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二章「雨の日の記憶」
七、
しおりを挟む七、
〇●
紅月は探していた。
矢鏡に出会う前からずっと。
ある人を、ずっとずっと探していた。
だから、朝になると近所の野良猫を抱いて、駅まで歩くのが日課になっていた。
真っ白な毛と、南の島の澄んだ海の色のように碧が鮮やかな瞳の猫だ。紅月に懐いているその猫を、紅月は蛙と呼んでいた。目の色が蛙に似ている事も名前の由来であるが、甘えて喉を鳴らすと、予想外に蛙が鳴くように低い音だったからだ。懐いて初めて聞いた時は驚いたほどだった。
「蛙。おはよう。今日も手伝ってね」
「ニャー」
朝ごはんとして、コンビニで買ったミニおやつをあげると、嬉しそうに声を上げて紅月の腕の中で食べていた。そんな蛙の姿を見るのが、紅月にとって癒しの1つであった。
紅月の家から駅までは20分ぐらい歩かなければいけないが、その時間も全く苦にならない。
いつもならば駅前の小さな広場に蛙を置いて、電車に乗るのだが、今日は違っていた。
「………その猫、捨てるの?」
「え?」
朝の広場は、いつも人気はない。皆が通勤、通学などでせわしなく通り過ぎるだけだ。広場は禁煙になっているため、喫煙するために入る大人さえもいないのだ。ベンチで休憩する人も紅月が訪れる時間にはほとんどいないのだ。もちろん、今日もいない。と、思っていたが、突然後ろから誰かに声を掛けられた。
紅月は驚いて、猫を抱いたまま振り向く。と、そこには、見知らぬ背の高い男性がいた。
黒く短い髪はまっすぐ切り揃えられており、艶もある。小さな顔に切れ長の瞳、高い鼻はまるで韓国のアイドルのように整っている。身長も190センチはあるだろう長身にスラリとしたスタイル。モデルのような容姿と身体。
だが、鋭い目つきと、への字という不機嫌そうな表情が全てを台無しにしていた。
そんな男から突然声を掛けられ、見下ろされれば少し怖くなってしまう。けれど、紅月は違った。
「見つけたッ!」
「…………はい?」
「お兄さん、私に付き合って貰います!」
紅月は初めて会ったその男の手をガシッと掴んだ。突然声を張り上げ、体を動かしたので蛙は驚いて小さく「ニャッ」と鳴いた後、紅月の腕の中から逃げ出してしまった。けれど、紅月はその事を全く気になどしていなかった。
そう。だって、ずっと探していた人を見つけたのだから。
必死な表情で、切れ目の男を見つめる。
男は一瞬たじろいだが、すぐに目を細めて笑った。
「……お姉さん、面白いねー。可愛い顔しているのに、積極的なんて意外でギャップあっていい」
独特のゆったりとした口調。眠たそうな声。
けれど、瞳はキラリと光っている。おもちゃを見つけたとき子どものような表情で紅月の全身を見つめていた。
「じゃあ、私に付き合ってくれますか?」
「それって、彼氏になれってことじゃないでしょ?どこかに一緒に行って欲しいんだったら、お断り……」
「100万」
「……え」
「私のお願い聞いてくれたら、その金額をお支払いします」
紅月の言葉に、その男は固まった。
が、先程よりも口元をニヤつかせて「やっぱり、面白い」と、笑いながら答える。
やっと見つけたのだ。
この機会を逃がすわけにはいかない。目の前の男は、紅月の提案に乗る気でいるのを察知して、内心ではホッとしていた。
これでどんな事があっても大丈夫。
紅月は、にっこりと微笑んでその男に一歩近づいた。
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