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二の段 蠣崎家のほうへ 「堺の方」(三)
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……
あやめは夜具の端に座っている。新三郎が大の字になって眠っているのを、そうやって見張っていなければならないというのだ。
(武家の作法というのか。面倒なことだ。)
あやめは疲労しきっているが、いわれるままに起きていた。何度もがくり、と頭が落ち、そのまま眠っては、覚めた。男の高い寝息、たちのぼる体臭に、憎しみと嫌悪がつのる。
(こんな男に、また自分は犯された。いいように手籠めにされた……これからも、されつづけるのか?)
思い出したくないのに、自分のやらされた恥ずかしい行為や、厭な感触や熱や匂いや味が蘇り、震えるほどの怒りが起きる。
どんな目にあっても醒めきっていよう、軽蔑の目でこのけだものを睨んでいてやろう、と決意したのに、さまざまな屈辱的な姿態や所作を強制されるうちに、驚きと怒りと絶望に目の前が何度も暗くなり、一切の余裕がなくなった。
はてしなく長い時間、汗まみれの躰を上へ下へと転がされ、しゃぶりつくされ、翻弄されるばかりになった。そして重い躰に抑え込まれて肉を射抜かれ、長々と胎内に放たれた。食いしばった歯の隙間から絶望の悲鳴が漏れ出た。
一度では終わらなかった。汚れた場所を清めることも許されず、また躰の隅々にまで男の手が這いまわり、力を込めて捏ねまわした。身の安全のための最後の自制すら忘れて無我夢中で抵抗しても、とても力で敵うものではなく、行為の中断を許されなかった。
最後は、犬のような姿勢を強いられ、尻を付き出し、腰を抱えられたままで男の放出を受け止めた。同じ姿勢であっても十四郎とならば感じなかった、身を黒く焦がすような恥辱の中で、しかしやがて何も考えられなくなり、苦悩の呻き声をあげつづけた。
躰を離され、床に崩れ落ちたときには、悲しみすらどこかにいき、ただ茫然としていた。
いま、ようやく息が鎮まり、冷たい汗が引いた。意識は平静に戻り、そして、当然のことだが、悲哀にきびしく冷えた。妊娠の恐怖が若い女をあらためて包む。
(また、こんなに子種を受けてしもうた。ややこができてしまうのではないか?)
こんな男の子を産むのはおろか、孕むのを考えただけで、あやめはのたうち回りたいほどの戦慄をおぼえる。
(助けて、十四郎さま……!)
(ああ神様、どうかお願いでござります、それだけはお許しください!)
眠っている新三郎が、なにか呻いた。なにか夢でも見ているらしい。自足したような、妙に安らかな寝顔だ。あやめの憎悪は深まった。
(殺してやりたい……。いま、ここで絞め殺せないか?)
(できぬ。やれはせぬ。こやつは男。しかも武家。下手なことをすれば、逆に、こちらがこやつの腕一本で殺されるじゃろう。)
(いずれ、必ず酷い殺し方をしてやるわ。この報いは受けよ。待っておれ。)
力の失せた手が震え、膝の上で勝手に拳をつくるが、やがて耐え難い眠気のなかに怒りも悲哀すら溶けてしまった。
朝の弱い光が差すとき、はっとめざめると、新三郎の姿はない。
(ここに男が通う形か。つまり、ここがそばめであるわたくしの居場所というわけか。)
畳を敷くなどの贅沢はない、薄暗い狭い部屋を見回し、とてもこんなところに一日中いるわけにはいかぬな、と思った。
一刻も早く店屋敷に戻りたい。南蛮机にむかい、椅子に脚を伸ばしたい。
だが、今日はもう一つ、しなければならないことが残っていた。
お方さま―正室への挨拶であった。
あやめは夜具の端に座っている。新三郎が大の字になって眠っているのを、そうやって見張っていなければならないというのだ。
(武家の作法というのか。面倒なことだ。)
あやめは疲労しきっているが、いわれるままに起きていた。何度もがくり、と頭が落ち、そのまま眠っては、覚めた。男の高い寝息、たちのぼる体臭に、憎しみと嫌悪がつのる。
(こんな男に、また自分は犯された。いいように手籠めにされた……これからも、されつづけるのか?)
思い出したくないのに、自分のやらされた恥ずかしい行為や、厭な感触や熱や匂いや味が蘇り、震えるほどの怒りが起きる。
どんな目にあっても醒めきっていよう、軽蔑の目でこのけだものを睨んでいてやろう、と決意したのに、さまざまな屈辱的な姿態や所作を強制されるうちに、驚きと怒りと絶望に目の前が何度も暗くなり、一切の余裕がなくなった。
はてしなく長い時間、汗まみれの躰を上へ下へと転がされ、しゃぶりつくされ、翻弄されるばかりになった。そして重い躰に抑え込まれて肉を射抜かれ、長々と胎内に放たれた。食いしばった歯の隙間から絶望の悲鳴が漏れ出た。
一度では終わらなかった。汚れた場所を清めることも許されず、また躰の隅々にまで男の手が這いまわり、力を込めて捏ねまわした。身の安全のための最後の自制すら忘れて無我夢中で抵抗しても、とても力で敵うものではなく、行為の中断を許されなかった。
最後は、犬のような姿勢を強いられ、尻を付き出し、腰を抱えられたままで男の放出を受け止めた。同じ姿勢であっても十四郎とならば感じなかった、身を黒く焦がすような恥辱の中で、しかしやがて何も考えられなくなり、苦悩の呻き声をあげつづけた。
躰を離され、床に崩れ落ちたときには、悲しみすらどこかにいき、ただ茫然としていた。
いま、ようやく息が鎮まり、冷たい汗が引いた。意識は平静に戻り、そして、当然のことだが、悲哀にきびしく冷えた。妊娠の恐怖が若い女をあらためて包む。
(また、こんなに子種を受けてしもうた。ややこができてしまうのではないか?)
こんな男の子を産むのはおろか、孕むのを考えただけで、あやめはのたうち回りたいほどの戦慄をおぼえる。
(助けて、十四郎さま……!)
(ああ神様、どうかお願いでござります、それだけはお許しください!)
眠っている新三郎が、なにか呻いた。なにか夢でも見ているらしい。自足したような、妙に安らかな寝顔だ。あやめの憎悪は深まった。
(殺してやりたい……。いま、ここで絞め殺せないか?)
(できぬ。やれはせぬ。こやつは男。しかも武家。下手なことをすれば、逆に、こちらがこやつの腕一本で殺されるじゃろう。)
(いずれ、必ず酷い殺し方をしてやるわ。この報いは受けよ。待っておれ。)
力の失せた手が震え、膝の上で勝手に拳をつくるが、やがて耐え難い眠気のなかに怒りも悲哀すら溶けてしまった。
朝の弱い光が差すとき、はっとめざめると、新三郎の姿はない。
(ここに男が通う形か。つまり、ここがそばめであるわたくしの居場所というわけか。)
畳を敷くなどの贅沢はない、薄暗い狭い部屋を見回し、とてもこんなところに一日中いるわけにはいかぬな、と思った。
一刻も早く店屋敷に戻りたい。南蛮机にむかい、椅子に脚を伸ばしたい。
だが、今日はもう一つ、しなければならないことが残っていた。
お方さま―正室への挨拶であった。
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