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26.復讐

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 ジルタはすぐに帰ってきた。
 この町で貴族が滞在できるようなところなどそれほど多くはない。
 何も言わなかったがきっと復讐対象の貴族を見つけたのだろう。
 感情に任せてその場で襲い掛からなかったことだけは安心したが、きっと今でもジルタの胸の内は憎悪で煮えたぎっていることだろう。
 傭兵団の人員が風呂屋にいたのですべてなら、ジルタは明日にでも実行するに違いない。

「参ったな……」

 多くのアニメや小説、ドラマなどの媒体で、復讐ということについて目にしてきた。
 ほとんどがフィクションだったが、ノンフィクションの作品も目にしたことはある。
 だが実際に復讐しようとしている奴を見るのは初めてだ。
 それを実際に目の前にして、俺はジルタにどう接したらいいのかが分からなくなった。
 復讐はやめろなんて言うのはまず間違っていることは分かる。
 俺だって親しい人が無残に殺されればきっと復讐する。
 そこに全く関係ない奴がしゃしゃり出てきて復讐なんて辞めろと綺麗事を喚き散らされることほど気に障ることはない。
 復讐対象の前にまずそいつから殺したくなるだろう。
 ジルタがこれから先の人生を楽しむためには、復讐は必要だと思う。
 貴族に嬲り殺しにされたジルタのお母さんのためではなく、ジルタ自身の心に区切りを付けるために。
 ジルタに人を殺す覚悟があるのならば、復讐自体に問題は無い。
 ただ、ジルタ一人で復讐を遂げることができるのだろうか。
 相手は貴族だ。
 対するジルタは精強な獣人とはいえまだあちらの世界なら小学校に通っているような年齢の子供だ。
 風呂屋で会った傭兵だけでもジルタ一人では勝てるか分からない。
 貴族が、それも悪事を働いて莫大な富を得ているような貴族がたったそれだけの戦力しか周りに配置していないとは思えない。
 武器だって魔道具だって高級品を湯水のように使ってくるだろう。
 確実にジルタは殺される。
 もしくは捕らえられ、奴隷として売られる。
 非合法な奴隷なんてどういう扱いを受けるのか分かりきっている。
 ならばジルタを助けて俺がその貴族を殺すのか。
 それも違う気がする。
 できるかできないかでいえばできるだろう。
 俺の固有スキル【お前の代わりはいくらでもいるインスタントアバター】は暗殺にこそ適したスキルだ。
 貴族一人殺すのは簡単だろう。
 しかしたまたま出会った子供のために、俺は殺したこともない人を殺すことになる。
 これから先降りかかる火の粉を払うために仕方なく人を殺めることもあるかもしれないが、これが俺の初めての人殺しになるのは違うのではないだろうか。
 それが同情の類であってもジルタに情が湧いているのは確かだが、そのために人を殺してやるというほどではない。
 いくら考えても、俺にできることはもう無かった。





 深夜、分身の耳に扉が開け閉めされる音が聞こえた。
 俺は素早く本体を起こし、分身を消す。

「行ったか……」

 自室を出てジルタに貸していた部屋の扉を開ける。
 部屋の中は綺麗に整頓されており、ジルタに買い与えたものがすべてベッドの上に置かれていた。
 だがその中に俺が貸した合金製の短剣は無い。

「ん?」

 備え付けの小さな丸テーブルの上に、二つ折りにされた紙切れが置かれていた。
 手紙なんだろうな。
 何も言わずに出て行ったと思えば、やっぱりこんな展開かよ。
 お涙頂戴の感謝の手紙だったら破り捨てて燃やしてやる。
 手紙の文字はこの国で使われている文字とは違い少し読み辛い。
 だが言語理解のおかげで読めないことも無かった。


『イズミさんへ
 挨拶もせずに出て行ってすみません。
 もっと強くなってから計画的に復讐を達成しようとも思ったのですが、このような千載一遇のチャンスはこの先来るか分かりません。
 だから強行することにしました。
 おそらく僕は帰ってくることができないでしょう。
 イズミさんに与えてもらった恩をお返しすることができなくてすみません。
 あと、貸してくれた短剣も返すことができないと思います。
 すみません。
 謝ることばかりなので直接言うのが怖くて手紙になってしまいました。
 あの世で恩をお返しできたらと思います。
 本当に色々とありがとうございました。』


 ジルタの手紙はそう締めくくられていた。
 まったく、ジルタらしい手紙だ。
 
「短剣、持っていかれた……」

 結局俺の中での答えは出ていないが、短剣だけは回収しておかないとな。

「行くか」





 ジルタがすぐに貴族の居場所を突き止めることができたように、俺もすぐにその貴族の居場所を突き止めることができた。
 すでにジルタが仕掛けているのか、かなりの喧騒が漏れている高級宿が一箇所あった。
 ガラの悪そうな警備兵が警備を勤める傭兵ギルド御用達の高級宿だ。
 漏れ出ている喧騒もドスの聞いた野太い男の怒声ばかり。
 中でジルタが暴れているのだろう。
 俺はその宿が良く見える位置に陣取り、双眼鏡で建物の中を窺い見る。
 この世界ではガラスなど地魔法で簡単に作り出せるのでガラスが安い。
 高級宿ともなればすべての窓に透き通ったガラスがはまっている。
 廊下側の窓はカーテンが引かれていないので中の様子がよく見える。
 ジルタはどうやらまだ奮戦しているようだ。
 傭兵たちを相手にまるで野生動物のようにしなやかな動きで翻弄している様子が見える。
 傭兵たちとはほとんど正面から戦わず真っ直ぐ貴族の首を狙う作戦のようだ。
 ジルタの瞬発力と小柄な身体を最大限に生かした作戦だな。
 ジルタから復讐対象らしき貴族の男まではあと10メートルというところか。
 だがその前には他の傭兵たちとは明らかに雰囲気の違う数人の男たちがいる。
 やはり身辺には手練を配置していたらしい。
 男たちの魔力値は100を越えて化け物鹿に少し届かないくらいか。
 スキルも有用そうなのを揃えている。
 文字通り格が違うな。

「固有スキルを使え、ジルタ……」

 俺はつい拳を握り締めてジルタを応援してしまう。
 あんな見るからに悪人そうな貴族には負けて欲しくない。
 俺の言葉が届いたわけではないだろうが、ジルタは固有スキルを使用する。
 手足や首筋からは鋼の刃も通さない狼のような体毛が生える。
 爪は鋭く尖り、貴族を睨む眼差しは野生動物のように鋭い。
 ジルタが固有スキルを使ったところを俺は初めて目にした。
 ぞっとするくらいの威圧感がここまで漂ってくるようだ。
 これから10分の間、ジルタの魔力値は3倍ほどまで膨れ上がる。
 貴族の周囲を固める手練たちよりも魔力値だけでいえばずっと高いはずだ。
 まるでそれを察したかのように、手練の護衛たちは一歩後ずさった。



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