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124.屋上の女の子

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 お嬢様からの依頼は終了した。
 報酬はとても素晴らしいものだったからまたいつでも声をかけて欲しい。
 今度はお母様も混ぜてツイスターゲームでもお願いしようかな。

「アニキ、すごいっすねこの金。もう一生遊んで暮らせるっすよ」

「この程度の端下金で喜んでいちゃあダメだよ拓君。まだまだ動画投稿は稼げる。稼げなくなるまではがっぽりと貯めこまないと」

「アニキマジぱねっす。一生付いていくっす」

 悪い気はしない。
 こちらの世界に来てそろそろ1ヶ月か。
 あちらでは5ヶ月だな。
 もうこのままこちらの世界で過ごそうかな。
 1年くらい過ごせば向こうは5年だ。
 会長の酒はある程度ものになっているかもしれないし、ミゲル君も料理がずいぶんと上手くなっていることだろう。
 リリー姉さんの子供はしゃべりだす頃かな。
 ははは、なんか情緒不安定になるな。
 拓君の家は居心地がいいな。
 拓君はなんだかんだ言って構ってくれるし、花音ちゃんのおっぱいは大きいし。
 
「ところでアニキ、いつ帰るんですか?」

 ふぅ、ここにも居場所は無かったか。
 ここが僕の居るべき場所だと思っていたのは僕だけだったんだ。
 花音ちゃんのおっぱいばかり見たのが悪かったのか?

「帰る……」

「あ、そっすか。じゃ、また」

「う、うん、またね……」

 一応また来てもいいようだ。
 それだけが心の救いだった。






「真田さん、まずはご快癒おめでとうございます」

「ありがとうございます、江藤防衛事務次官。おかげさまで、復職できるまでに回復いたしましたわ」

「真田さん、皮肉はやめてください。我々は完全に出遅れてしまった。今回のこともです」

「そうですね。すべては私の娘の天運によるものが大きいです」

 我々防衛省は外敵から国土と国民を守るために自衛隊員に日々訓練を積ませているというのに。
 いざという時に動けないのでは何が自衛隊か。
 前回、目の前の女性真田京子さんが病に侵されているときに娘の志乃さんが他国の工作員に狙われた。
 街中で銃を撃ちまくられたにも関わらず、警察との連携がうまくいかなかったために我々自衛隊は腰すら上げられなかったのだ。
 そして今回、真田さんの会社の社員が紛争地帯に取り残された。
 そんな我が国の国民の危機に、日本国という国の悪い面が出てしまった。
 自衛隊はシビリアンコントロール下で運営されるべきだと私も思うが、日本と言う国においてそれは諸刃の剣だ。
 自衛隊を動かす政府自体が雑多な意見を持つ政治家たちの集合体であるために、意思決定があまりに遅い。
 個人が強い権限を持ちすぎないように気をつけるあまり、自衛隊が国の防衛という本質から離れてしまっているように思える。
 それでも防衛大臣が有能な人物であるのならばまだやりようはあるのだが、それすらも選挙の当選状況によって変わってしまう。
 防衛大臣に有能な人物が任命されるかどうかはその時の総理大臣の匙加減次第、ほぼ運任せだ。
 そして運の悪いことに、今の防衛大臣は少々優柔不断な人物であった。
 真田さんからの再三に渡る出動要請に、我々は全く応えることができなかった。
 真田さんはそんな自衛隊やその上の政府に業を煮やし、娘の志乃さんが個人的に雇った傭兵や親しくしていた他国の軍人と一緒に鮮やかに邦人を救出してみせた。
 真田さんの娘が独断で行った他国の軍への救援要請について、政府の人間は口々に真田さんのことを非難した。
 全く政府というのは馬鹿ばかりで嫌になる。
 真田さんは政財界に顔の効く人物ではあるが、あくまでも私人。
 真田さんの娘さんが行ったのは表向きあくまでも個人的なお願いに過ぎない。
 そもそも自分たちがもたもたしていたせいでそうせざるを得なかったのだ。
 それよりも他国の軍に個人的なお願いを聞いてもらえるだけの真田さんの力にもっと畏れを抱くべきではないだろうか。
 自分たちがどのような人物の頼みを無碍にしているのか、あの老害共は全く分かっていない。
 そして極めつけは娘さんが雇ったという傭兵だ。
 あれはヤバい。
 前回の娘さんが他国の工作員に襲われた事件で助けてもらったことがきっかけで知り合ったらしいが、銃を持った正規軍人が何十人も黒い縄で縛られているのを私も資料にあった写真で見た。
 それを行ったのはたった一人だという。
 工作員の中には特殊な能力を持つ人間も混ざっていた。
 我々国の上層部や一部の権力者にしか知らされていない事実だが、この世の中には不思議な能力を持った人間が存在しているのだ。
 特殊能力者、なんのひねりも無いが我々はそう呼んでいる。
 そんな存在が混ざった多数の武装工作員を相手にたった一人ですべてを殺さず拘束する。
 そんな芸当ができるのもまた、特殊能力者だけだ。
 十中八九真田さんの娘さんが雇ったのは能力者。
 今回の救出作戦については、B国軍の口が重く日本国側はあまり情報を持っていないのでどのような方法で社員たちが救出されたのかは分からない。
 だが、間違いなく彼の存在が鍵になったのであろうことは予想できる。
 軽く社員たちからの聞き取り調査はしてみたが、彼らも訳がわからないうちに救出されたと言っていた。
 戦車がずらりとバリケードのように並べられていたということと、夜中に戦闘音のようなものが聞こえたということくらいしか分かっていない。
 いったい彼は、どんな力を持っているのか。
 それはどの程度の力なのか。

「真田さん、彼についてはやはり何も教えていただけないのでしょうか?」

「彼というと、クロードさんのことですか?」

「ええ、我々も彼に興味があるのですよ」

「そうですね。クロードさんについては私もそこまで詳しくないんですよ。いったいどこで生まれて、どこで育ったのか。今まで何をしてきたのか。すべて不明です。でも、いい子ですよ?」

「いい子、ですか……」

「ええ、その表現がピッタリなんです。本人は今年で18歳だと言い張っているのですが、とっても可愛いくてついいい子いい子しちゃうんです」

「はぁ……」

 真田さんは多少天然なところがある。
 例の傭兵の彼、クロード君といったか。
 彼はいったいどんな気持ちでこの人に頭を撫でられているのだろうか。
 興味が尽きない。





「ぶぇっくしゅんっ」

 誰か僕のことを噂しているな。
 僕はシロの巣のあるビルの屋上で、クロとシロを膝に乗せて黄昏る。
 東京は、なんか寂しい街だね。
 寂しくて満員電車なんぞにわざわざ乗りにいってしまったよ。
 なんか、肩が触れ合って押し潰されてもみくちゃにされて。
 うん、もう乗らない。
 膝の上のシロとクロの温もりで癒されよう。

「ポルッポゥ」

「にゃー」

「よーしよしよし」

 ああ、やっぱり動物はいい。
 すっかり定年後のような目で東京の街を眺めれば、少しだけ心が穏やかになれた気がした。
 ん?
 ここは関係者くらいしか入ってこられないような場所だ。
 そんな場所なのに、ふらふらと歩く人影が目に入る。

「ゴブ次郎……」

「グギャ(了解)」

 ゴブ次郎の夢幻魔法によって隠れる。
 ぽてぽてと、おぼつかない足どりでこちらに歩いてくる人影。
 どうやら女の人らしい。
 いや、女の子と言ったほうがいいような年齢だ。
 どこかの学校の制服を身につけた真面目そうな女の子が、ひとりビルの屋上に上がる。
 これはもしかしなくても、まずいことなのでは?
 女の子は躊躇することもなく助走をつけて飛び降りた。

「ちょっ、なんで!?」

 普通もっと迷ったりするでしょ。 
 僕は慌てて女の子を追って飛び降りた。


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