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断章 馬と猫(二十七)

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「千尋丸どの、でかしました。」
 ふくは喜んだ。
「千尋の夜着の上で、ミケが寝ておっただけでございますが。」
 天才丸は苦笑した。
「よく捕まえて、連れてきてくれました。」
「逃げもいたしませんでしたようで。」
 横で蠣崎千尋丸が、無言で頷いた。「兄上」がよくしかられていた(いる)という、おふくおばさんの前で緊張している。
「やはり猫など、考えもない。……たいそう懸念いたしましたが、結局はこんなものでございましたか。」
「まずはご安堵くださり、よろしうございました。ではわたしどもはこれにて。姫さまに何卒よろしうお伝えくだされ。」
「……おや。お目にかかっていかれませぬか?」
「子供をつれておりますゆえ。ご無礼があってはなりませぬ。」
「兄上、千尋は。」
「そう、よくできた子じゃ。それに天才丸どのも、まだ子供のうちなのでございますよ。」
 天才丸はまた苦笑した。ただ、今日ばかりは姫さまにお愛しないほうが、ありがたい。要らぬ嘘をつかなくてもいいからだ。
 だからその日は、そのまま辞去した。金木館からだという使者が来るときも、何も自分が立ち会うことはないだろう。いつもそうしているように、蠣崎から蝦夷足軽を一人借りて、番役につけておくだけでよい。

 次の日に、また千尋丸を伴って来るように、お命じがあった。
 天才丸は、ちょっと厭な気がしたが、もし自分の独断か何かが知られていれば、それはそれで仕方がないと思った。せいぜいきつくお叱りを蒙り、そのうえで、りくの為にせいぜい弁じてやろうと思った。
(一言も嘘はついておらぬ。ご説明が足りなかっただけじゃ。)

「台所ではなく、蠣崎さまのお屋敷にまず連れていってやってください。」
 りくは昨夜、そんなことを頼んだのだ。
「……それは構わぬし、お前が疑われる心配も減じるだろうからよいのだろうが、……それでおれは貸しを返して貰えるのかな?」
「千尋さまのお夜着の上で、寝かしてやってくださいませ。……この知恵は、りくが出しましてございますから、それで借りをいくらかはお返しできましょう。」
 りくは涙の跡が残る顔で、にっこりと笑って見せた。

「千尋丸がそちか。猫を無事捕まえ、まことに大功であったぞ。」
 姫さまが、微笑んだ。
「これは、褒美じゃ。」
 包みを、ふくから貰う。何かの菓子でもあるようだ。小さな手に受け取った千尋丸は、感激しているようだ。
(なるほど、これはおれにもうれしい。)
(りく、たしかにこれはおぬしの知恵のおかげじゃな。少し、貸しを返して貰うたぞ。)
 お礼のあいさつを子供から受け、あらためて天才丸からも受けた姫さまも笑みが絶えないが、うん、と頷くと、ふくに、あれを……と命じた。
 ふくが立って、持ってきたものは何か、天才丸はすぐにわかった。
(金ではないか。三貫文か。)
 それには大して驚かなかったが、天才丸が息を呑んだのは、姫さまがその銅銭の束の乗った三方を、お手元に引き付けたからだ。
「天才丸。欲しいだけ持ってお行きなさい。ここに三貫文ある。」
「えっ?」
「これで蠣崎の借銭、どの程度返せる? 馬を取られる心配のない額くらいは、返しておくがよかろう。」

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