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四章「わたしの神様」
二十七、
しおりを挟む二十七、
「簡単ナ事ダ。女ノ代ワリニオマエノ魂ヲ喰ワセロ」
「俺の………?」
「神ハ食ベタコトガナイ。キット旨イイダロウナ、ト思ッテイタ。オマエハ女ヲ助ケタイ。俺ハ女ヲ諦メル。イイ条件ダト思ワナイカ」
神が人間を食べるとどうなるのかはわからない。ただ神の腹を満たすだけかもしれない。けれど、神を喰えばきっとその神が持っていた力さえもその神の力になるはずだ。
そして、魂ごと食べられた神の方は存在がなくなり、そして神社を参拝していた人間もその神を忘れ、廃神社となるのだ。
優月が必死に守ってくれていた、この魂。そして、神社。それらをこの蛇神のせいでなくなってしまう。それは、とても心苦しい。
けれど、優月を守れるならば。自分の存在など、どうとでもなればいい。それに、優月が矢鏡を思って泣く事もなくなるのだ。
矢鏡の魂の消滅により、矢鏡神社の事を忘れてしまうのだから。そして、左京の事も。
そうなれば、優月は死んで神となってしまった左京を忘れ、人間として生きられるだろうか。
蛇神の呪いもなく、苦しまずに長い人生を過ごせるのではないか。
矢鏡自身も存在も消えてしまえば、人間の頃の思い出も、彼女への愛しい気持ちさえも、全てなくなってしまうのだから。
「………あぁ。いい条件だ」
「ソウ言ウイウト思ッタヨ」
蛇神はねっとりとした笑みを含んだ声で矢鏡の返事に満足したようだった。
自分はとんでもない契約をしてしまったのかもしれない。そう思ってももう後にはひけないのだ。
紅月は自分には沢山の力があると言ってくれた。けれど、目の前に居る煙の蛇神の化身、呪いはとても異質な力を放っていた。恨みや妬みの集合体とでもいうのだろうか。それほど、蛇神は矢鏡に殺された事を怨んでいるのだろう。
その力は、矢鏡の力では到底およばないものだと、肌で感じられた。
「だめ、ですっ……」
「紅月……」
あまりの痛みに気を失っていたと思っていた紅月が目を開けて、こちらを向いていた。懇願するように、目を大きく開けて体を動かすのでさえも苦しいはずなのに、必死に腕を上げようとしている。
こんな話を彼女に聞かせてしまっては、止めるに決まっているとわかっていた。
けれど、こんな機会を逃すわけにはいかないのだ。こうでもしないと彼女を助けられはしないのだから。
「悪い……。おまえが必死に守ってきてくれた矢鏡神社を結局亡くしてしまう」
「違います。……私は左京様に会いたかったから、ずっと見守っていてほしかったから……」
「それは俺も同じだよ。おまえには、生きてほしいのだ。……だから、次は俺の番だ」
「……やめてください。そんな事、絶対にしないで………左京様……」
「ごめん………」
弱い自分だからどちらか片方しか救えない。
自分を犠牲にして存在をする神など、神様と呼べるはずもない。愛しい人を助けられない神様にはなりたくない。
「愛してる。人間だったころも、そして今までもこれらも。おまえだけが好きだ」
「左京様………。お願いします……やめてくださいっ!そんなこと……」
最後にギュッと彼女を自分の体全体で感じられるよう抱きしめる。
そして、離れる直前に触れるだけの口づけを落とした。最後の夫婦の口づけ。
この時代ではキスともいうのだったな。
愛しい者へ、愛情を伝える時の行為。
愛してる。好きです。何よりも大切です。
ずっと一緒にいたいです。
それらは、全て左京の願いであった。
最後の口づけだとわかったのか。紅月は大粒の涙を流しながら泣き続けていた。体を動かすことが困難な自分では止められない。そして、矢鏡がこの契約を止めようとはしていなことを察知したのだろう。弱々しく体を横に振りながら、矢鏡が離れるのを拒み続け、何度も名前を呼んでいた。
そんな彼女の声を無視をするのは苦しすぎた。けれど、彼女の体を壁に体を預けて座らせた後、ゆっくりと黒煙の蛇神の方と向き合った。
「話ハ終ワッタカ?人間ゴッコ、イヤ神様ノ真似事ハ楽シカッタカ」
「あぁ。楽しかった。十分すぎるほど、この世を堪能出来たのだからな」
「………オマエト出会ワナケレバ、コノ女ハ苦シイ過去ヲ忘レテ、幸セニ生キレタノダ。普通ノ人間トシテナ」
「………そうだな」
そんなことはわかっている。
自分が神になり、彼女の人生は普通の人間のものではなくなってしまっていた事を。
だからこそ、今からそれを正すのだ。
「では、いいな」
「あぁ……」
矢鏡が返事をすると目の前の煙の大蛇の輪郭がボヤけ始め、ゆっくりと分解するとそれが消えていった。けれど、それと同時に地面を這う音と胸がざわつく気配が周囲を包んだ。
ずるずるずる………。
空気を震わせながら、空間が歪んだ場所からあの頃に見た姿と変わらない、恐怖を感じさせる巨大な蛇。真っ白な鱗は前より艶があり、鋭さが増しているようにみえる。だが、昔と違い大きく変わっている部分もある。
それは傷ついた左目であった。右目は血のように深紅に爛々と輝いていたが、左目は傷つき、潰れていた。
それは、大昔に矢鏡が傷つけこの巨大な蛇を殺したためだと一目でわかる。
息を飲んだのに気づいたのか、大蛇の神は長い舌を出してニヤリと笑った。
「オマエガ痛メテクレタ、コノ傷。ズット痛ムノダヨ。鏡ト言ウノハ傷ヲツケタ場所ヲ修復サセテクナイヨウデナ。……人間ハ姑息ナマネヲシテクレルモノダ」
「人間を食べようとした、おまえが悪い」
「人間ガ勝手ニ捧ゲタモノヲ喰ッテ何ガ悪イ?コノ世デ生キテ腹ガ減ッタラ食ベル。ソノ弱肉強食ノ世界ヲ勝手ニ変エヨウトシテ、人間ヲ食ベルモノハ悪トシタノハ人間ノ考エデアル。私ハ悪クナイ」
「だったら、俺がおまえを傷つけたのも悪くないはずだ」
「フンッ。私ニ食ベラレルト言ウノニヨク吠エルナ。ソンナ悪態モ、コレデオシマイダ」
「………これは私が守りたいものを守る方法なのだ。オマエに食べられるのにではない。助けるのだ」
「……バカナ人間ノ神ダナ。本当ニ助カルト思ッテイルノカ?」
「な……に?」
ヒヒヒッと笑いながら、意味ありげな言葉を残す。
矢鏡が問いかける前に、蛇神は長い体の先で、紅月の体に触れる。そこには心臓がある場所だ。そこに白い鱗が触れると、彼女の心臓から真っ黒な大蛇が飛び出してくる。もちろん生きているものではない。呪いに使われた蛇なのだろう。巨大な蛇神を見ると、一目散んに家から飛び出していった。
「コレデ女ノ呪イハナクナッタ」
矢鏡はすぐに紅月の様子を確認する。
呪いは確かに彼女の体から無くなっているのはわかる。けれど、紅月の容態は変わらず辛そうなままで、荒い呼吸を繰り返し、顔色は青白く、朦朧とした様子でこちらを見ている。
呪いがなくなったとは到底考えられない状態だ。
「彼女の様子がおかしいままだ!どういうことだ?」
「当タリ前ダロウ?呪イデ体ガ痛ンデイルノダ。今、呪イガナクナッタ所デコノ女ガ死ヌコトニ変ワリハナイノダカラナ」」
「なんだ、とっ!………貴様、俺を騙したなっ!?」
「騙シテナドイナイ。呪イハシッカリト消シタ。アノ女ハ死ヌガ、今度コソ記憶ヲ無クシ、呪イトハ関係ノナイ普通ノ人間トシテ生マレ変ワルノダロウ」
「だが………」
反論をしようと思ったが、矢鏡はその次の言葉は出てこなかった。
ここで紅月が命を落とすのは悲しすぎるし、彼女が可哀そうで今すぐにでも救ってやりたいと思う。けれど、昔の記憶はなくなったとしても紅月として生きた記憶は残る。そうなると、矢鏡の記憶も残っているはずだ。そうなれば生きていても、また何か悪い神と契約を結ぶのではないか。それこそ、目の前の蛇神と。
それに、矢鏡が消滅したのを自分のせいだと思って、苦しむのではないか。そんな心配もある。
ならば、次の人生で自分を忘れて自由に生きて行った方がいいのではないか。
そう思ってしまったのだ。
「納得シタヨウダナ」
「もういい。早く終わらせてくれ」
だが、もう考えるのは止めた。
彼女の未来を救える事は確実なのだから。
そうなったら、早く終わらせなくてはいけない。
自分の決心が揺らがないうちに、彼女と一緒に生きたかったと情けなく泣いてしまう前に。
「さ、左京様……」
「……紅月」
「デハ、マズ神トシテモウ一度死ネ」
「幸せになってくれ」
最後に視界に入れるのは、彼女がいい。
咄嗟にそう思った矢鏡は彼女の方を振り向き笑顔を向けた。
大丈夫。直前まで彼女を抱きしめていたから、今でも沈丁花の香りがする。彼女に包まれているようだ。
両手を重ねて、彼女とお揃いの指輪に触れる。こうすれば、一人ではない。彼女が居てくれる。そう思えるから不思議だ。
紅月の顔が恐怖で歪む。最後に笑っていて欲しかった。けれど、それは無理だったな。
いつも、おまえを泣かせてばかりだな。
けれど、自分は幸せだ。
人間だった頃も、神様だった頃も。死ぬときは、愛しい彼女にみとって貰えるのだから。
気づくと、矢鏡は紅月の部屋の真ん中に倒れていた。
蛇神が体に喰らいついたようで、体にはいたるところに穴があいている。死んでいるから血など出ない。けれど、その穴からドクドクと力が流れ落ちていくのがわかった。
「さ、左京様。………お願いだから、いなくならないで………」
立つことが出来ない紅月が這って矢鏡の近くに来たのだろう。
すぐ傍から彼女の声が聞こえた。
まだ体を痛めつけられただけなのだろう。魂は残っている。けれど、もう体は動かす事などできない。
「あ、紅、つ……」
「こ、ここにいます、左京様……」
「人間。ソンナ器ナド、スグニ消滅スル。今、私ガ魂ヲ食ベテシマウノダカラナ」
「や、やめて……」
「人間ダッタコノ男ニ私ハ殺サレカレタノダゾ!神トシテ崇メラレテイタ、コノ私ガ。ソノ恨ミヲハラスマデ、ズット待ッテイタ。コノ人間ノ好キナ女ヲ何回モ喰ライ、オ前ハ消滅スル。復讐ヲヤット達成スルノダッッ!!」
絶叫にも似た蛇神の恨みがこもった声。
矢鏡の存在を消す事だけを考えてきたのだろう。自分を消滅させたいのならば、そのまま喰いにくればいいものを、紅月に契約をもちかけて、彼女を苦しめ何度も殺した挙句に、その彼女の前で矢鏡を喰おうとしている。
矢鏡こそ呪ってやりたいほど憎んでいるが、これで呪いをすればまたこの蛇神が生まれ変わった彼女に何か危害を加える恐れがある。それだけは避けなければならない。
そこまで考えたが、突然意識が薄れ、もう何も考えられなくなった。きっと魂が体から抜けかけているのだろう。
薄目を開けてみると、大きく口を開けて今か今かと待っている蛇神が見える。真っ赤な舌と口の中。それを見ても怖いという感覚もない。あぁ、食べられるな。そう思ってその瞬間を受け入れるだけだった。
「………神の決まりも知らない神が、神様を名乗るとは笑いが止まらぬな」
「っ………!!な、なんだ。邪魔をする奴はっ!!」
「神同士の喧嘩ってのはよくあるが、魂を食べるとは何とおぞましい」
聞き覚えのあるゆったりとした貫禄のある声。
つい最近、耳にしたものだ。
誰だ?矢鏡は朦朧としながらも考えてみたいが、どうも頭が働かない。
「オマエハ、龍神ッ!」
龍神?
あぁ。矢鏡が呪いの事で相談した神だ。
「随分面白い事になっているね。本当に人間の神を見ていると、いろいろ事件があって退屈にならない」
「りゅ、………じん?」
「あぁ。可哀そうに怪我をしているね。けれど、契約を結んでしまったのならば、私は助けられない。けれど、少しおまえはやりすぎだね、蛇」
声に明るさがあったのは途中までで、最後はとても冷たく怒気が含まれたものだった。視線を向けられた蛇神が怯んでいる。龍神は全国から参拝者が多く訪れる人気の神社の神様だ。1つの小さな村の人間達だけが参拝者である蛇神とは全くもって規模が違うのだ。そうなれば、持っている力も龍神の方が格段に強い。
それを龍神を見ただけで蛇神も理解したのだろう。先ほどの勢いはなく、言葉も発せなくなっている。
「人間を食べる事も許されないが、神の魂を喰おうなんてよく考えたね。同じ神として、その行いは黙ってみているわけにはいかない」
「ニ、人間ガ勝手ニ俺ニ人ヲ捧ゲ物トシタンダ。ダカラ………」
「けれど、自分から人間と契約を結び、人間を喰い最後には魂まで食うと約束したそうじゃないか?それは本当なのか?」
「ソ、ソレハ……」
「その様子だと、本当のようだね。だが、それしてはいけない行いだ。禁忌を犯した神を黙って見過ごすわけにはいかない」
「ナ、何故ダ!?勝手ニ神ニシタ挙句、人間ヲ捧ゲタノハ、人間デハナイカ!」
「だからと言って、願いを叶える力もなく神として生きて甘い汁を啜っていきたのだろう。それは、もう終わりだ」
そう言い終わると、龍神は手の平を胸の前に持っていく。すると、そこに水が現れ透明な水の球に変わる。その水球を蛇神に向かって投げる。すると、その水球はどんどん大きくなり、蛇神はその巨大な水球にすっぽりと入ってしまった。
「ナ、何ヲスルッ!離セ!」
「水牢だよ。暴れても君ぐらいの力では到底壊す事は出来ないだろう。蛇なんだ、少しぐらい水の中にいてもしななだろう?処分は神々の会議で決めるよ」
「何故ダ!神ノ私ガ何故コンナ扱イヲサレルノダ!」
「それは、あとでゆっくり話してあげる。だから、今は、黙れ」
「ッッ」
笑顔のまま低い声でそう命令する。すると、あまりの恐ろしさと迫力から、蛇神はもう言葉を発することは出来なくなった。自分より力がある神を怒らせるとどうなるのか。その声と龍神から発せられる力の雰囲気で理解したのだろう。
「矢鏡。魂を一度体に戻すよ」
「………龍神。様子を見に来たのか?」
「あぁ。またいい話題が出来たよ。神は暇をしている者が多いからね。神同士の会議の話題どころか、神話にもなりそうだよ」
龍神が笑ながら矢鏡の心臓の部分の肌に人差し指を置く。すると、一気にぼんやりしていた頭が覚醒する。視界も良好になる。目の前には、あの時の水色の肌をもつ龍神の顔があった。肌には綺麗な光を放つ鱗が所々に見えているが、全身は人間と変わらない。にっこりと慈愛に満ちた笑みは、本当に神様なんだなっと思わせる力がある。川のように長く透き通った髪が矢鏡にかかる。さらりとして、冷たい。とても気持ちがいい。
「契約を結んで君は食べられそうになった。それを私が助ける事は出来ない。もちろん、彼女も自分で契約を結んだ。その結果が死であっても、それに私の力は届かないのだ」
「俺はいい。人間である、……紅月もだめなのか」
紅月は、力つきたのか、矢鏡とすぐ傍に倒れていた。頭を合わせ、逆向きに倒れているようで、彼女の苦しむ顔が近くで見る事が出来た。
矢鏡の問いに、龍神はゆっくりと横に振った。
「けれど、彼女は呪いがなくなり、生まれ変わっても昔の記憶を残す事はない。そして、矢鏡。君も魂は体に戻された。神として消滅するが、魂は残る」
「じゃあ、………俺は生まれ変われる、のか?」
「君は、何に生まれ変わりたい?」
そんなの決まっている。
神様じゃない。彼女と一緒に笑いあえる、ぬくもりをわかちあえる。そんな存在になりたい。
一緒に時を生きていきたいのだ。
「人間になりたい………」
「………そうか。わかった。君の願いは私が責任をもって叶えよう」
そういうと、龍神は紅月の頬に触れた。
すると、彼女の呼吸が少し楽になり、うっすらと目を開けた。
「人間の子。私の同類である神が申し訳ない事をした。辛い思いをさせたね」
「……か、神様?」
「私は龍神だ。今の君は助ける事は出来ない。生まれ変わった君への願いを詫びとして叶えよう」
「生まれ変わったら?さ、左京様は!?無事なのですか?」
「君の神様の魂なら無事だよ。体はもう死んでしまうけれど。けれど、生まれ変われる」
意識を失っていた時の事を思い出し、矢鏡の事を心配した紅月は龍神の言葉を聞いて驚いていた。けれど、龍神の雰囲気から本当の事を話しているとわかったのだろう。少しだけ安堵した表情を見せた。やはり本物の力ある神は人間を安心させる力があるのだな、と思った。
「左京様も人間になるのですか?」
「あぁ。そう願っていたね」
「では、左京様と同じ時代に生きたいです。そして、左京様を見つけたい」
「……わかった。同じ時を生きられるようにしよう。もう1つの願いは。私の力がなくても大丈夫」
「え……」
「君たちなら見つけられる。そうだな、沈丁花の香りが道しるべに、2人の指輪が目印になるだろう」
そういうと、龍神は2人の指輪を取り、お互いの手のひらに置いた。矢鏡と紅月は強くそれを握りしめる。すると、沈丁花の木に囲まれているかのように、甘い香りが漂ってくる。
「それまではゆっくりおやすみ。怖いことも苦しいこともない。ただ、温かで穏やかな世界だ。怖がらなくていい」
優しくそう言うと、龍神は水牢に入った蛇神と共にゆっくりと消えた。
それからどれぐらいの時間が経っただろうか。
死を迎えるはずなのに、矢鏡には恐怖や苦しさが全くなかった。
目の前にいる彼女も、とても穏やかな表情で眠っている。
「………紅月」
「はい。左京様……」
「次に会った時、必ずおまえを見つけ出す」
「はい」
「そして、今度こそ守り抜くし、幸せにする」
「はい」
「だから、おまえもずっと俺を好きでいてくれ」
「もう私は何百年も左京様だけを愛しているんですよ。これからもその気持ちに変わりはありません」
2人の瞳には涙が溜まっていた。
けれど、それは苦しさは寂しさからのものではない。幸せな気持ちか溢れでる涙だった。
今はもう彼女の涙を拭ってやる事は出来ない。
けれど、次に会えた時は泣かせない。幸せで泣かせてみせる。そして、それを拭い2人で笑い合うのだ。
「おやすみ、紅月」
「おやすみなさい。また、絶対に会いに行きます。左京様」
そう言って2人はゆっくりと瞼を閉じた。
長かった優月と左京の物語は、ようやくこの時で幕を閉じたのだった。
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