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18話「魔法の薬」

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   18話「魔法の薬」



 魔女の力を使ってしまった。
 けれど、あのままでは自分がまた怪我を負っていたかもしれない。あれは仕方がない。

 けれど、男の子は怪我をしたかもしれない。あんな力を使うよう必要はなかったのではないか。
 だが、あの男の子も魔王だったかもしれない。

 けれど、自分より小さな存在にあんな強い力は必要だった?




 そんな事を心の中で考えながら、空澄は自分の掌を見つめた。あれはまさしく自分がやった事なのだ。カタカタと手が震えた。
 自分がやった事に恐怖を覚えた。まだ呪文を唱えていなかったのに、なぜ魔法は発動されたのか。風の力だけは、沼で溺れそうになった時なら勝手に使えてしまっていたのだ。

 空澄は涙を拭きながら、残りの帰路を急いだのだった。


 やっとの事で家の前に到着した。
 こんな事になるならば、電車に乗ればよかったなとため息をついた。

 希海は帰ってきているだろうか。
 こんな姿を見たらきっと驚くだろう。帰ってきていない事を祈りながらドアを開ける。


 「ただいま………」


 いつもよりも小さな声。
 いつもならば誰がいる部屋に帰れる事が幸せだったはずなのに、今は1人で考えたかった。


 「空澄っっ!!」


 すると、物音を聞き付けて希海がリビングから飛びだ来たのだ。そして、空澄の元へと駆け寄るとそのまま空澄を抱きしめた。
 希海の突然の行動に驚いた。けれど、すぐに彼の温かさと匂いを感じ、安心感に包まれる。目の奥にじんわりと涙が溜まり始めた。


 「空澄の魔力が使われるのを感じたんだ。それにあのおまもりも反応したのをわかった。すぐに駆けつけようと思ったんだ………けど、何故な空澄の魔力を感じられなくなって………本当に心配したんだ………」
 「………希海………私、わたしは………」


 震える声が空澄の口から出てしまう。けれど、彼に助けを求めたい。そう思いつつも、上手く話せずに口をパクパクと開ける。けれど、上手く言葉に出来ないのだ。そんな空澄を見て、希海は「大丈夫……大丈夫だから」と、頭を撫でながら、優しく体に触れてくれる。
 空澄は、声を堪えながら泣いた。
 あぁ、希海の前だとどうしてこうも泣き虫になってしまうのだろうか。どうして、隠せないのだろう。

 そんな事を思いつつも、先ほどの事が頭をよぎり続け、しばらくの間彼の胸の中で泣いたのだった。




 「ごめんなさい………どうして、希海が一緒だとこんなに恥ずかしくもなく泣いちゃうんだろう……恥ずかしいけど、我慢出来ないと言うか……」
 「………我慢しなくていいさ」


 そう言って笑った後、希海は空澄の上から下まで確認した。


 「詳しく話しを聞きたいところだが、その前に手当てが必要だな」


 そう言って、空澄の左の腕にある傷口を見つめて顔を歪めた。


 「血は出たけど、そこまでの傷じゃないよ?」
 「これは鋭い刃で斬られた跡だろ?痛いはずだし、それに傷から悪いものが入ると厄介だからな。しっかり治療しよう」


 心配症だなと思いつつも、自分の体を大切にしてもらえるのは、やはり嬉しいものだった。
 この傷よりも言葉の傷の方が大きいのが本音だったけれど、彼にまかせて治療してもらう事にした。
 リビングにある救急箱を取りに行くのかと思ったが、希海が空澄を連れていったのは、秘密の地下室だった。そこの希海専用の皮製のソファに空澄を座らせ、彼は棚やテーブルの引き出しをガサガサと漁り始めたのだ。しばらくして、「これだこれだ」と、何か液体が入った小瓶とガーゼを持ってきた。


 「それは?」
 「俺が作った傷薬。薬草で作ってあるから安心しろ。ただし、かなりしみる」
 「えー………嫌だなぁ」
 「嘘だ。ほら、腕だして」
 「………もう。よろしくお願いします」


 ブラウスの袖を捲って傷口を露にすると、血は出ていなかったが、ぱっくりと裂けてしまっていた。ヒリヒリと肌が痛んでいたが、傷口を見るとさらに痛くなるように感じられるから不思議だ。

 希海は丁寧に傷口を水を含んだらガーゼで拭き、彼が作ったと言う薬を塗ってくれた。希海が言う通り、薬を塗っても痛みはなかった。だが、スーっとする爽やかで、野原にいるような香りがした。それは、空澄にとってとても思い出深いものだった。


 「何だか懐かしい香り………これ、よくお母さんが塗ってくれた……今、思い出したよ」
 「あぁ……これは尚美さんから教えてもらったものだからな。とてもよく効くんだ。きっと明日には痛みもなくなって、1週間後には傷も消えてるだろう。朝晩に塗ってくれ」
 「くれるの?」
 「あぁ。使ってくれ」


 希海から受け取った少し緑がかった液体が入っている小瓶を受け取る。それはお母さんから希海、そして自分の元へとやってきた。空澄はこの薬を作ってみたいなと思った。上手くいくかはわからない。けれど、誰かの傷を癒せるのなら……そう思ったけれど、先ほどの少年が自分の魔法で体を吹き飛ばされた映像が頭をよぎる。
 自分は怪我をさせたのに、本当に誰かを守ることが出来るのか。それがとても不安だった。

 空澄の顔色が変わったのを感じ取っていたのか、希海はその後は何も言わずに、空澄の腕に包帯を巻いて、治療を終わらせた。道具を片付けた希海はまた空澄の隣に座った。


 「じゃあ、話してくれるか?今日あった事を教えて欲しい」


 希海は優しくそう問いかけてくれた。
 けれど、空澄は口にするのも怖くなり、ただ俯いてしまう。そして、やっと言葉が出たと思うと、自分が不安になっている事ばかりだった。


 「私、本当に魔女になれる?魔女になって迷惑かけないかな。力で誰かを傷つけない?………魔女は怖い存在なのかな………」


 空澄は必死に希海にそう訴えた。自分の力が怖いと。自分でも情けない顔をしていたと思う。魔女になると決めたばかりなのに、こうやってすぐに悩んでしまう。それも彼に申し訳なかった。けれど、あの小学生の姿を思い出すと、体が震えてしまうのだ。


 「間違った事をしないために、勉強して魔法を練習するんだ。それは、どんな仕事でも同じじゃないか?」
 「………」
 「人より力を持っているから疎まれ、嫌われる事もある。けれど、それでも空澄の両親は誇り高く、そして自信をもって魔女や魔王をやっていた。確かに空澄に魔女のしがらみから解放してやりたいと思っていたかもしれない。それぐらい苦労をする事も多いだろう。だけど、俺は空澄は立派な魔女になれると思ってた。空澄は魔女になるべきだって思ってたよ」


 希海はとても得意気にそう言うと、ニッコリと空澄に笑いかけた。
 だが、どうして彼がそんな自信をもって空澄に魔女を勧めのかがわからず、空澄は困ってしまう。

 「………どうして?どうして、そこまで希海はすすめるの?」
 「まぁ理由はいろいろある。空澄は生まれたときから魔力は高かったのもあるし、頭もよかった。けれど、1番の理由は泣き虫だから」
 「え?」
 「自分の事でも泣くけれど、他人の事でも泣ける。そして、大切な人を失う寂しさを誰よりも知ってるだろう。だから、人を助ける仕事、魔女の仕事にピッタリだと思ったんだ。確かに、俺たち魔女や魔王を嫌うものも多いし、偏見もまだある。………だけど、俺は何があってもおまえの味方だ。それは昔からずっと変わることはないよ」
 「希海…………」


 彼のまっすぐな気持ちがこもった言葉が、空澄の胸の中にすうっと入り込んだ。それだけで、下を向いていた心が少しずつ前を向いていく。


 「それに璃真の謎も解明したいんだろ?それを、諦めるのか?」
 「………諦めたくない、あきらめるなんてしたくないよ」
 「そしたら、迷ってる暇なんてないはずだろうう………?さぁ、何があったか話してくれるか?」


 無理強いする事もなく、強い言葉で怒る事もなく。優しい口調で促してくれる。
 希海が居てくれるなら大丈夫。一人にはならない。傍に居てくれる人がいる。

 心強い希海の言葉と優しい微笑みが、空澄の心から不安を少しずつ取り除いてくれるのだった。

 そして、彼の存在が空澄の中でどんどん大きくなっていくのを感じていた。




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