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断章 馬と猫 (三)

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(悪くはない馬じゃ。)
 蠣崎家の二人に挨拶を済ませたあと、新三郎は待ちかねたように厩に案内して貰った。
この浪岡の蠣崎家は、働き手の主人が小さな子を一人遺して病死してしまい、隠居だった者が当主に戻って、何とか支えている家だ。家族に女手もなく、聞いていた以上につつましい暮しをしている。家の子郎党すら、まともには召し抱えられないから、蝦夷(アイノ)を「蝦夷足軽」と称して使っているだけだ。
(それでも、馬持ちではある。)
 上士扱いはされないまでに衰えたが、かつては陸奥の豪族としてなかなかのものだったらしい武家として、意地があるらしい。馬に乗る武者がいれば、自立した戦闘単位として扱われる。
 とはいえ老当主は腰が悪く、ここしばらくは軍役に応じることもできないままに来た。
「それにしては、よく手入れされておる。」
見るからに強悍な軍馬ではないが、身体が強そうであった。年も若くはないようだが、その分御しやすかろう。
「千尋丸は、もう乗れるのか?」
 八歳の小さな子は、はい、と答えたが、
「ここのところは、じいじ様に教えて貰っておりませぬゆえ。」
(では、ろくに乗れないのだな。)
 天才丸は小さい子の見栄が内心でおかしかったが、
「ならば、おれがまた一緒に乗ってやろう。なに、すぐにコツを思い出す。」
 馬の鼻を撫でてあやすと、ひらりと飛び乗ってみせた。
 脛の長い天才丸には、少し窮屈な馬格だが、まあよい。
(この北舘の馬場に行って、少し走らせてみるか?)
 蝦夷島の実家は、天才丸の成長期にはどんどん馬を増やしていた。天才丸はさすがに自分の馬までは買って貰えなかったが、自由に乗ってよいと言われる馬はもう家にいた。
 交易が安定し、姉や兄たちの感覚では、にわかに金回りがよくなったらしい。たしかに幼い頃には自分たち蠣崎代官家も揃って(父である代官まで!)、松前の浜で魚の網を引くのに参加していたし、獲れた魚を喜んで持って帰った覚えもあったが、最近は下の弟たちも見物にすら行かないようだった。
(あいつら、如何しておるかな?)
 ふとまた里心がついてしまったが、気がつくと、その弟たちのなかでも小さいくらいにあたる齢回りの男の子が、こちらを憧れの目で仰ぎ見てくれている。
(浪岡でのおれの弟は、こやつじゃ。)
「千尋、馬の稽古に行こう。おれもしばらく乗っていないゆえ、思いだしたい。」
 天才丸は馬から降り、代わりに千尋を抱え上げて、鞍に乗せてやった。
 じいじ殿が近寄ってきて、孫の乗った馬の口をとってくれている少年に目を細めたが、ふと思いだして、言う。
「天才丸。馬はお得意じゃろ?……ただ、大事に乗ってくれ。」
「はあ、あまり最初から飛ばしたりはいたしませぬが……?」
「蝦夷島の馬はどれも荒いと聞く。その馬―アオは、年寄りでもあるし、また、……そのな。」
「はあ。」
 じいじは言いよどむと、
「とにかく、大事にしてやってくれ。」
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