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4話「言葉なき対面」
しおりを挟む4話「言葉なき対面」
そこからの記憶は曖昧だった。
どんな話をしたのか、上司に何を報告したのか、そして、どうやって会社を出て、どこに向かっているのか。
空澄にはわからなかった。
けれど、空澄はタクシーに乗って遺体安置所まで向かっていた。気づいたらタクシーに乗っていたのだ。
空澄はハッとし、スマホで璃真に電話をしてみるが、その電話が繋がる事はなかった。
震える体を抱きしめながら、頭を整理しようと大きく呼吸を整えた。
小檜山という警官が教えてくれたのは、「璃真だと思われる遺体」だと言う。まだ確定はしていないようだ。
それだけが空澄には救いだった。彼じゃないかもしれない。璃真のはずかあるはずもないではないか。そう思いつつも、不安で仕方がなかった。
「お願い………璃真。無事でいて………」
空澄は手を組んで、目をギュッと瞑って強く強く璃真の無事を願った。
指定されて場所について、警備をしていた男性に名前を伝えると、1人の若い男性が空澄の前にやってきた。少し長めの銀髪を後ろで1つにまとめているおり、顔は中性的な美人だった。切れ長の目とシュッとした顎は、どこかのモデルのようだった。しかし、彼の服を見た瞬間に、空澄は驚いた。普通の警察官が着ているものではなかった。
真っ黒な帽子に、ベルトが着いた黒いジャケット、中には白シャツと黒ネクタイ。黒ズボンに黒いブーツ。まるでドイツの軍服のような服装。それを着用しているのは特殊な人達だとこの国に住む人ならばしらない人はいないだろう。
「魔女官………なんで………」
空澄は思わず声を漏らしてしまう。
すると、その男性は一礼した後に、微かに笑みを浮かべながら空澄を見た。それは、安心させるというよりも、見下したような冷たい表情だった。
「先程電話した小檜山です。こちらまで来ていただき感謝致します」
そうやって、小檜山はまた小さく頭を下げた。短い髪のせいか、纏められなかった髪が揺れて彼の顔を隠す。この度に艶のある銀髪がキラキラと輝いていた。
「今回の事件が魔女が関わっているものだと考え捜査しているため、私たち魔女対策部が対応しています」
「じゃあ、璃真は魔女に何かをされたって事ですか?」
「………それは後ほどお伝えします。それでは、こちらへどうぞ」
空澄を案内するように彼はゆっくりと前を歩き始めた。それを拒否する事など出来ず、空澄はその後をゆっくりと歩いた。
昼間だというのに窓のない廊下は薄暗かった。男性だというのに、ヒールのあるブーツを履いているためか、カツカツという音が廊下に響いている。
「この部屋です。………生前とは全く違うお姿になっております。見てもわからないと思いますが。彼の遺品のみ確認されますか?」
「そ、そんな…………」
「いかがされますか?」
「待ってください!璃真かもしれないんですよね?璃真じゃないかもしれないっておっしゃってましたよね?」
どうしていいのかわからなくなってしまったからな、不安からか、咄嗟にそんな事を口にすると、小檜山はチラリと目だけで空澄に視線を寄越した。その瞳は青白く、視線も鋭く空澄は体がビクッと反応してしまった。
「だから、あなたに確認してもらうのです。怖いのならば証拠品だけ見てもらえればいいです」
ピシャリと冷たく言い放たれて、空澄は悲しい気持ちになってしまう。唯一の家族が死んでしまったかもしれないのだ。それで動揺してしまうのは仕方がないではないか。そう思いつつも、自分がしっかりしなければと考えた。ここで璃真ではないと別ればいいのだ。
空澄は歯を食い縛り、思いきり両手を握りしめて、目の前の銀髪の男を見つめ直した。
「遺体を見せてください。私、確認したいです」
「………わかりました」
小檜山は少し驚いた表情を見せた後に、目を細めて空澄を見た。それは笑ったようにも見えたが、すぐに前を向いてしまったので、彼の表情を確かめることは出来なかった。
「それではこちらになります」
彼が案内したのは安置所と書かれた部屋だった。ドラマのように簡易的な別途が置かれ、その上には白い布がひかれていた。
そけれど、それを見てすぐに空澄は違和感を覚えた。人一人の体があるはずなのに、厚みを感じられないのだ。
「それでは………ご確認を」
「…………」
そう言った後、小檜山はゆっくりと白い布を捲った。空澄は目を瞑ってしまいそうになるのを堪えて、ジッとそのベットから視線を動かさなかった。
「…………え…………」
そこにあったのは、死んでしまった人間の熱のない体が横たわっているはずだった、顔を見て璃真ではないかを確認するはずだった。
けれど、そんな事など出来なかった。
ベットにあったのは、白いモノ。
骸骨と無数の骨格。
白い骨が置かれていたのだ。
「………こちら鶴ノ谷の公園にある大きな沼………ひょんたん沼と呼ばれている場所に置かれていたのを、本日の明朝に散歩していた方が発見し通報しました。その周辺には、被害者と思われるバックが落ちており、その中に財布を発見。そこから、身元が確認されました」
近くにあったテーブルの上から、黒いバックを持ち上げ、小檜山はそこから財布を取り出した。
バックも確かに璃真のものに似ている。そして、財布は昨日空澄がプレゼントと全く同じものだった。
「………この白骨が璃真だというのですか?」
「職場に連絡した所、今日は無断欠勤をしているそうです。そんな事1度もした事がないと心配していたそうです。それに、ご自宅にもいきましたが、誰もいらっしゃいませんでした。………ですので」
「それだけでは、この白骨の遺体が璃真じゃないかなんてわからないじゃないですか?!昨日の夜まで一緒だったんです。だから、白骨化になるなんておかしいですよね?だから、これは璃真ではないですよね!?」
目の前の白骨を見て気が動転しているのだろうか。空澄は必死にその白骨が璃真ではない理由を探した。見た目ではわからないのだ。
昨日生きていた人が近くの公園で白骨化しているなんて、おかしな話のはずだ。
小檜山に詰め寄り、早口で彼にそう言う。けれど、小檜山は首を横に振った。
「私の話には続きがあります。財布に入っていた歯科の診察券を見つけて歯形をかりました。すると、この遺体と新堂璃真さんの歯形が一致しました。」
「そ、そんな…………」
「ですが、この白骨には不可解な店も多いそうです。10年前、彼は大事故に遭って首の骨を折る大怪我をしたはずなのに、救急車が来た時には無傷。けれど、この骨にはその事故の痕がはっきりあるそうです。………これは10年前の骨だという事です」
「何言ってるのですか?………昨日まで私は璃真と一緒に居ました。これが、璃真の10年前の骨ならば私は今まで誰と一緒に………」
小檜山の話はよくわからない事ばかりだ。
璃真は死んでしまったという真実だけでも頭がパンクしそうで、今にも座り込んで泣いてしまい。それなのに、小檜山は不可解な事ばなりを話す。
「璃真ではない」という言葉だけが聞きたいのに。
「だから、私たちが来ているのです」
「え?」
「これは、魔女絡みの事件だと私たちは考えています」
「………そんな事はどうでもいいんです!私は、私は………璃真が無事だと知りたいんです。」
「……………そのご遺体は、新堂璃真さんのもので間違いないと、私たちは考えております」
その熱のない言葉が耳に入った瞬間。空澄の瞳から涙が一粒流れた。
その涙はもう止まる事なく、次々に流れてきた。空澄は、ベットに手を伸ばし床に座り込みながら、しばらくの間大きな声で泣き続けた。
そんな空澄に声を掛けてくれる人も、触れてくれる人も、今はもういなかった。
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