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七の段 死闘 惨劇のあとを(二)
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(ああ、この壊れよう。このあたりは、砦ともお役所ともいえず、奥の、ご家族の場ではないか。なぜここまで攻めた?)
(お方さまに、なんといってお詫びしようか?)
みると、城砦部以外にはさすがに銃砲弾による損傷も少なく、狼藉の跡も目立たぬが、当然、アイノ兵の姿が目立つ。大舘が占領されているのは事実であり、誇り高い北の方の傷心を思った。
(しかし、おやかたさまのご決断で東でも合戦が停止となっていれば、これで済むのじゃ。)
(こちらでの早々の御開城は、お方さまのご同意あったはず。)
ご坊が緊張に身構え、護衛の者もやや遅れて反応した。驚いたあやめの目に飛び込んできたのは、しかし、喜ばしい姿だった。群がっている兵たちになにか叱咤して列を整えさせているのは、
「アシリレラ!」
「お姉さま! やはり、こちらに?」
鉄砲足軽のような姿の少女は、あやめの姿をみとめると、兵の列をかき分けて跳ねるように走り寄り、あやめの両手をとった。
「よかった! 無事じゃったか!」
あやめはアイノの言葉に切り替えた。
「あなたが生きていてうれしい!」
「わたしこそ、オネエサマが生きていてうれしいよ! やはりいらっしゃった! でも、危ないので心配でした!」
「わたしは見ていただけ。船で。」
そこで和語に戻した。ご坊たちに説明する。
「アシリレラ姫じゃ。イシカリのアイノの長のお姫さま。ご宰領さまのご信が厚い。」
「オンゾウシは、御無事でございます!」
「であろう。この勝ち戦の御大将。……手傷などは負われていませぬな?」
「まったく!」
「よかった。案内いただけるか?」
「無論! 承知いたしました。こちらへ。……オネエサマ、わたしはきっとお越しになるとおもっていたよ。でも、オンゾウシは驚かれるだろう。」
「驚かせてあげましょう。」
あやめたちはアシリレラに手を引っ張られるような勢いで館の中に入るが、気づいた。アイノの言葉で尋ねてみる。
「このオーダテのご家族はどちらにいらっしゃる?」
アシリレラの表情は変わらず、にこやかだ。
「死にましたよ。」
「え?」
あやめはアシリレラの屈託のない声に、聞き違えかと思う。
「おやかた……蠣崎新三郎どのの、……お方さまとお子様、……妻と子のことじゃが?」
「わかります。死にました。」
あやめは立ち止まった。叫び出したい。周囲の一切の物音が絶え、高い金属音が頭を内側から刺した。
「お姉さま?」
頭を両手で抱え、がくがくと震え出したあやめを見て、アシリレラは慌てる。
「わたし? わたし、いい間違えましたか?」
「亡くなった? 死んだというたか?」
「はい。蠣崎新三郎の妻と子は死にました。」
「なじょうっ(なぜっ)?」
あやめは叫んだ。アシリレラはたじろいでしまう。
「大砲の弾があそこに落ちて、……」と、指先で崩れた濡れ縁の屋根を示し、「その下に妻と、小さい子がいました。」
「苦しまれずに亡くなったのだな?」
ご坊が慌てて念を押すように問う。あやめの様子は只事でないのがわかった。
(仇の一家が死んでめでたい、というのは程遠いのだ。)
(それどころか、この様子では北の方と御寮人さまは、仲がよろしかったに違いない。)
「わたしは見ていないから、それは知らないが、……?」
(そうか、この少女は、儂ほどにも何も教えられていない。大舘の新三郎の妻子なら御寮人さまの仇敵だと単純に考えておるのだ。)
(無理もない。ほんらいなら、その通りでいいのだから……。)
「お亡骸はどこにあります?」
あやめの声は、低い。
「知っています。見た。しかし、お姉さま、ご覧にならないでよい。むごたらしい死にざま。」
「お会いする!」
「御寮人さま、それは姫のいわれるとおりかと。まずは、ご宰領さまに」
「……頼む。会わせてくれぬか。」
あやめは、力の失せた声で、顔を地面に向けたまま、いった。
「会わねば……お会いせねば……」
(お方さまに、なんといってお詫びしようか?)
みると、城砦部以外にはさすがに銃砲弾による損傷も少なく、狼藉の跡も目立たぬが、当然、アイノ兵の姿が目立つ。大舘が占領されているのは事実であり、誇り高い北の方の傷心を思った。
(しかし、おやかたさまのご決断で東でも合戦が停止となっていれば、これで済むのじゃ。)
(こちらでの早々の御開城は、お方さまのご同意あったはず。)
ご坊が緊張に身構え、護衛の者もやや遅れて反応した。驚いたあやめの目に飛び込んできたのは、しかし、喜ばしい姿だった。群がっている兵たちになにか叱咤して列を整えさせているのは、
「アシリレラ!」
「お姉さま! やはり、こちらに?」
鉄砲足軽のような姿の少女は、あやめの姿をみとめると、兵の列をかき分けて跳ねるように走り寄り、あやめの両手をとった。
「よかった! 無事じゃったか!」
あやめはアイノの言葉に切り替えた。
「あなたが生きていてうれしい!」
「わたしこそ、オネエサマが生きていてうれしいよ! やはりいらっしゃった! でも、危ないので心配でした!」
「わたしは見ていただけ。船で。」
そこで和語に戻した。ご坊たちに説明する。
「アシリレラ姫じゃ。イシカリのアイノの長のお姫さま。ご宰領さまのご信が厚い。」
「オンゾウシは、御無事でございます!」
「であろう。この勝ち戦の御大将。……手傷などは負われていませぬな?」
「まったく!」
「よかった。案内いただけるか?」
「無論! 承知いたしました。こちらへ。……オネエサマ、わたしはきっとお越しになるとおもっていたよ。でも、オンゾウシは驚かれるだろう。」
「驚かせてあげましょう。」
あやめたちはアシリレラに手を引っ張られるような勢いで館の中に入るが、気づいた。アイノの言葉で尋ねてみる。
「このオーダテのご家族はどちらにいらっしゃる?」
アシリレラの表情は変わらず、にこやかだ。
「死にましたよ。」
「え?」
あやめはアシリレラの屈託のない声に、聞き違えかと思う。
「おやかた……蠣崎新三郎どのの、……お方さまとお子様、……妻と子のことじゃが?」
「わかります。死にました。」
あやめは立ち止まった。叫び出したい。周囲の一切の物音が絶え、高い金属音が頭を内側から刺した。
「お姉さま?」
頭を両手で抱え、がくがくと震え出したあやめを見て、アシリレラは慌てる。
「わたし? わたし、いい間違えましたか?」
「亡くなった? 死んだというたか?」
「はい。蠣崎新三郎の妻と子は死にました。」
「なじょうっ(なぜっ)?」
あやめは叫んだ。アシリレラはたじろいでしまう。
「大砲の弾があそこに落ちて、……」と、指先で崩れた濡れ縁の屋根を示し、「その下に妻と、小さい子がいました。」
「苦しまれずに亡くなったのだな?」
ご坊が慌てて念を押すように問う。あやめの様子は只事でないのがわかった。
(仇の一家が死んでめでたい、というのは程遠いのだ。)
(それどころか、この様子では北の方と御寮人さまは、仲がよろしかったに違いない。)
「わたしは見ていないから、それは知らないが、……?」
(そうか、この少女は、儂ほどにも何も教えられていない。大舘の新三郎の妻子なら御寮人さまの仇敵だと単純に考えておるのだ。)
(無理もない。ほんらいなら、その通りでいいのだから……。)
「お亡骸はどこにあります?」
あやめの声は、低い。
「知っています。見た。しかし、お姉さま、ご覧にならないでよい。むごたらしい死にざま。」
「お会いする!」
「御寮人さま、それは姫のいわれるとおりかと。まずは、ご宰領さまに」
「……頼む。会わせてくれぬか。」
あやめは、力の失せた声で、顔を地面に向けたまま、いった。
「会わねば……お会いせねば……」
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