を使ってうまく濡れるだろうか。何を着けたら可愛いかな。そんな事を考えていた。
すると、彩華の後ろでカサッカサッと落ち葉を踏んで歩く音が聞こえてきた。
彩華は、ハッとして声を止めてゆっくりと後ろを振り返った。
すると、そこには白衣に青い袴を来た男性が立っていた。生まれつきなのか、薄い茶色の髪は光が当たると銀色に見え、とても神秘的な雰囲気だった。少し垂れ目な瞳からは、とても穏やかな雰囲気が伝わってくる。
「松ぼっくり、好きなんですか?」
柔らかい声だった。
優しいその声に聞き惚れてしまい、彩華はその男性をぽーっと見つめてしまった。
返事がないので、その男性は困った表情を浮かべていた。彩華は自分が呆然としてしまっていた事に気づき、立ち上がって「すみません」と頭を下げた。
「わ、私、保育士をしていて、今度松ぼっくりを使った製作をしようと思っていて………それで松ぼっくりを探していたら、この神社を見つけたんです」
「あぁ………なるほど。保育園の先生でしたか。だから、歌がお上手なんですね」
「………えっ…………」
先程口ずさんでいた手遊びの歌を、目の前の男性に聞かれてしまったのだ。しかも、こんなかっこいい人に聞かれてしまったのが恥ずかしすぎて、彩華は頬や耳を赤くしてしまう。
「松ぼっくり、どれぐらい必要なんですか?」
「え、あの20個ぐらいです………あの、ここの松ぼっくりっていただいてもよろしいんですか?」
「えぇ、もちろん。私たちは使わないので使ってあげてくださいね」
「わぁ………助かります!ありがとうございます。子ども達も喜びます」
彩華が思わず声を上げて喜ぶと、その男性はニッコリと笑った。その微笑みはとても綺麗だなと思った。
彼の綺麗は顔が神秘的な雰囲気にしているのか、それとも服装のせいなのか。きっと、どちらもだろうと彩華は感じていた。
「どちらの保育園にお勤めですか?」
「すぐ近くの坂を登ったところにある保育園です」
「あぁ……よく散歩をしていますよね。もしよかったら、子ども達とここに松ぼっくりを取りに来てはいかがですか?」
「え………お邪魔してもいいんですか?」
「えぇ。きっと子ども達の声を聞いた方が喜んでくださると思います」
その男性は本殿を振り返りながらそう言ってくれた。神様も喜んでくれるという事なのだろう。彩華は、彼の優しさに微笑みながらお礼を伝えた。
「ありがとうございます。ぜひ、お邪魔します」
彩華はお礼を言って頭を下げる。
すると、その男はクスクスと笑っていた。
「松ぼっくりでこんなに喜んでもらえるなんて。じゃあ、お礼にさっきの歌、教えてくれませんか?」
「えぇ………それは、恥ずかしいです」
「上手だったのに……残念です」
こんな綺麗な人が楽しそうに笑っているのを近くで見るなど今まで経験がなかった彩華は、胸が高鳴るのがわかった。
天気が良かったら明日か明後日の午前中にお邪魔すると伝え、彩華は神社を後にした。
街中を歩きながら彩華は先程の彼の事を思い出した。とても綺麗で柔和な雰囲気を持っているけれど、話してみると楽しい人だなと思った。自分より年上だろうと思われる彼はとても紳士的で素敵だな、と思い出してもドキドキしてしまう。
今まで仕事に熱中していたし、学生の頃も女友達と遊ぶことで満足してしまい、恋愛に夢中になった事などなかった。好きな人もいた事もなければ、好きな芸能人やアーティストなどもいなかった。告白された事もなく、きっと自分には恋愛は合わないんだろうと思って少し諦めていた。
それなりに身なりは整えているし、ダイエットだってしている。好きな服を着て買い物をするのだって好きだ。
恋愛小説や漫画、映画をみて、ドキドキしたり感動して泣いたこともあるし、素敵な人と過ごしてみたいなと夢見たこともあった。
けれど、誰かを好きになる事など1度もなかったのだ。
「好き」という気持ちはどんな感じなんだろうか。
お菓子が好き、本が好き、子ども達が好き。
それと何が違うのだろうか?
そんな事を、友人に言ったら「全然違うよ」と呆れられてしまった。
神社にいた神主らしき男性を見て、かっこいいと思ったし、話していてドキドキもした。けれど、これが「好き」なのかと思えば、どこか違うような気もしていた。
でも、また会いたいなと思ってしまい、次に子ども達と散歩に行くのが楽しみでもあった。
これが恋の始まりになるのだろうか?
そんな事を想像し、少しだけ微笑んでしまう。
そんな時、ショーウィンドーに写る自分の姿を見てハッとする。
子どもたちも走り回り、慌ただしい1日を過ごしていたので、髪はボサボサでメイクもすっかり落ちていて。そして、今日早番だったため早起きをしており、疲れた顔をしていた。
周りを見れはメイクをばっちりとして綺麗な服を着て、ヒールをカツカツと鳴らして歩くOLさんや、明るい色の髪をしっかりセットして、自分の好きな服を楽しんでいる学生さん達に目がいく。
とてもイキイキとしていて、綺麗で可愛い女の子ばかりだった。
それに比べて自分はどうだろうか。彩華は自分の格好を見つめる。
汚れてもいい服を着て、子ども達につかないように薄めのお化粧をして、ラメや口紅はつけないよう心がけたり、髪の毛は結び、ヘアピンは危ないからとつけない。
お洒落をする場所ではない。そう思いながらも、街中を歩くと少し切ない気持ちになってしまう。
そんな事は思った事などほとんどなかったのに。やはりあの男性が気になってしまうのだろうか。
「………明日は少しだけメイク頑張ろうかな」
彩華はそんな風に思いながら、自宅を目指した。
彩華と神社の彼との出会い。
その日から、彩華の淡い恋がスタートしたのだった。
0
お気に入りに追加
76
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
My Doctor
west forest
恋愛
#病気#医者#喘息#心臓病#高校生
病気系ですので、苦手な方は引き返してください。
初めて書くので読みにくい部分、誤字脱字等あると思いますが、ささやかな目で見ていただけると嬉しいです!
主人公:篠崎 奈々 (しのざき なな)
妹:篠崎 夏愛(しのざき なつめ)
医者:斎藤 拓海 (さいとう たくみ)
婚約者様にお子様ができてから、私は……
希猫 ゆうみ
恋愛
アスガルド王国の姫君のダンス教師である私には婚約者がいる。
王室騎士団に所属する伯爵令息ヴィクターだ。しかしある日、突然、ヴィクターは子持ちになった。
神官と女奴隷の間に生まれた〝罪の子〟である私が姫君の教師に抜擢されたのは奇跡であり、貴族に求婚されたのはあり得ない程の幸運だった。
だから、我儘は言えない……
結婚し、養母となることを受け入れるべき……
自分にそう言い聞かせた時、代わりに怒ってくれる人がいた。
姫君の語学教師である伯爵令嬢スカーレイだった。
「勝手です。この子の、女としての幸せはどうなるのです?」
〝罪の子〟の象徴である深紅の瞳。
〝罪の子〟を片時も忘れさせない〝ルビー〟という名前。
冷遇される私をスカーレイは〝スノウ〟と呼び、いつも庇護してくれた。
私は子持ちの婚約者と結婚し、ダンス教師スノウの人生を生きる。
スカーレイの傍で生きていく人生ならば〝スノウ〟は幸せだった。
併し、これが恐ろしい復讐劇の始まりだった。
そしてアスガルド王国を勝利へと導いた国軍から若き中尉ジェイドが送り込まれる。
ジェイドが〝スノウ〟と出会ったその時、全ての歯車が狂い始め───……
(※R15の残酷描写を含む回には話数の後に「※」を付けます。タグにも適用しました。苦手な方は自衛の程よろしくお願いいたします)
(※『王女様、それは酷すぎませんか?』関連作ですが、時系列と国が異なる為それぞれ単品としてお読み頂けます)
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜
七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。
ある日突然、兄がそう言った。
魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。
しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。
そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。
ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。
前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。
これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。
※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です
隠れ御曹司の愛に絡めとられて
海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた――
彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。
古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。
仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!?
チャラい男はお断り!
けれども彼の作る料理はどれも絶品で……
超大手商社 秘書課勤務
野村 亜矢(のむら あや)
29歳
特技:迷子
×
飲食店勤務(ホスト?)
名も知らぬ男
24歳
特技:家事?
「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて
もう逃げられない――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる