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四章「わたしの神様」

二十六、

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   二十六、




   ●●●




 「魂ごと食われる?何で、そんな事をっっ!」
 「…………今度は私が左京様を助けたかったから。神様として、沢山の人に慕われて欲しい」
 「それで、おまえはいなくなるのなら意味はないではないか!俺は、俺は……」
 「大丈夫です。肇くんがいます」

 紅月はか細い声でそういうと、苦しそうに咳き込んだ。
 そんな紅月を矢鏡は抱きしめるしかない。

 自分が知らない所で何が起こっていた?
 紅月は優月だった記憶のまま、何回も生きていた。そして、それは左京が消滅するのを防ぐためであり、蛇神と契約をして自ら呪いを体に宿したのだ。命と魂を引き換えに。
 一人で生きるのはどんなに寂しかっただろうか。辛かったのだろうか。25歳で必ず死ぬとわかっていてその日を迎える時、彼女はどんなに怖い思いをしていたのか。
 想像するだけで、大声を出してしまいそうに胸がざわめいた。彼女の目の前で情けないぐらいに泣いてしまいそうだった。
 こんな事、人身御供より酷いではないか。
 そんな事をさせておいて、自分はのうのうと神様として彼女を守っているつもりだったのか。情けなくて吐き気がしてくる。愛している人間に助けて貰って、何が神様だ。

 紅月が矢鏡に肇を紹介した理由ももう明白になった。
 自分が死に、蛇神に魂を喰われてしまえば、矢鏡を慕う人間はいなくなり、今度こそ本当に消滅してしまうのだ。だから、霊感があり、矢鏡を見る事が出来る肇を探し出し、矢鏡に会わせた。死んだ猫を大切にするぐらいだ、人外の存在への理解もあると考えたのだろう。そして、紅月が死ねば、それは遺言となる。そうなっては、肇は矢鏡神社を参拝せざるおえないはずだ。普通の人間ならそうであるはずだし、肇は少し変わり者かもしれないが、きっとその分類の人間のはずだ。

 だが、そんな事を矢鏡が望んでいるわけではない。
 記憶がなくてもわかる。
 参拝してくてる女をいつも大切にしていたのは、優月の面影を感じていたから。
 この世界でも幸せでいられるように、守ってやりたいと思ったから。
 
 優月のように、愛しさをもっていたから。だから、紅月に結婚を申し込んだ。
 自分でもどうして、こんな事をしようと思ったのかわからなかった。呪いを祓うだけなのに、彼女の傍にいたいと思ってしまった。胸が熱くなる思いをいつも感じていた。
 それは、記憶を消さていていても、心のどこかで優月だと本当の左京が叫んでいたのかもしれない。いや、絶対にそうだ。

 紅月の傍に居たい。
 守るのだ、と。




 「優月。…………苦労をかけたな」
 「………左京様」
 「全ての記憶が消えていなくて、よかった。人間の頃の記憶あったから、今のお前が優月なのだとわかるよ。………何百年も気づかずにすまなかった」
 「左京様……私、わたし………」


 左京が彼女の頬を手で包み、親指で流れる涙をぬぐってやる。
 いつもは温かい彼女の体温は左京と同じように冷たくなっている。震える声のまま、弱々しく優月は左京の名前を呼んだ後、何か言葉を吐息と一緒に発しようとした。


 「………優月も紅月も……俺が忘れてしまったおまえも全て、俺は愛しく思っている。これは絶対に本当だ」


 記憶なんてない。
 確固たる保証もない。
 けれど、絶対にどの時代の左京も優月を、優月の魂をもっている彼女を好きだった、と。春に薫ってる沈丁花を見ては、彼女との思い出に耽っていたはずだ。
 今の左京と同じように。


 「私も、です。だから、とっても嬉しい………」


 その言葉を残した後、すぐに優月の表情が歪んだ。胸をかきながら、苦しそうに口を開けて必死に呼吸をし始めたのだ。悲鳴こそ出さないが、顔は青白さが増して、冷や汗が垂れてきている。


 「紅月っ!?おい、しっかりしろ」
 「だ、大丈夫です……誕生日前はいつもこうなの、で……」
 「いつもって…………」

 こんなもう過去4回もほとんどこうやって苦しんでいたというのか。自分は優月に何て事をさせていたのだろう。
 守りたいと思う。絶対に、彼女の魂を喰われるわけにはいかない。
 
 それなのに、自分の力は弱いままだ。
 参拝者が1人増えたぐらいで、弱いままなのだろうか。


 「私が弱いままで、おまえを苦しませているのだな」
 「そ、んな事はありません。左京様は、……2人だけの神様ではないんです。優月も2回もの私も、それ以降の私もずっとずっとお慕いしているのですから」
 「………紅月」
 「それだけで、6人分です。肇君を入れたら7人。それに、私の信仰心は他の人達よりずっとずっと深いと知っていますよね?矢鏡様という神様は、とても優しくてかっこよくて、強いのです。………それを忘れないで」
 「あぁ、そうだったな………」


 そうだ。
 目の前の紅月だけではない。優月から続いた5人の人間が繋いでくれたからこそ、矢鏡神社が今でも残っているのだ。あの時代からもう何百年も経っている。それなのに、廃神社寸前とはいえ、無くならずに昔からその場所に居れるのは、優月の魂を持った彼女たちのおかげなのだ。
 記憶がなくても、必死に守ってくれていたのは考えただけでもわかる。人からも天災からも守り、そして大切にしてくれたのだから。
 そんな自分に力がないはずがない。優月は誰よりも自分よりも矢鏡神社の存続を願い、神様をも幸せになってほしいと願ってくれていたのだから。

 それに気づいた途端に、体から力が湧き出てくるのを感じた。
 冷たくて仕方がなかった自分の体だが、何故だが中心から熱いすぎるほどに熱を感じた。あぁ、これが神の力なのだな。そんな風に矢鏡は思った。



 「ありがとう。これで、蛇神の呪いからおまえを守って、紅月っ!?」
 「い、痛い。体が引き千切られそうっ!!うぅ…………」


 必死に我慢してきただろう紅月の悲鳴が、いとも簡単に何度もあがる。
 胸を抑えて、矢鏡の腕の中でバタバタと暴れ始める。先ほどと様子が違いすぎる。明らかに異変があった。
 と、それと同時に毒々しい真っ黒な気配を感じ始める。雰囲気だけで体が震えてしまい、逃げ出したくなるほどの威圧感。そして、肌に細かい針が刺さっているような痛みが矢鏡を襲った。

 その深いな感覚は、覚えがある。忘れたくても忘れられない、強烈な恐怖。そして、怒りが込み上げてくる。今すぐにでもその正体のモノに飛び掛かってしまいそうになる。


 それもそのはずだ。
 紅月の心臓がある部分から始めは線香の煙のようなものが出始め、その後は焚き火から出るもくもくとした黒い煙のようなものが現れたのだ。
 それは、次々に空中で連なった後、蛇行しているように細い山道のようになった。けれど、その幅もどんどん大きくなり、気づけばあの憎き姿に変わっていた。

 黒かった雲は白に代わり、目と舌は赤く染まっている。

 あの頃と何も変わっていない。
 左京が殺した、巨大な白蛇が姿を表したのだ。


 「久シイナ。神ノ端クレ者よ」
 「……おまえはっ!!彼女に何て呪いをかけたんだ……っ!なんて、惨く残酷なことを……。こんな事が神のする事なのか!?」
 「ダカラオマエハダメナノダ。人間ハ神ノ力ガナイト、存在ガナイト生キラレナイノダカラ」
 「馬鹿な事を!神こそ、人間がいなければ価値などないだろう」
 「ソノ考エ方コソ愚カナノダ」
 「人間に呪いをかける神ほど愚かなものはないと思うけどな」
 「弱キ神ガ動物ノヨウニ吠エテモ怖クナイ。ソレヨリイイノカ?セッカク良イ取引ヲシヨウト話スツモリダッタノダガ」
 「……取引だと?」


 散々煽るような事を言っておきながら、取引を持ち掛けてくるあたりが、信用がならない。
 紅月の魂を喰おうとしていた神が何をしようとするのか。
 話しを聞いて惑わせようとしているのだな、と矢鏡は思った。


 「誰がお前と取引など交わすものか」
 「コノ女ノ取引ヲ破綻ニスル、ソンナ条件デモ、カ?」


 懐にしまっていた割れた鏡の破片を取り出し、蛇神の化身である煙に投げつけようとした時だった。
 蛇神の言葉に、矢鏡は思わず目を見開き、体の動きを止めてしまった。

 きっと善くない事が条件であるとはわかっている。
 けれど、それは矢鏡が何が何でも叶えたかったものなのだ。

 「…………それは、本当か?」
 「興味ヲモッタカ?デハ、私ト取引ヲシヨウ。ナァニ、悪クナイ条件ダ」


 笑うはずもない蛇の顔が、ニヤリとした怪しい笑みを浮かべなように見えたのは、矢鏡の気のせいではないはずだ。
 矢鏡は揺れる黒い煙を睨み返しながら、蛇神の次の言葉を待った。
 その瞬間はやけに長い時間に感じた。


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