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70.徳川の港

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申し訳ありませんが今話は視点がコロコロ入れ替わります。
主人公視点→松姫視点→三人称

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                以下本編
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 駿河湾内、徳川領の港に到着した勘九郎様御一行。
 見事に侍に囲まれている。

「貴様ら!何者か!!」

「うぅ……まだ揺れておる気がする。善次郎、折衝は頼むぞ……」

 定期的に薬を飲んで船酔いを軽減していた勘九郎様たちだったが、いかに薬を飲んだからといって三半規管は狂わされっぱなしだ。
 久方ぶりの陸地でやっと正常な判断をし始めた三半規管ではまともに相手方と話もできないだろう。
 地元の侍さんたちとは俺が話をするしかない。
 港を包囲している侍たちは、見るからに田舎侍といった風貌だ。
 おそらくこのあたりの地侍なのだろう。
 有能な侍なら今頃は家康に呼ばれて浜松あたりにいるはずだからその能力値は期待できない。
 着ている着物からも、生活の苦しさが見て取れる。
 ここはうなるほどの金の力というやつで突破させてもらう。

「勘左衛門さん、ちょっと手伝ってもらえますか?」

「あの箱ですかな?」

「そうです」

 熱田の港から船に積んできた荷物の中に、俺の私物が入っている。
 その木箱はこんなこともあろうかと酒や保存のできる高級食材などをこれでもかと詰めたもの。
 そんな箱を5箱ほど持ってきている。
 その1箱をここで使わせてもらう。
 酒はどれもこの時代ではほとんど飲まれていない透明な清酒、食材も雪さんですら実家で食べたことが無いと言っていたようなこの時代で手に入らないものばかりだ。
 信長に献上したらすぐ出世できるような品物が揃っている。
 俺は木箱の蓋を開け中を確かめると、勘左衛門さんと2人でその箱を侍たちの前に持っていく。

「貴様ら、名乗らんか!!日ノ本の言葉が分からんのか!?」

「失礼、俺は善次郎と申すものでございます」

「拙者は祖父江……いえ、ただの勘左衛門にございます」

 なるべく素性を明かしたくなかった俺は家名を名乗らなかった。
 勘左衛門さんも一応合わせてくれたようだが、ほとんど言っちゃってるじゃん。

「家名まで名乗れないのは事情がありまして」

「事情だと?」

「ええ、実はあちらにおられる方はさる大名家の直系の御子息でして。お忍びなのです」

「ほ、ほう、それはまた、ご、ご苦労様でございます……」

 急にへりくだる田舎侍たち。
 俺君たちのそういうとこ好きだよ。
 
「あの南蛮船もあのお方のお父上が見事南蛮人を討ち取り奪い取ったものでございます」

「な、なんと!?大砲を積んだ南蛮船を!?そ、それはすごい……」

「ええ、ですがお父上にも無断であの船を持ち出しておりますので、なにとぞご内密にお願いしたいのです。こちらの品は心ばかりのお礼でございます。皆さんも御足労ありがとうございました。ほんのお心付けをお持ちください」

 俺は箱をばーんと開け、ガラス瓶に入った煌びやかな酒や高級保存食を見せびらかす。
 それを見て呆けている侍たちの手に大粒の砂金をいくつか握らせていく。
 
「こ、これは……」

「ほんの心ばかりのお礼でございます。くれぐれも、このことはご内密にお願いしますね」

「そ、そうですな。ワシらは何も見ておりませんでした。よし、皆帰って酒盛りでもするとしようかの」

「お、おお、そうじゃそうじゃ」

 侍たちは顔をニヤつかせて分かりやすく浮かれながら去っていった。
 勝った。
 戦とはこうやるのだ。





『織田と武田はすでに敵方となってしまったのに、このような文を送りつけて申し訳ないと思っている。
 読んだらすぐに燃やしてくれ。
 返事も書く必要はない。
 ただ私の気持ちを知っておいて欲しいだけの自己満足で書いた文だ。
 私の気持ちはそなたを想っておる、ただその一言に尽きる。
 私は元服し、初陣も済ませた。
 これよりの徳川・織田と武田の戦いに、私も参戦することになるだろう。
 そなたの親兄弟を討ち取るかもしれない。
 私の親兄弟が討ち取られるかもしれない。
 だが、私はいつでもそなたを想っておる。
 どれだけ身内を討たれようともその気持ちが変わることはありえない。
 そなたは私を恨んでくれても構わない。
 どれだけそなたに恨まれようとも、私はいつでもそなたを想っておる。
 伝えたいことはそれだけではないが、とても文では伝えきれぬ
 できれば来世で、そなたと幸せになれることを切に願う』

 私の頬を、涙が流れ落ちます。
 いつのまにか文箱の上に置いてあった文。
 それは私の婚約者であったお方からの文でした。
 いまや武田と織田は敵同士、このような文を届けさせるのも大変だったに違いありません。
 読んだら燃やせと書かれておりましたが、私はその文を持ったまま立ち尽くしてしまいました。
 燃やせるはずがございません。
 あのお方から送られてきた大切な文を。

「なんて、残酷な人……。このような文を送られては、松は余計に苦しゅうございます」

 あのお方への想いが募って仕方がありません。
 胸を埋め尽くすようなその想いが、私自身を焼いているようです。

「私も、あなた様のことを想っております。たとえこの世が滅び去ろうとも……」

 あのお方からの文の最後に書かれていたお言葉。
 来世では共に幸せに……。
 来世ですか、いいですね。
 私は生まれ変わった世で、あの方と寄り添い町を歩く様子を想像します。
 私の頬をまた一筋涙が伝いました。
 あのお方と一緒になれぬ世になど、生きていても仕方が無いのです。
 私は着物の帯に差している懐刀を抜きます。
 それをそっと喉に触れさせると、冷たい鉄が私の肌を切り裂いて赤い血が零れ落ちます。
 力を込めれば、私はこの乱世の世から解放される。
 勘九郎様、松はあの世でお待ちしております。
 できるだけ、ごゆるりとおいでください。

「姫様!何をしているのですか!!誰か!誰か来て!!姫様が!!」

 私の意識は薄れていきました。





 そんな様子を見守る黒いモヤがいた。

『…………………………』

 黒いモヤは主人から預かっていた傷薬を取り出すと、倒れている松姫の喉にさっと塗った。
 ぼんやりとしていてその表情はわかり難いが、わずかに安堵しているようだ。
 黒いモヤが命じられたのは松姫の周辺の見張り。
 松姫に何かあったら介入し、主人に知らせる役目。
 まさか松姫が自害をはかるとは想像もしていなかったモヤは出遅れた。
 傷薬のおかげでなんとか一命を取り留めることができたことに安堵したモヤは、慌てて主人に連絡をとるのだった。



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