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10話「魔女としての決意」
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☆☆☆
トントントンッ。と、懐かしい音がする。
懐かしいと言っても、少し前のはずなのに、とても遠い昔に感じてしまうのだ。
そして、いい匂いも漂ってくる。
あぁ、もう朝なのか。
長い長い夢を見ていただけだ。
そろそろスマホのアラームが鳴り、起きたくないけどゆっくりと体を起こして顔を洗い、出勤の準備をする。そして、1階に下りると「おはよう」と、璃真が笑顔で挨拶をしてくれるのだ。そう思うと、空澄はとても空腹なのを感じ、ゆっくりと目を開けた。
すると、そこはいつも目覚める自分の部屋の天井ではなかった。
大きな部屋で、薄いカーテンが閉まっている。そこからは明るい太陽の光りが見えた。
今、空澄が寝ていたのはリビングのソファ。そこから、寝る前の事を思い出し、夢ではなかったのだと理解した。
「………璃真…………」
名前を呼ぶと、彼だと言われた遺体安置室でみた白骨を思い出してしまい、顔をしかめた。
彼があんな姿になってしまったなんて、今でも信じられない。けれど、今でも彼は帰ってこないのだ。
いや、もしかしたらばもう帰ってきているかもしれない。先程から香ってくる出汁のいい香りは、璃真が何かを作ってくれてるのかもしれない。
空澄はソファから起き上がり、リビングの方を向いた。
「あ………」
「お、何だ起きたのか。もう体の調子はどうだ」
「う、うん………大丈夫」
キッチンに立って料理をしていたのは、璃真ではなかった。真っ黒の髪の背が高い男。希海だった。きっと力が抜けた顔をしていたのだろう。希海は苦笑した。
「悪いな、あいつじゃなくて」
「………ごめんなさい。私、まだ信じられなくて…………」
「それはそうだろう。居るのが当然だと思ってて、突然いなくなってしまえば慣れるのに時間がかかるさ」
彼は怒ることもなく、優しくそう言うと「飯食べるか?」と、出来上がったばかりの料理を並べ始めた。空澄はお腹が空いていたので「いただく……」と返事をすると、ニッコリと笑ってくれた。
テーブルに並んでいたのは、昔ながらの和食だった。ご飯、味噌汁、鮭の塩焼きにきんぴらごぼう、ほうれん草のおひたし。少し意外な献立だった。
「ねぇ、希海?」
「ん、何だ?」
「何で鴉から人間に戻ったばかりなのに、こんなに料理が出来るの?それに普通に歩けてるし話も出来るし……すぐに人間の生活に馴染めるものなの?」
「あぁ……空澄には話してなかったか。夜の数時間だけ人間に戻れたんだよ。だから夜は人間として生活してた」
「そうなの?知らなかった」
「まぁ、空澄は寝てる時間だし魔女の家族の事を秘密にしてたからな」
「そうだったんだ………」
食事をしながら、そんな話をしていた。
自分の知らない魔女、そして、家族の話。
自分より彼の方が詳しいのではないかと切なくなるけれど、それは両親が危険な目に合わせないようにしてくれたためだというのも、空澄は理解していた。
「夜は何をしていたの?」
「まぁ、寝てることも多かったけど、尚美さんの店を引き継いでるからそっちに行ったりしていたよ」
「お母さんのお店……」
「両親の店と言った方がいいな。………行ってみたいか?」
「うん………」
両親がどんな事をしていたのか。それを知りたいと思うのは普通の事だろう。それに、空澄は両親がとても大好きだった。
お互いに愛し合い、「お父さんみたいな男性を探すのよ」と言う母と、「お母さんの次に美人だよ」と言う父。そんな2人に愛されて育ったのだ。そんな憧れでもある2人がどんな仕事をしていたのか。そして、どんなお客さんと共に生きてきたのか、知りたかった。
すぐに返事をすると、希海は少し驚いた顔をしたけれど、すぐに笑顔になった。
「………魔女になるか決めたのか?」
「………それは………」
「魔女になれば生活は一変する。魔女になる勉強もあるし、仕事も辞めなきゃいけなくなる。そして、何より空澄は狙われる」
「狙われるって、どういう事なの?」
「純血の魔女や魔王の魔力はとても大きい。その魔力を欲する魔女は多いんだ。特に作り者の魔女はな」
「作り者?」
知らない言葉が多くなり、混乱してくると希海は嫌な顔を見せずに丁寧に説明をしてくれる。
「要するに、生まれながら魔力をもっているのが天然の魔女。本物と言われる者達だ。そして、本などで勉強し知識を学び、花や草などを調合して魔力を使うのが作り者の魔女。作り者の魔女自身には魔力がないから、薬を売ったとしてもあたり効果がない。だから、魔力を欲するんだ。………そして、純血は、魔女同士が結婚し続けた魔女だけが血縁の一族。世界でも稀な存在だ」
「それが私なの?」
「そうだ。だからこそ、魔力はかなり強力だ。そのため、魔女として名声がが欲しい者から狙われる。普通ならば、子どもの頃から両親に魔女としての心得や自分を守る魔法を教えて貰い、空澄ぐらいの年になれば一人前魔女として対抗出来る。だが、お前は魔女として覚醒したばかり……そうなれば、容易にお前を拐い魔力を与えてくれる人形として一生飼われるだろうな」
「…………そんな…………」
自分の置かれるであろう立場を知って、空澄はブルッと体を震わせた。
自分がそんな立場にあるのも知らずに知らない間にいろいろな人に守られて生きてきた。
もしかして、彼も………?
「ねぇ、璃真も私が魔女の子どもだって知ってたのかな?」
「まぁ………あいつは鋭い奴だから、知ってただろ」
「…………そっか」
璃真は、空澄が魔女の子どもだと知っていたのだろうか。
けれど、彼はそれを知っても全く変わらずに子どもの時のまま接してくれた。彼は自分が何者になっても、何をしても一緒にいてくれたんたんじゃないかと、空澄は思った。
「璃真が白骨になって見つかったの、知ってるでしょ?」
「あぁ」
「それって、やっぱり魔女とか魔王が関係してるって希海も思う?」
「それは、そうだな……。」
「…………なら、私、魔女になる」
「空澄………」
「璃真が私のせいで何かに巻き込まれたなら、それを知りたい。知らなきゃいけないと思うんだ」
知らないの知ろうともしなかったからなのかもしれない。
等の本人は気づかないで生きてきたのに、隣にいた璃真は気づいていた。
知らないところで、守ってくれていた。それは両親、祖母、璃真、そして希海。
両親が望む、幸せな生活を進むのがいいのかもしれない。それを望んでいてくれたのだから、それが幸せなのだろう。
けれど、もう空澄は知ってしまった。
一人のうのうと生きてきてしまった事を。そして、助けられていた事を。
両親が魔女として生きてきたのなら、2人の力を必要としている人がいるという事だ。それならば、その代わりにならなきゃいけない。
璃真が犠牲になったのならば、真実を知らなきゃいけない。
ずっと見守ってきてくれた希海のために、生きなければいけない。
悲しみに暮れてばかりではダメだ。怖がっていても力は身に付かない。
魔女になって、全てを知り自分は自分で守っていこう。
そんな風に思えるようになったのだ。
「だから、希海。もう少しだけ力を貸して欲しいの。あなたには、助けてもらってばかりだけど………」
大それた事を言いながらも結局は人に頼らなければ生きていけないのが恥ずかしく、空澄は苦笑しながら希海にお願いをする。
すると、彼は箸を置き、空澄の頭に腕を伸ばし、ポンポンッと頭を撫でてくれた。
「当たり前だろ。寂しがり屋のおまえを一人きりには出来ないからな」
「……………ありがとう」
希海が居てくれるから、魔女になろうと決められた。
それはわかっていた。
彼が一緒に居てくれるならば、何でも出来るのではないか。そう思えるのが不思議だった。
けれど、両親は希海に自分を託したのだ。
彼を信頼していたのだろう。
これからどんな世界が待っているのか、わからない。
けれど、魔女として生きると決めた空澄は瞳は真っ直ぐに前を向いていた。
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