えぞのあやめ

とりみ ししょう

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序の段 納屋御寮人の遭難  南蛮の帳(二)

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 今日という日の全ての異常な出来事を、あやめは他の誰にも理解できぬ方法で整理し、頭の中の、少女のころから長く書き続けている分厚い帳面に記した。

 この頭の中にしかない帳面は、富家の筋にありながら薄倖だったといっていい、あやめの半生そのものだといえた。
 すべての物事には、原因と結果があった。凶事は慶事を必ず伴い、そしてもちろん逆もそうだった。
 病弱な母親が急に死に、自分は母の実家であった農家のがらんどうの土間に一人になって泣いていた。だが、思い出すと武家のようななりをした男たち(あれは店の誰だったのだろう?)が現れ、母の遺骸をみるや始末の上で、相談して、自分を郊外からお濠(環濠)を越えた堺の町に連れて行ってくれた。
 みたこともない大きな家の、綺麗な部屋に招き入れられた。おいしいものも、きらびやかな着物も、何でも与えられた。だが、きょうだいたちとは誰とも馴染めず、毎日のようにいじめられた。
 おそろしい織田軍が濠の向こうに陣を張り、街を焼くのだときょうだいたちは怯えていたから、自分もようやく得た文字や算盤の習える暮らしを捨てるのかと悲しかった。だが、今井家のさらなる繁栄は、織田様支配下だからこそ来た。
 変わり者だと指をさされ、同年配の子どもたちの群れから離れたから、父が手元で守り愛しんでくれたし、取巻く大人たちはたいてい可愛がってくれた。
 隠れて泣いているところをみられたから、最も親しい使用人として、あの頼もしいコハルと仲良くなれた。
 嫁の貰い手がなく、こちらも誰にも貰って欲しいと思えなかった。だから商売の下働きに回して貰え、その呼吸を覚えられた。 
 今井の堺の大きな仕事には、女というだけでなかなか入れて貰えず、家の者、店の者としては、はぐれてしまっていた。だから父に急のようにせがんだのも聞き届けられ、蝦夷島に一つの店まで与えられた。
 こちらでの商いの生活は、まさに因果の理―原因と結果の世界で、それを綺麗に整理すれば、おのずから次に自分が何をすべきかの道がてらされた。
(今までは……。)
 
 しかし帳面の最も新しい紙片の半分が、今日、身の毛もよだつ事項と莫大な架空の金額で埋まった。その半分を同時 に埋めなければならないはずなのに、うまく行かない。
(こんな目にあわされて、……埋めようがない?)
焦ってはいけない。埋めるべきなにものかが、この帳面を丹念に矯めつ眇めつしていくうちに、わかるはずである。
(……まだ、何かを忘れている。)
(こちらに来る前の日々から思い出さねばならない。)
(堺……?)


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