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一の段 あやめも知らぬ 春を待つ (四)
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「おつらいの。御寮人さまも……」
「おつらい? なにが?……おかしらは、御曹司さまをお疑いか?」
「そうはいわぬ。しかし、たとえ御曹司さまのお言葉おふるまいが御真情からばかりであっても、御寮人さまのおつらさは変わりがなかろう。」
「うぬ。まあ、いずれは綱渡りの大仕事にはなるからね。」
(この者のいうことはわかる。ご名代様が御曹司さまをただで解き放ってくれるとも思えぬ。松前侍が御曹司さまを尾行けてくるだろうから、四、五人は斬らねばならんかもしれんな。……ただ、)
「そういうことではないのだ。」
「どういうことだい。御寮人さまも、おつらいことばかりではないようだぜ。……教えるといえばよ、御曹司さまがお教えの日もあるのだ。」
「……ほう?」
「いま、妙なことを考えたかね。違いますぞ。蝦夷のことばを教えられるのさ。」
「あれか。」
なんだ、とコハルは思い出す。
「あれは大変だった。御寮人さまが、店の者もこれからは通詞頼りではいかんとおっしゃってな。御曹司さまが師匠になって、蝦夷のことばを手ほどきくださるというのだ。みな忙しいし、御曹司さまは妙に真面目にお教えなので、とても店の連中は長続きせなんだ。御寮人さまが、御曹司さまをお店にお呼びするダシに使われたようなものよ。……あんなことが起きる前よ。」
「ほう、そうだったか。」
「……?」
あやめは十四郎の胸に抱かれ、彼の顔を見上げていた。ふたり飽かず見つめ合っていた。
「……」
ふとその時間の長さに気づいたあやめが、
(わたくしたちは……)
と、はにかんで笑い、目を伏せた。
それが合図のように、十四郎はあやめの唇を奪う。驚いて目を一瞬見開いたあやめは、すぐに陶然として目を閉じた。たがいの息が混ざり合う音だけがする。躰が傾いていく。
あやめの頭が床にぶつからないように、ゆっくりと下した。前に勢いよく後頭部を打たせてしまい、あやめが痛がったことがあったのを気にしている。
唇を外し、薄闇の中に白い顔を見下ろした。
綺麗にやわらかい目鼻立ちに十四郎は見惚れ、一方で昂奮も突き上げてくるが、ふと思い出した。
「あやめ殿、覚えてらっしゃるか?」
あやめは曇ったような目をあげた。
「なにを……でございますか?」
十四郎はあやめの額に唇をあて、
「ここは、アイノのことばでなんと申す?」
「え……?」
「お教えした。」
「……キップ?」
十四郎は笑って頷いた。唇をあやめの顔のそこかしこにあてていく。
「ここは?」
「ラアル(眉)にございますね?」
「……」
「シク(目)。」
「そう。だが、シクアップ(瞼)といわれたほうがいい。あやめ殿のシクアップは、透き通るように、おきれいだ。」
十四郎の唇がエッ(鼻)に触れたとき、あやめは、そんなところを、と笑った。十四郎も笑う。
「ノタカム(頬)……」
と呟いて、頬から唇を耳に移した。あやめは小さく叫ぶ。
(耳は……!)
「キサールでござる。柔らかい、キサールだ、」
「……」
十四郎はあやめがまた小さな声を出して逃れようとするまで、耳を噛んでいた。
「いけない、耳は、ご勘弁を……」
あやめが顔を振ると、十四郎は、
「耳がちぎれてしまいまするよ?」
といい、自分でも唇を移していく。あやめには、細かい震えと胸の上下がはじまっていた。
十四郎は、ノト、オク、オクチス、タップ、……と囁きながら、あやめの顎から頸、ぼんのくぼ、そして肩へと、唇を落としていき、舌を這わせた。
「お胸は……?」
「……ト?」
「うん。いや、よろしうござるか?」
「はい。」
十四郎はあやめの着物を開き、乳房に唇を這わせた。あやめはいとおしげに、自分の胸をまさぐり、乳首を口に含む男をみつめている。十四郎が、それに気づき、照れた。
「あまり、見られると……」
「恥ずかしいのは、わたくしのほうで。」
十四郎は、あやめの口を塞いで、吸った。それをすぐに離されると、物足りないあやめは、
「御曹司さま、お願い、もう一度、パーアを……」
唇をねだった。
「……よくお覚えだ。」
「えっ、なにを?」
あやめは何か閨の仕草や、自分が口吸いを好むようになったのをいわれたのかと赤くなったが、十四郎は笑って、
「ことばを。」
「……お教えください。」
あやめはちょっとあきれたような、拗ねたような声を出した。
十四郎は笑い、よし、とうなづくように、アイノのことばをつぶやきながら、それぞれの場所に唇を下におろしていく。あやめは、くすぐったい、と身をよじりながら、ツマン(胴)、ホン(腹)、という小さな声を、下半身のそばで聞いた。急に裏返されて、セトゥール(背中)、という声を頭の後ろで聞いたときには驚いた。背中の中心の線を、十四郎の舌が下から上になぞったときには、思わず制止を乞う声が出た。また頸の後ろに唇が押される。男の手がオソル(尻)を撫でたかと思うと、腰が掴まれて、高くあげられる。
「あっ、あっ、なにを……?」
わかっているのに、尋ねるかのような慌てた声が出る。
「十四郎さま、それは……」
恰好も、すべて晒しているのも、堪らなく恥ずかしい。
十四郎は無言で手を伸ばした。嫌がってみせても、聞いてくれない。
「十四郎さま……教えて、くださいませ?」
「なにを?」
「いま、お指のある、そこは、なんといいます?」
あやめは、熱くなっているその部分の名を尋ねた。
「知らぬ。……訊いたことがない。」
(あっ。)
あやめは、自分でも思いもかけない大きな喜びにみちた。
「ご存知あらへんの?」
「……存じぬ。」
「……蝦夷地で、女の方と睦まれることは、おありでなかった?」
「ない。」
十四郎は、恥しいことをいわされているような顔で、正直に答えた。
亡き兄の与三郎は、そうした点で厳格だった。和人がアイノの女と寝るのは、たいてい有形無形の強制をともなう。ときにあからさまに暴力を用いている。与三郎の倫理感はそれを許さなかったし、若い弟にも、蝦夷地でのおこないはくれぐれも蠣崎代官家らしく慎め、と説いていた。
「それはようございました!……でも、松前には、悪い場所もございますな?」
「あんなところには出入りは」できぬ、と答えそうになって、ことばを呑んだ。
「では、では、あやめおひとりでございます?」
「ああ。」
松前では、蠣崎家の御曹司では、悪いおこないは難しい。かといって家中で誰もそこまでの面倒はみてくれなかったから、そうなった。あやめを抱いたときが、女人に接した最初だった。
「……うれしい。」
あやめは床に向かされた顔を落として、絶え入らんばかりに呟いた。
「うれしい? なにがでござる。おかげで、……下手だ。申し訳ない。だから、痛い思いもさせた。いまも……」
あやめは窮屈な姿勢で、後ろに首を曲げて十四郎の、当惑した顔を眺めた。上気した顔が、笑み崩れている。
「ふたり、はじめてでございましたのね? わたくしにはあなた様だけ、あなた様にはわたくしだけ!」
「それが、おうれしいか?」
「はいっ。」
あやめは十四郎への愛おしさが弾ける声で答えたが、ふと気づいて、
「あら、十四郎さまは?」
「いうまでもないが。」
「ありがたく存じまする。……ようございます。」
あやめは、小さな尻を高くした。
「この間まで二人とも何も知らなかったのでございますから、いろいろ試してみないといけませぬね。お試しになってみて。わたくしも、恥しいけれど、我慢いたします。」
十四郎は笑ってしまった。
「……お笑いになりましたね。むごい。」
「あやめ殿。」
十四郎は、この齢上の女のへんなときにみせる稚さが、胸に痛いほどいとおしい。我慢、などと聞いた以上は、情欲と好奇心の赴くままに強要するのは止そうと思った。
(この人が一番好きなのは……?)
あやめの姿勢を直し、半身を起こさせて、抱きしめた。
「……よろしうございますの?」
「ああ、もう一度、パールを……」
「おぬし、結句、そういう話になるのか。」
「おつらいばかりではない、ということさ。若いお二人が、ひたすらにお互いを思い遣り、大切に大切になさっているのをみて、このおれが、泣かんばかりだ。」
「殊勝気に申すな。好色ゆえの所業であろう。」
「いやいや、あのお二人がどんどん大人になられていく様は、なにやら尊いほど。好色ゆえとは、自分が思えなくなってくるのだ。」
「ぬけぬけと。」
「会うたびにわたしは、こうして、そなたを求めてしまう。厭ではござらぬか?」
あやめは答えようがない。
あやめの中にはすでに十四郎が張りつめて存在して、衝撃を与えている。
(この方は、こんなときに、何を……?)
あやめは少し腹が立ったように思ったが、すぐに感覚が突き上げて、それもわからなくなった。さきほどから喘いでいたが、十四郎が突き入れてからは、いよいよ息があがっていた。汗が流れる。
(いけない。もう、ものが考えられない。こんな、……こんなふうに突き上げられたら、頭まで霞んで……)
「もう、お願いでございますっ。」
「どうしてさしあげればよいか?」
「胸も……胸の真ん中を吸って……。」
語尾は息遣いのなかで流れてしまう。
若者の唇が、乳と乳の間に入って、汗ばんだ肌を吸った。
「あ、違うのです。……胸の、……先……でございます。」
あやめは十四郎の勘違いに笑ってしまったが、すぐに余裕がまた失せた。十四郎は動きながら、胸の尖りきった先を強く吸う。舌がつついた。頭を貫くような重い快感にあやめの腕がゆっくりと上がる。
そして指が、あやめのおそれながら期待している場所にまた至った。
(耳も? 厭だ、もう入っているのに、そこを?)
唇と指が交代した。逃げるあやめの耳朶を唇がはさみ、舌を這わせ、息を吹き込む。あやめは内側の三つの個所から押し寄せる快感に、床に張り付けられたように硬直する。
あやめは切迫した表情になり、快感を訴える言葉をはじめて漏らした。
十四郎の悦びが高まったようだ。女の快感をうまく引きだせているかどうか、どこかで怖じていた若者は、伝えられた言葉に奮い立っている。
あやめもまた、口に出したことで、快感は一層深まり、それとともに自分が変わってしまったように感じた。十四郎の胸の下で、ますますわが身を揉むようにくねらせる。
「よいのか、あやめ殿。」
「……はい。あ、あ、よい、よいので……」
「あやめ殿。あやめ殿。」
打ち込んだ。
「は、はいぃ……。」
(答えがかわいらしい。)
若者はいとおしさに狂いそうだ。所作が激しさを増す。
驚いたように呻きを漏らすと、あやめは首を振った。
「もう、もう、も、もう……」
「よくなられるか。」
「……!」
十四郎はゆっくりと横に振られるあやめの顔を抑え、口を口に押しつけた。たちまち舌が絡むと、そのまま、離れない。躰を動かしながら、長い時間、ぴたりと重なり合っていた。
あやめはもう息絶えだえだ。唇が離れたときには、頭が朦朧としていた。
(お上手で、おそろしい……。よくなりすぎて、こわい。)
「わたしが好きか、あやめ殿?」
(なにを、こんなときに? 決まっておりましょう。)
あやめは答えられない。言葉が出てこなくなった。
十四郎は強く動く。あやめからは、小さな悲鳴が絶え間ない。その声の色から甘さが薄れ、次第に切羽詰まった訴えの響きだけになる。
と、十四郎は抑えきれなくなった。精を女の中に放たぬよう、あやめから抜こうとした。寒くなってから、逢瀬では、十四郎は必ずそうするようになっていた。
だが、あやめは離さない。
「あ、あ、あ、お願いでございますっ。十四郎さま、十四郎さま。……このまま。」
しがみつく。ただ離れたくないのと、十四郎に全うさせて、よくしてあげたいという気持ちが入り混じっている。
訴えて、みずから巻き付けた足とともに、腰を揺り動かした。
十四郎は悔し気にもみえる表情で、鋭い快感とともに放った。
そのとき、あやめは久しぶりにおぼえた胎内に熱い精を注がれる感覚に打たれ、小さな唸りとともに背を浮かせた。それが床に落ちても、身も世もない様子でぶるぶると震える。
ふたりは、自分たちがめいめいに感覚を極めたことで、たがいに遠くに離れるのを本能的におそれてか、快感の頂きから降りながら、固く抱き合う。そこでもう一度襲ってくるはげしい幸福感をともにした。酔ったようになる。
汗まみれで荒い息をつきながら、柔らかい羽交いをほどき、十四郎はあやめの上から降りた。横から躰を寄せ合う。
「あやめ殿……」
十四郎が、あやめの汗の浮いた額に乱れた髪を直しながら、頬に流れた涙を吸う。
「十四郎さま、十四郎さま、十四郎さま……」
涙に潤んだ目を開いて、また閉じた。あやめの答えは、うわごとのようだ。
「御寮人さまはあのお歳で、最初はお固いつぼみのようであったが、それがどんどん柔らかくなられておってな。もう、お花じゃ。いずれ、まったく咲きほこられようよ。」
「おぬし、殺されたいか。口を慎め。」
「おつらいばかりではない、よい思いもなされている、といいたいのさ。」
「おつらい? なにが?……おかしらは、御曹司さまをお疑いか?」
「そうはいわぬ。しかし、たとえ御曹司さまのお言葉おふるまいが御真情からばかりであっても、御寮人さまのおつらさは変わりがなかろう。」
「うぬ。まあ、いずれは綱渡りの大仕事にはなるからね。」
(この者のいうことはわかる。ご名代様が御曹司さまをただで解き放ってくれるとも思えぬ。松前侍が御曹司さまを尾行けてくるだろうから、四、五人は斬らねばならんかもしれんな。……ただ、)
「そういうことではないのだ。」
「どういうことだい。御寮人さまも、おつらいことばかりではないようだぜ。……教えるといえばよ、御曹司さまがお教えの日もあるのだ。」
「……ほう?」
「いま、妙なことを考えたかね。違いますぞ。蝦夷のことばを教えられるのさ。」
「あれか。」
なんだ、とコハルは思い出す。
「あれは大変だった。御寮人さまが、店の者もこれからは通詞頼りではいかんとおっしゃってな。御曹司さまが師匠になって、蝦夷のことばを手ほどきくださるというのだ。みな忙しいし、御曹司さまは妙に真面目にお教えなので、とても店の連中は長続きせなんだ。御寮人さまが、御曹司さまをお店にお呼びするダシに使われたようなものよ。……あんなことが起きる前よ。」
「ほう、そうだったか。」
「……?」
あやめは十四郎の胸に抱かれ、彼の顔を見上げていた。ふたり飽かず見つめ合っていた。
「……」
ふとその時間の長さに気づいたあやめが、
(わたくしたちは……)
と、はにかんで笑い、目を伏せた。
それが合図のように、十四郎はあやめの唇を奪う。驚いて目を一瞬見開いたあやめは、すぐに陶然として目を閉じた。たがいの息が混ざり合う音だけがする。躰が傾いていく。
あやめの頭が床にぶつからないように、ゆっくりと下した。前に勢いよく後頭部を打たせてしまい、あやめが痛がったことがあったのを気にしている。
唇を外し、薄闇の中に白い顔を見下ろした。
綺麗にやわらかい目鼻立ちに十四郎は見惚れ、一方で昂奮も突き上げてくるが、ふと思い出した。
「あやめ殿、覚えてらっしゃるか?」
あやめは曇ったような目をあげた。
「なにを……でございますか?」
十四郎はあやめの額に唇をあて、
「ここは、アイノのことばでなんと申す?」
「え……?」
「お教えした。」
「……キップ?」
十四郎は笑って頷いた。唇をあやめの顔のそこかしこにあてていく。
「ここは?」
「ラアル(眉)にございますね?」
「……」
「シク(目)。」
「そう。だが、シクアップ(瞼)といわれたほうがいい。あやめ殿のシクアップは、透き通るように、おきれいだ。」
十四郎の唇がエッ(鼻)に触れたとき、あやめは、そんなところを、と笑った。十四郎も笑う。
「ノタカム(頬)……」
と呟いて、頬から唇を耳に移した。あやめは小さく叫ぶ。
(耳は……!)
「キサールでござる。柔らかい、キサールだ、」
「……」
十四郎はあやめがまた小さな声を出して逃れようとするまで、耳を噛んでいた。
「いけない、耳は、ご勘弁を……」
あやめが顔を振ると、十四郎は、
「耳がちぎれてしまいまするよ?」
といい、自分でも唇を移していく。あやめには、細かい震えと胸の上下がはじまっていた。
十四郎は、ノト、オク、オクチス、タップ、……と囁きながら、あやめの顎から頸、ぼんのくぼ、そして肩へと、唇を落としていき、舌を這わせた。
「お胸は……?」
「……ト?」
「うん。いや、よろしうござるか?」
「はい。」
十四郎はあやめの着物を開き、乳房に唇を這わせた。あやめはいとおしげに、自分の胸をまさぐり、乳首を口に含む男をみつめている。十四郎が、それに気づき、照れた。
「あまり、見られると……」
「恥ずかしいのは、わたくしのほうで。」
十四郎は、あやめの口を塞いで、吸った。それをすぐに離されると、物足りないあやめは、
「御曹司さま、お願い、もう一度、パーアを……」
唇をねだった。
「……よくお覚えだ。」
「えっ、なにを?」
あやめは何か閨の仕草や、自分が口吸いを好むようになったのをいわれたのかと赤くなったが、十四郎は笑って、
「ことばを。」
「……お教えください。」
あやめはちょっとあきれたような、拗ねたような声を出した。
十四郎は笑い、よし、とうなづくように、アイノのことばをつぶやきながら、それぞれの場所に唇を下におろしていく。あやめは、くすぐったい、と身をよじりながら、ツマン(胴)、ホン(腹)、という小さな声を、下半身のそばで聞いた。急に裏返されて、セトゥール(背中)、という声を頭の後ろで聞いたときには驚いた。背中の中心の線を、十四郎の舌が下から上になぞったときには、思わず制止を乞う声が出た。また頸の後ろに唇が押される。男の手がオソル(尻)を撫でたかと思うと、腰が掴まれて、高くあげられる。
「あっ、あっ、なにを……?」
わかっているのに、尋ねるかのような慌てた声が出る。
「十四郎さま、それは……」
恰好も、すべて晒しているのも、堪らなく恥ずかしい。
十四郎は無言で手を伸ばした。嫌がってみせても、聞いてくれない。
「十四郎さま……教えて、くださいませ?」
「なにを?」
「いま、お指のある、そこは、なんといいます?」
あやめは、熱くなっているその部分の名を尋ねた。
「知らぬ。……訊いたことがない。」
(あっ。)
あやめは、自分でも思いもかけない大きな喜びにみちた。
「ご存知あらへんの?」
「……存じぬ。」
「……蝦夷地で、女の方と睦まれることは、おありでなかった?」
「ない。」
十四郎は、恥しいことをいわされているような顔で、正直に答えた。
亡き兄の与三郎は、そうした点で厳格だった。和人がアイノの女と寝るのは、たいてい有形無形の強制をともなう。ときにあからさまに暴力を用いている。与三郎の倫理感はそれを許さなかったし、若い弟にも、蝦夷地でのおこないはくれぐれも蠣崎代官家らしく慎め、と説いていた。
「それはようございました!……でも、松前には、悪い場所もございますな?」
「あんなところには出入りは」できぬ、と答えそうになって、ことばを呑んだ。
「では、では、あやめおひとりでございます?」
「ああ。」
松前では、蠣崎家の御曹司では、悪いおこないは難しい。かといって家中で誰もそこまでの面倒はみてくれなかったから、そうなった。あやめを抱いたときが、女人に接した最初だった。
「……うれしい。」
あやめは床に向かされた顔を落として、絶え入らんばかりに呟いた。
「うれしい? なにがでござる。おかげで、……下手だ。申し訳ない。だから、痛い思いもさせた。いまも……」
あやめは窮屈な姿勢で、後ろに首を曲げて十四郎の、当惑した顔を眺めた。上気した顔が、笑み崩れている。
「ふたり、はじめてでございましたのね? わたくしにはあなた様だけ、あなた様にはわたくしだけ!」
「それが、おうれしいか?」
「はいっ。」
あやめは十四郎への愛おしさが弾ける声で答えたが、ふと気づいて、
「あら、十四郎さまは?」
「いうまでもないが。」
「ありがたく存じまする。……ようございます。」
あやめは、小さな尻を高くした。
「この間まで二人とも何も知らなかったのでございますから、いろいろ試してみないといけませぬね。お試しになってみて。わたくしも、恥しいけれど、我慢いたします。」
十四郎は笑ってしまった。
「……お笑いになりましたね。むごい。」
「あやめ殿。」
十四郎は、この齢上の女のへんなときにみせる稚さが、胸に痛いほどいとおしい。我慢、などと聞いた以上は、情欲と好奇心の赴くままに強要するのは止そうと思った。
(この人が一番好きなのは……?)
あやめの姿勢を直し、半身を起こさせて、抱きしめた。
「……よろしうございますの?」
「ああ、もう一度、パールを……」
「おぬし、結句、そういう話になるのか。」
「おつらいばかりではない、ということさ。若いお二人が、ひたすらにお互いを思い遣り、大切に大切になさっているのをみて、このおれが、泣かんばかりだ。」
「殊勝気に申すな。好色ゆえの所業であろう。」
「いやいや、あのお二人がどんどん大人になられていく様は、なにやら尊いほど。好色ゆえとは、自分が思えなくなってくるのだ。」
「ぬけぬけと。」
「会うたびにわたしは、こうして、そなたを求めてしまう。厭ではござらぬか?」
あやめは答えようがない。
あやめの中にはすでに十四郎が張りつめて存在して、衝撃を与えている。
(この方は、こんなときに、何を……?)
あやめは少し腹が立ったように思ったが、すぐに感覚が突き上げて、それもわからなくなった。さきほどから喘いでいたが、十四郎が突き入れてからは、いよいよ息があがっていた。汗が流れる。
(いけない。もう、ものが考えられない。こんな、……こんなふうに突き上げられたら、頭まで霞んで……)
「もう、お願いでございますっ。」
「どうしてさしあげればよいか?」
「胸も……胸の真ん中を吸って……。」
語尾は息遣いのなかで流れてしまう。
若者の唇が、乳と乳の間に入って、汗ばんだ肌を吸った。
「あ、違うのです。……胸の、……先……でございます。」
あやめは十四郎の勘違いに笑ってしまったが、すぐに余裕がまた失せた。十四郎は動きながら、胸の尖りきった先を強く吸う。舌がつついた。頭を貫くような重い快感にあやめの腕がゆっくりと上がる。
そして指が、あやめのおそれながら期待している場所にまた至った。
(耳も? 厭だ、もう入っているのに、そこを?)
唇と指が交代した。逃げるあやめの耳朶を唇がはさみ、舌を這わせ、息を吹き込む。あやめは内側の三つの個所から押し寄せる快感に、床に張り付けられたように硬直する。
あやめは切迫した表情になり、快感を訴える言葉をはじめて漏らした。
十四郎の悦びが高まったようだ。女の快感をうまく引きだせているかどうか、どこかで怖じていた若者は、伝えられた言葉に奮い立っている。
あやめもまた、口に出したことで、快感は一層深まり、それとともに自分が変わってしまったように感じた。十四郎の胸の下で、ますますわが身を揉むようにくねらせる。
「よいのか、あやめ殿。」
「……はい。あ、あ、よい、よいので……」
「あやめ殿。あやめ殿。」
打ち込んだ。
「は、はいぃ……。」
(答えがかわいらしい。)
若者はいとおしさに狂いそうだ。所作が激しさを増す。
驚いたように呻きを漏らすと、あやめは首を振った。
「もう、もう、も、もう……」
「よくなられるか。」
「……!」
十四郎はゆっくりと横に振られるあやめの顔を抑え、口を口に押しつけた。たちまち舌が絡むと、そのまま、離れない。躰を動かしながら、長い時間、ぴたりと重なり合っていた。
あやめはもう息絶えだえだ。唇が離れたときには、頭が朦朧としていた。
(お上手で、おそろしい……。よくなりすぎて、こわい。)
「わたしが好きか、あやめ殿?」
(なにを、こんなときに? 決まっておりましょう。)
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十四郎は強く動く。あやめからは、小さな悲鳴が絶え間ない。その声の色から甘さが薄れ、次第に切羽詰まった訴えの響きだけになる。
と、十四郎は抑えきれなくなった。精を女の中に放たぬよう、あやめから抜こうとした。寒くなってから、逢瀬では、十四郎は必ずそうするようになっていた。
だが、あやめは離さない。
「あ、あ、あ、お願いでございますっ。十四郎さま、十四郎さま。……このまま。」
しがみつく。ただ離れたくないのと、十四郎に全うさせて、よくしてあげたいという気持ちが入り混じっている。
訴えて、みずから巻き付けた足とともに、腰を揺り動かした。
十四郎は悔し気にもみえる表情で、鋭い快感とともに放った。
そのとき、あやめは久しぶりにおぼえた胎内に熱い精を注がれる感覚に打たれ、小さな唸りとともに背を浮かせた。それが床に落ちても、身も世もない様子でぶるぶると震える。
ふたりは、自分たちがめいめいに感覚を極めたことで、たがいに遠くに離れるのを本能的におそれてか、快感の頂きから降りながら、固く抱き合う。そこでもう一度襲ってくるはげしい幸福感をともにした。酔ったようになる。
汗まみれで荒い息をつきながら、柔らかい羽交いをほどき、十四郎はあやめの上から降りた。横から躰を寄せ合う。
「あやめ殿……」
十四郎が、あやめの汗の浮いた額に乱れた髪を直しながら、頬に流れた涙を吸う。
「十四郎さま、十四郎さま、十四郎さま……」
涙に潤んだ目を開いて、また閉じた。あやめの答えは、うわごとのようだ。
「御寮人さまはあのお歳で、最初はお固いつぼみのようであったが、それがどんどん柔らかくなられておってな。もう、お花じゃ。いずれ、まったく咲きほこられようよ。」
「おぬし、殺されたいか。口を慎め。」
「おつらいばかりではない、よい思いもなされている、といいたいのさ。」
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