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25話「ほそく笑む唇」

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   25話「ほそく笑む唇」




 穏やかな時間というのはあっという間だった。


 「魔女官から連絡が来たから行ってくるな」
 「………うん。希海が呼ばれるなんて何だろうね。私も一緒に行こうか?」
 「大丈夫さ。話があるだけだろう。外の方が危険なのだから、空澄は家に居た方がいい。勉強もしたいだろ?」
 「………ありがとう。希海、気を付けてね」
 「あぁ………いってくる」


 そう言って、希海は空澄に軽いキスをした後にニッコリと笑って家を出た。
 彼が用事があり、家で一人で居ることなど多くある。いつもと変わらないはずなのに、空澄は妙な胸騒ぎを感じ、希海が出掛けてしまう事が心配で仕方がなかった。それでも、魔女官に呼ばれたとなると断れるはずもない。
 空澄は、希海が無事に帰ってくるのを待つしかなかった。

 璃真の荷物から見つかった、空澄に遺した手紙。その事について、空澄はまだ彼に何も聞けていなかった。
 聞きたいことは沢山ある。それなのに、彼に聞けない。
 ………今の空澄と希海との生活や2人の関係が変わってしまいそうだと思うと前に進めなかった。
 大切な人が出来ると、強くもなるけれど、守りたいと弱くもなるのだろうか。そんな事を思いながらも、毎日のように璃真の言葉の意味を考えていた。 






 空澄は希海を見送った後に、掃除などの家事をした後に地下の秘密部屋に行こうと思っていた時だった。


 ガチャンッ…………ガシャンッ


 1階の和室の部屋から何かが割れる音が続けて起こったのだ。
 希海が家を出た後に、空澄は家の結界を自分で施していた。しかし、魔力が強いだけでまだ上手く仕上がっていなかったのだろうか。
 だから、誰かの侵入を許してしまった。

 空澄は頭の中で悔しがりながらも、すぐに和室へと向かった。中には誰かいるのは確実だ。
空澄は相手にすぐに攻撃できるよう手を差し出したまま部屋のドアを開けた。

 すると、そこに和室に立っていたのは、驚くべき人だった。


 「璃真………?」


 死んだと思っていた人が目の前にいる。
 空澄はそれが現実なのか夢なのかわからなかった。


 「空澄、ただいま」

 
 微笑む表情、声、そして、しぐさ。それはまさしく璃真そのものだった。
 空澄は驚きの表情のまま、璃真を見つめた。そして、気づくと彼の方へと近づいていっていた。よろよろと1歩ずつ彼に近づく。
 話したいことがある。
 伝えたい気持ちがある。
 突然目の前から消えてしまった大切な幼馴染みの璃真に、もう1度会えたら。そう考えたことなど何回もあった。


 瞳に涙が浮かびそうになる。
 けれど、それをグッと我慢して璃真まであと数歩の所まで来た時だった。

 彼から魔力を感じたのだ。
 それもとても膨大で、禍々しい魔力。
 そして、彼の瞳も赤く光っているのに、その時やっと気づくことが出来たのだ。


 「………っっ!!」
 「おっと………危ないな、空澄は。突然魔法を使うなんて危ないじゃないか」


 空澄は咄嗟に風魔法を発動し、璃真らしき男に向かって放った。
 が、その前にその男は割れたガラスの窓から外に出てしまっていた。

 空澄は咄嗟に追いかけるが、璃真の姿をした男は庭に立ったままどこにも行こうとはせずに、空澄を見つめていた。


 「あなたは璃真じゃない。………璃真はそんな妖しい瞳も魔力も持ってないもの」


 空澄は恐怖を感じていたが、相手にその気持ちがバレないように強気の言葉を発した。
 けれど、体は小刻みに震えていた。手を強く握り「大丈夫大丈夫」と言い聞かせていたが、少し前の記憶が空澄に恐怖を与えていたのだ。

 目の前の璃真の瞳の赤。
 それは、空澄を襲った相手。小学生の少年と全く同じ色だったのだ。怪しく光る瞳。そして、ニヤリとした口元も似ている。

 空澄はキッと璃真を睨み付ける。
 いや、璃真の姿をしている相手を。

 すると、相手はまた「ハハハッ」と甲高い声を上げて笑った。が、その後、すぐに変化が訪れた。
 目の前にいたはずの璃真の体が一瞬にして骸骨の姿になり、そして崩れてガタガタと地面に落ちたのだ。
 そこにあるのは、白骨。

 ハッとして、和室の部屋の仏壇を見る。そこには割られた骨壺が落ちていたのだ。
 

 「この姿で会うのは初めてだな」
 「…………あなたは誰?」


 璃真の白骨の隣に立っていたのは、赤みがかった短い髪、そして真っ赤な瞳の男だった。少し若く見える容姿だが、ニヤニヤと笑う姿は何とも不気味だった。服装は今時の若い人と変わらない、ジーパンにTシャツだったが、至る所にシルバーのアクセサリーがジャラジャラと飾られていた。


 「緑川リアム。おまえの伴侶となる相手だ」


 突然の宣言に、空澄は驚き、ただリアムの事を唖然と口を広げて見つめるしかできなかった。










   ★★★



 「今日はご足労ありがとうございました。黒鍵さん」


 空澄がリアムに襲われている頃。
 希海は、また小檜山の目の前に座っていた。だが、前の部屋とは違った。
 窓には牢屋のように鉄の棒が並んでおり、真ん中に古びたテーブルと椅子が置いてあるだけの薄暗い場所だった。
 そこは、取調室だった。


 「何で俺がこんな所に呼ばれないといけないんだよ」
 「緑川リアムを襲撃したのはあなたですね?」


 小檜山の言葉は唐突だった。
 が、希海にはその名前を知らなかったので、素直に返事を返した。


 「は?誰だよ、そいつ……」
 「あなたが使い魔だった頃、花里さんの幼馴染みである新堂さんの白骨遺体が公園で見つかった日の夜。あそこでは、魔王同士が戦闘をしていたという情報があります。それが、緑川リアム。そして………その相手が黒鍵さん。あなただと情報が上がっています。リアムは真っ黒な鴉と戦って、倒された………と」
 「あぁ……あいつか。確かにあいつとは戦ったが、それには理由があって………」


 希海はため息をつきながら、その経緯を伝えようとした。
 が、小檜山はいつものように冷たい声で、希海の言葉を遮った。
 そして、視線も凍るように鋭かった。


 「理由があったら人を殺してもいいのですか?」
 「は?殺すって……あいつは死んでなんかいないだろ、俺は……」
 「黒鍵希海さん。あなたを殺人罪で逮捕致します。」
 「…………なっ!!」


 告げられた罪状に、希海は思わず立ち上がり大きな声を出した。
 が、そんなものでは事態は好転しないようだ。

 小檜山の表情はいつものように無表情だったが、希海には楽しそうにほそく笑んでいるように見えた。


 

 

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