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2.落し穴と金の宝箱
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あっ、と思った時にはもう遅かった。
足の裏に触れていた床の感覚が無くなり、一瞬遅れて股がヒュンとする浮遊感が俺を襲う。
「うわぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
落ちている。
それも物凄いスピードで。
真っ暗でよくわからないが、1階層や2階層の落下ではなさそうだ。
俺は勝手に出てくる涙やら鼻水やらを拭ってなんとか体勢を立て直す。
このまま落下すればたとえ穴の底に悪辣な仕掛けが無かったとしても普通に死ぬ。
死にたくない一心で手に持っていたナイフを壁に突き立てた。
火花が一瞬石の壁面を浮かび上がらせる。
俺の突き立てたナイフはちょうど石材のつなぎ目に刺さったようで、手首にガツンとダメージが来て少しだけ落下が止まった気がした。
しかしナイフは深く刺さっているわけでもないし、片手で全体重を支えられるほどの鍛え方もしていない。
年齢に逆らえずにたるみ始めた身体にはこの苦行は苦しすぎた。
俺はすぐに切り替えて壁を思い切り蹴る。
逆側の壁に乗り換えるのだ。
しかし思ったよりも穴は横に広かったようで、反対側の壁にたどり着く前に俺の身体は再び落下を始めたのだった。
「くそぉぉぉっ、あ、いてっ」
俺は3メートルほどを落下した後に尻を打ち付けてのたうち回った。
穴底が思ったよりも近かったおかげでなんとか助かったようだ。
それでも尻は痛いが。
「くそっ、あんなところに落とし穴があるとはな」
ダンジョンの罠というのは基本的に位置が変わることは無いが、ごく稀に新しく出現することがある。
初見の罠は引っかかると死ぬことが多いため、そうならないように冒険者のパーティには罠の探知に長けた奴を一人は入れるものだ。
俺はソロなので当然そんなものはいない。
罠には最大限気を付けていたはずなのだが、昨日のこともあって注意が少し散漫になっていたらしい。
初見の罠で生き残れたことは信じられないくらい幸運だが、まだここから生きて出られる保証もない。
安心するのはダンジョンから無事に出られたらにしておこう。
「真っ暗だな、とりあえず松明に火を着けるか」
ここのダンジョンは迷宮型と呼ばれており、基本的に石作りの迷路を下の階層目掛けて進んでいく造りになっている。
通路の壁には一定ごとに松明が焚かれており明るいため普段は松明を使わない。
しかし今の俺のように罠に嵌って真っ暗闇に放り込まれることもよくあることなので松明はこのダンジョンを探索する冒険者にとって必須のアイテムだ。
本来なら俺は松明よりも便利な魔石式のランタンも持っていたはずなのだが、例によって奪い去られているため木の棒の先に油分の多い木の樹皮を巻きつけた普通の松明だ。
着火も火打石。
さっき壁を擦って刃がガタガタになってしまったナイフを打ち金にして着火していく。
「あれっ、なかなかっ、着かない」
前から若い連中に金を巻き上げられることはよくあったが、着火の魔道具まで奪われたのは久しぶりだ。
火打石を使っての着火なんか冒険者になりたての頃以来のことなのでなかなか上手く火を起こすことができない。
手の皮が破けそうになるほど石とナイフを擦り合わせてようやく松明に火が着く。
「はぁ、貧乏はやっぱ嫌だな。もっと言えば冒険者なんて職業ももう嫌だ」
昨日のことを改めて思い出すと腹立たしいという以前にもううんざりだ。
金を貯めてどこか誰も俺のことを知らないところに行きたいが、こちとらダンジョンに潜ること以外何も知らない職歴冒険者だけの中年男だ。
ダンジョンに潜る以外にも街道の護衛や街周辺の危険な魔物の調査、討伐なんかも冒険者の仕事だが、俺はダンジョンに潜る以外の仕事はほとんどしたことがない。
ダンジョンが無ければ生きていけないと言っても過言ではなく、そうなると国内にはここ以外に俺の生きていける場所はない。
遠く離れたダンジョンのある場所にでも行きたいが、そのためには纏まった金が必要になる。
だがそんな金があったらもういっそのこと冒険者なんか辞めてしまいたい。
いつだってそんな思考のループだ。
「この先に何かレアなアイテムでも待っていてくれたらいいんだがな」
かなり落ちたからな、ここは10階層か、もっと下の階層かもしれない。
深い落し穴は冒険者を強制的に下の階層に送るものが多く、この落し穴もその例に漏れずそのタイプだったらしい。
穴の底には横穴が続いていた。
落ちてきた穴をそのまま登る以外に帰還方法の無い罠よりはいいが、万全の装備でも12階層をうろつくのが今の俺には精一杯だ。
今は装備も最低限の状態だし、せいぜい10階程度の落下であってくれと祈るしかない。
経験から言って落し穴の底という特殊な地形からの一直線の横穴というのはどこかに宝箱が1つくらいありそうな場所ではある。
装備品か回復薬でも出てくれればなんとか地上まで突っ切れるかもしれない。
俺はそんな砂漠でオアシスを探すような小さな希望に縋って歩き始めた。
一直線の通路を進むこと20分ほど。
ついに通路は行き止まりに到達した。
正確には通路の向こう側が崖になっていて降りられないだけなのだが。
「おいおい、よりにもよってボス部屋かよ」
足元から見下ろす部屋は50メートル四方はありそうな大きな部屋。
天井の高さも同じく50メートルほどあり、俺の通ってきた通路の出口はその天井付近に開いた穴だった。
これでは長いロープでもなければ下りることはできない。
短いロープは持っているが、さすがに50メートルも下りられるロープを持ち歩いている冒険者なんかいないだろう。
まあ例え下りられたとしてもあのボスを倒せるとは思えないが。
ボス部屋の中央には三つの首を持つ巨大な犬が鎮座していた。
頭一つ分だけで俺の身体よりもでかいあんな化け物に勝てる冒険者というのは、本当に限られた一握りの強者だけだろう。
「ケルベロスなんて、30階層のボスじゃねえかよ」
どうやら俺は30階層まで落ちてきてしまっていたらしい。
何から何まで詰んでいる。
「頼みの綱は……」
俺は通路の出口のすぐ横に鎮座する金色の宝箱に目を向ける。
冒険者の間で金箱と呼ばれているレアアイテムが入っていることがほぼ確定している宝箱だ。
俺も見るのは初めてだが、できるならこんな形で出会いたくはなかったな。
並大抵のアイテムであの三つ首の狂犬が倒せるとは思えないが、神器やアーティファクトと呼ばれるような超常のアイテムならあるいはという考えがチラつく。
逸る気持ちを抑え込み、俺は慎重に罠の確認をして宝箱を開けた。
中から出てきたのは気持ち悪い触手だけだった。
俺の人生オワタ。
足の裏に触れていた床の感覚が無くなり、一瞬遅れて股がヒュンとする浮遊感が俺を襲う。
「うわぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
落ちている。
それも物凄いスピードで。
真っ暗でよくわからないが、1階層や2階層の落下ではなさそうだ。
俺は勝手に出てくる涙やら鼻水やらを拭ってなんとか体勢を立て直す。
このまま落下すればたとえ穴の底に悪辣な仕掛けが無かったとしても普通に死ぬ。
死にたくない一心で手に持っていたナイフを壁に突き立てた。
火花が一瞬石の壁面を浮かび上がらせる。
俺の突き立てたナイフはちょうど石材のつなぎ目に刺さったようで、手首にガツンとダメージが来て少しだけ落下が止まった気がした。
しかしナイフは深く刺さっているわけでもないし、片手で全体重を支えられるほどの鍛え方もしていない。
年齢に逆らえずにたるみ始めた身体にはこの苦行は苦しすぎた。
俺はすぐに切り替えて壁を思い切り蹴る。
逆側の壁に乗り換えるのだ。
しかし思ったよりも穴は横に広かったようで、反対側の壁にたどり着く前に俺の身体は再び落下を始めたのだった。
「くそぉぉぉっ、あ、いてっ」
俺は3メートルほどを落下した後に尻を打ち付けてのたうち回った。
穴底が思ったよりも近かったおかげでなんとか助かったようだ。
それでも尻は痛いが。
「くそっ、あんなところに落とし穴があるとはな」
ダンジョンの罠というのは基本的に位置が変わることは無いが、ごく稀に新しく出現することがある。
初見の罠は引っかかると死ぬことが多いため、そうならないように冒険者のパーティには罠の探知に長けた奴を一人は入れるものだ。
俺はソロなので当然そんなものはいない。
罠には最大限気を付けていたはずなのだが、昨日のこともあって注意が少し散漫になっていたらしい。
初見の罠で生き残れたことは信じられないくらい幸運だが、まだここから生きて出られる保証もない。
安心するのはダンジョンから無事に出られたらにしておこう。
「真っ暗だな、とりあえず松明に火を着けるか」
ここのダンジョンは迷宮型と呼ばれており、基本的に石作りの迷路を下の階層目掛けて進んでいく造りになっている。
通路の壁には一定ごとに松明が焚かれており明るいため普段は松明を使わない。
しかし今の俺のように罠に嵌って真っ暗闇に放り込まれることもよくあることなので松明はこのダンジョンを探索する冒険者にとって必須のアイテムだ。
本来なら俺は松明よりも便利な魔石式のランタンも持っていたはずなのだが、例によって奪い去られているため木の棒の先に油分の多い木の樹皮を巻きつけた普通の松明だ。
着火も火打石。
さっき壁を擦って刃がガタガタになってしまったナイフを打ち金にして着火していく。
「あれっ、なかなかっ、着かない」
前から若い連中に金を巻き上げられることはよくあったが、着火の魔道具まで奪われたのは久しぶりだ。
火打石を使っての着火なんか冒険者になりたての頃以来のことなのでなかなか上手く火を起こすことができない。
手の皮が破けそうになるほど石とナイフを擦り合わせてようやく松明に火が着く。
「はぁ、貧乏はやっぱ嫌だな。もっと言えば冒険者なんて職業ももう嫌だ」
昨日のことを改めて思い出すと腹立たしいという以前にもううんざりだ。
金を貯めてどこか誰も俺のことを知らないところに行きたいが、こちとらダンジョンに潜ること以外何も知らない職歴冒険者だけの中年男だ。
ダンジョンに潜る以外にも街道の護衛や街周辺の危険な魔物の調査、討伐なんかも冒険者の仕事だが、俺はダンジョンに潜る以外の仕事はほとんどしたことがない。
ダンジョンが無ければ生きていけないと言っても過言ではなく、そうなると国内にはここ以外に俺の生きていける場所はない。
遠く離れたダンジョンのある場所にでも行きたいが、そのためには纏まった金が必要になる。
だがそんな金があったらもういっそのこと冒険者なんか辞めてしまいたい。
いつだってそんな思考のループだ。
「この先に何かレアなアイテムでも待っていてくれたらいいんだがな」
かなり落ちたからな、ここは10階層か、もっと下の階層かもしれない。
深い落し穴は冒険者を強制的に下の階層に送るものが多く、この落し穴もその例に漏れずそのタイプだったらしい。
穴の底には横穴が続いていた。
落ちてきた穴をそのまま登る以外に帰還方法の無い罠よりはいいが、万全の装備でも12階層をうろつくのが今の俺には精一杯だ。
今は装備も最低限の状態だし、せいぜい10階程度の落下であってくれと祈るしかない。
経験から言って落し穴の底という特殊な地形からの一直線の横穴というのはどこかに宝箱が1つくらいありそうな場所ではある。
装備品か回復薬でも出てくれればなんとか地上まで突っ切れるかもしれない。
俺はそんな砂漠でオアシスを探すような小さな希望に縋って歩き始めた。
一直線の通路を進むこと20分ほど。
ついに通路は行き止まりに到達した。
正確には通路の向こう側が崖になっていて降りられないだけなのだが。
「おいおい、よりにもよってボス部屋かよ」
足元から見下ろす部屋は50メートル四方はありそうな大きな部屋。
天井の高さも同じく50メートルほどあり、俺の通ってきた通路の出口はその天井付近に開いた穴だった。
これでは長いロープでもなければ下りることはできない。
短いロープは持っているが、さすがに50メートルも下りられるロープを持ち歩いている冒険者なんかいないだろう。
まあ例え下りられたとしてもあのボスを倒せるとは思えないが。
ボス部屋の中央には三つの首を持つ巨大な犬が鎮座していた。
頭一つ分だけで俺の身体よりもでかいあんな化け物に勝てる冒険者というのは、本当に限られた一握りの強者だけだろう。
「ケルベロスなんて、30階層のボスじゃねえかよ」
どうやら俺は30階層まで落ちてきてしまっていたらしい。
何から何まで詰んでいる。
「頼みの綱は……」
俺は通路の出口のすぐ横に鎮座する金色の宝箱に目を向ける。
冒険者の間で金箱と呼ばれているレアアイテムが入っていることがほぼ確定している宝箱だ。
俺も見るのは初めてだが、できるならこんな形で出会いたくはなかったな。
並大抵のアイテムであの三つ首の狂犬が倒せるとは思えないが、神器やアーティファクトと呼ばれるような超常のアイテムならあるいはという考えがチラつく。
逸る気持ちを抑え込み、俺は慎重に罠の確認をして宝箱を開けた。
中から出てきたのは気持ち悪い触手だけだった。
俺の人生オワタ。
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