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55.ゴブリンとスキル

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「でかい事故だったな」

「そうですね……」

 事故のせいで鉱山は上に下にの大騒ぎだ。
 犯罪奴隷、鉱山職員共に大きな犠牲を出した事故は、管理官の裁量でどうにかできるレベルを超えている。
 管理官は領都まで報告に向かって伯爵様の指示を仰ぐらしい。
 その間僕とザイードさんが中心となって鉱山の安全チェックだ。
 僕の仕事はいつもと変わらない。
 クロに憑依して坑道を歩き回るだけだ。
 かなり広い範囲で落盤事故が起きたようだから1箇所ずつチェックしていかないと。
 ザイードさんはそれを図面にして管理官への報告書を作成する。
 この筋肉は実は見せかけの筋肉で、意外にもザイードさんは頭脳労働者なのだ。
 まあムキムキの犯罪奴隷ばかりの職場では、筋肉で武装していないと舐められてしまうんだろうね。
 昼休みになり僕はザイードさんからスキルを受け取り、金貨を渡す。
 ザイードさんは全財産はたいて金貨10枚のスキルを3つ買ってきてくれた。
 金貨30枚といえば日本円に換算すれば約3000万円なので意外と貯めこんでるな。
 独身ならそんなものかな。
 この世界では給料高めかな。
 これでザイードさんの貯金は一気に倍に膨れ上がったことになる。
 積み上がった金貨を見つめてニヤニヤするマッチョはかなり気持ち悪い。
 今度の休日は高級な娼館に行くと言っていたので女の人に全財産搾り取られないといいけれど。
 ザイードさんが買ってきてくれたのはこの3つ。

スキル名:【身体強化lv1】
  詳細:身体能力を強化することができる。

スキル名:【隠密lv1】
  詳細:存在感を断ち、察知され辛くなる。

スキル名:【夢幻魔法lv1】
  詳細:魔力を用いて狭い範囲に幻覚を見せることができる。

 なかなかいいスキルばかりだ。
 身体強化は言うまでもない、盗賊の用心棒だった男やリリー姉さん、ミゲル君などが持っている一般的なスキルだ。
 かなり有用なスキルだけど、迷宮の宝箱から出る確率も高いので値段は金貨10枚とお値打ち。
 隠密は暗殺に用いられることの多いスキルなので一時期は販売禁止になっていたこともあるのだけれど、冒険者や狩人にも有用なスキルなので今は普通に売っているようだ。
 目の前に居ても分からないとかそこまで劇的な効果は無いけれど、身を潜めて獲物を待つときには見つかりにくくなる。
 これも宝箱からそこそこ出るようで値段は金貨10枚。
 最後夢幻魔法はなかなか面白そうなスキルだ。
 かなり僕好みのスキルではある。
 アニメや小説で出てくるような幻術キャラのようにくっきりはっきりした幻覚を見せるわけではなく、あくまでも敵の目を一瞬欺く程度の弱い幻覚を見せるスキル。
 それだけで勝負を決めることはできないけれど、なかなか面白い戦い方ができるだろう。
 このスキルは僕が覚えたいところだけれど、残念ながら今回この3つのスキルは僕が身につけるわけではない。
 ゴブリンに使うのだ。
 以前から気にかかっていたゴブリン死にすぎ問題。
 それを解決するために、僕はゴブリンにスキルを身に付けさせることにしたのだ。
 そしてこれは異世界転移実験の布石でもある。
 異世界ではスキルが使えるかどうか分からない。
 もし僕がシロを自分と一緒に異世界に送還して、あちらの世界でスキルが使えなかったらこちらの世界に帰ってくることができなくなってしまう。
 そんなことになったら無一文の不法滞在外国人がひとり増えるだけになってしまう。
 あちらの世界で一生暮らすのも悪くないとは思うけれど、お金が無いというのは辛い。
 やっぱり危険な代わりにお金が稼げるこちらの世界には帰ってきたいところ。
 なので向こうの世界に行ってもスキルが使えるのかどうかを、申し訳ないけれどゴブリンを使って実験させてもらうのだ。
 すまんなゴブリン。
 今日の仕事を終えた僕は奴隷用の牢に戻り、さっそくゴブリンを召喚した。
 
「ひっ、毛竜がゴブリンを召喚した!」

「毛竜……」

「毛竜だ……」

「あれが毛竜……」

 やり辛い。
 あの事故以来僕は毛竜と呼ばれて他の犯罪奴隷たちから遠巻きにされている。
 ダサいからやめてほしいな。
 もっと他にあるでしょ。
 異世界行ってかっこいい二つ名で呼ばれるとかを夢想していた時期が僕にもあったけどさ、現実はこんなもんよ。
 僕は毛魔法でゴブリンを拘束し、使役魔法を撃ち込んだ。

「ひっ、髪が伸びた……」

「また竜を出すんじゃ……」

 舐められているよりはいいんだろうけど、なかなか落ち着かない。

「うるっさいわねあんたたち!!」

「ひぇぇっ、金剛童子だ!!」

「殺されるぅ!」

 リリー姉さんは金剛童子と呼ばれて恐れられている。
 これは前からだ。
 ちょっとかっこいいじゃないか。
 羨ましいな。
 やっぱり二つ名というのは最初に呼んだ奴のセンスに左右されるな。
 まあこんな狭い世界の二つ名になんの意味があるのか分からないけど。
 出来ることなら、冒険者として名を上げて二つ名とかで呼ばれたいものだ。
 僕は使役魔法による精神の綱引きを続けた。
 前と同じように30分くらいでゴブリンと使役契約を結ぶことに成功した。
 次はゴブリンにスキルを身に付けさせなくてはならない。
 ゴブリンって古代語発音できるのか?
 僕はゴブリンに憑依して、発声練習をしてみた。

「が、ぎ、ぐ、げ、ご……」

 こいつらいつもグギャグギャ言ってると思ったら、発声がほとんどガ行になる。
 僕は綺麗に発音するために頑張るけれど、どうしても汚い発音になってしまうな。
 古代語で解放を意味する言葉はカタカナにすると『リベイロ』みたいな感じの言葉なのだけれど、ゴブリンの喉ではうまく発音できない。

「ギゲイゴ、ぐりげ、りげ、りげいご……」

 段々良くなってる気はするんだけどな。
 僕はスキルオーブを握り締めて発生の練習を続ける。
 僕が憑依するゴブリンがスキルを身に付けられたのは、結局夜中になってからだった。
 すまんな他のみんな。
 鉱山は閉店休業状態だから別にちょっとくらい夜更かししてもいいかな。
 僕だけ明日も安全チェック作業だよ。
 世の中不公平だ。


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