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47.悪党

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 俺たちは数週間土佐のあちこちで治療や炊き出しを行ったが、残念ながら焼け石に水だろう。
 ただの自己満足でしかないのは分かっているが、何もしないというのも寝覚めが悪い。
 意外にも長宗我部家は税を減らすなどの多少の優遇措置をとっていた。
 中にはお坊さんや侍が俺達と同じように炊き出しや治療を行っていたところもあって、この時代の人間にもちゃんと血が通っていたんだと少し安心した。
 あまりにも殺伐とした世の中に、偏見で凝り固まっていたのは俺のほうだったようだ。
 米や薬などの多少の物資を村々に配って回り、余所者の俺は消えるとしよう。
 村人たちからは結構感謝されたけれど、できればその恩は殿が土佐藩主になったときに返して欲しい。
 殿は土佐に縁もゆかりも無いから、相当苦労するはずだ。
 少しでも領民が素直になってくれたら統治もやりやすいだろう。
 まあそれも30年ほど後の話であって、その頃にはみんな忘れているかもしれないけど。
 30年も後のために色々やっているなんて笑えてきちゃうな。
 島もいい調子で成長してきているし、30年後にはどうなっちゃっているのかな。
 もう土佐もダンジョン領域に入ってたりして。
 それはそれで面白い。
 DPは高いけれど、飛び地を作るためのサブコアなるものもあるから殿に縁のある地は随時ダンジョン化していこう。
 
「善次郎さん、山内様がお呼びだそうですよ」

「え?なんだろう……」

 木戸の外には勘左衛門さんの息子さんである新太郎君が呼びに来ていた。
 また何か頼まれごとでもしたのだろうか。
 前回の虎討伐ではお礼の品をたんまり頂けたし、山内家にとって悪いことではない。
 また稼げる話だといいね。






「野伏せり討伐、ですか」

「ああ、近頃美濃と尾張の国境周辺に性質の悪い輩が出没するとのことでな。これを討伐せよと大殿からワシら暇を持て余した木っ端武士に命令が下された」

「なんと不埒な輩ですな。この乱世、戦働きがしたければいくらでも出来ように」

 慶次の言っていることはいささか暴論だが、間違ってもいない。
 殺し合い奪い合いの世の中で、結局野伏せりというのは戦が危険で怖いから弱い人たちを襲って奪う人たちだ。
 慶次のように武勇に自信のある侍は彼らを卑怯だと思うだろう。
 俺も野伏せりはどうかと思うが、同時にこんな時代に生きていたらしょうがないという想いもある。
 誰しも慶次のように強くないし、滝川家にツテも無い。
 決死の想いで戦場に出て、紙一重で敵の首をとっても報酬を値切られて二束三文にもなりはしない。
 それが普通のことなのだ。
 俺の脳裏に浮かぶのは島で頑張って働いている平蔵さんたちの姿だ。
 一度野伏せりの命を助けているばかりに、俺の胸中は複雑だ。
 だが話して分かり合える人ばかりではないというのもまた、この世の真理なんだよな。
 殿が討伐を命じられた以上は、俺の裁量で助けるわけにもいかない。
 一応少しだけ話が通じるか試してはみたいが、基本は討伐の方向で行動するしかないだろう。
 なんというか、憂鬱だ。





「くそっ、侍か!!死ねぇぇぇっ」

「ちょっ、話をっ」

「囲め!!囲んで殺せ!!」

「ちょっと待ってっ、俺は話をっ」

「くそっ、こいつ手練だ!もっと人数よこせ!!」

「話をっ……」

 俺の言葉は虚しく空を切る。
 やっぱり平蔵さんたちは運が良かったのかもしれない。
 元々根が腐りきっていなかったこともあって、俺の言葉を聞き入れる素直さのようなものがあった。
 しかしこの人たちは何も話を聞いてくれない。
 平蔵さんたちと同じように一度ぶちのめして諭そうと思っているのだけれど、後から後から続々と襲い掛かってきて話をする余裕が無い。
 なんなんだこの数は。
 それに仲間がやられているというのに全く気にした様子もない。
 根本的に平蔵さんたちとは心構えが違う気がする。
 おそらくプロの傭兵。
 悪党というやつだろう。
 おのれこの悪党が!の悪党ではなく、悪辣な輩の集まりという意味の悪党だ。
 野伏せりと同じような意味で使われるが、どちらかといえば悪党のほうがより組織的でプロっぽい印象を受ける。
 侍が銭を出して雇ったりすることもあるほどにその力は無視できないものだ。 
 素行が悪くて鼻つまみ者だが、猫の手も借りたい戦時には敵方に加勢されても困るので渋々雇うみたいな感じらしい。
 ここまでプロの外道ともなると、話が通じなくても無理はない。
 戦国が生み出した闇というわけだ。
 心が痛むが斬る以外には無いだろう。
 俺は刀を翻した。
 すまんね、峰打ちはお終いだよ。

「ぐぁっ」

「びぇっ」

「ぶはっ」

 はぁ、やっぱり人を斬るというのは心が荒むな。
 俺にはやっぱり、島で壁でも造っているほうが向いている。





「ここが奴らのねぐらか」

「ちっ、外道じゃな」

 やはりというべきか、奴らのアジトには酷い暴行を受けた女の人たちがたくさんいた。
 侍たちは戦だなんだと美化して話すが、結局はこういうことなんだ。
 侍が大将首を取っている間に足軽は村を襲い、食べ物を根こそぎ奪って女を犯す。
 それが戦だ。
 ここにいるのはきっと近隣の村から攫われた人だけじゃない。
 戦の戦利品として遠くから野伏せりたちに連れてこられた人も多いだろう。
 胸糞が悪い。

「へへへっ、ちょっと楽しんでいこうぜ」

「そうだな。これくらいは役得だよな」

 殿たち山内家の人間は顔を顰めていたが、俺達の他に討伐作戦に参加した木っ端武士の中には鼻の下を伸ばして下衆なことを考える者もいた。
 木っ端侍なんて、野伏せりとそう違いは無い。
 
「やめんか貴様ら。武士として恥ずかしいと思わんのか!」

 こういった曲がったことに我慢がならないのが慶次だ。
 袴を脱ごうとしている侍たちに一喝入れる。

「別に良いではないか。どうせこの女共は気が触れておる。楽にしてやる前に、少しくらい楽しませてもらうだけじゃ」

「良いわけなかろうが、胸糞悪い」

「なんだと!!」

 一触即発の空気だ。
 どちらかといえば俺達のほうが少数派だろうか。
 ここにいるのは木っ端武士ばかりだから、全体的にモラルは低い。
 だが俺達は前回の虎戦でも今回の野伏せり戦でも活躍している。
 相手もかなり警戒しているようだ。
 そんな空気を破ったのは意外にも殿だった。

「お、お主、なにを……」

「安らかに眠れ」

 気が触れて殺してくれと懇願する女の喉に刀を突き立てたのだ。
 だが今から楽しもうと思っていた木っ端侍たちは治まりがつかない。

「この野郎!」

「すまんが、女と遊びたければワシが金をやるから遊女とでも遊んでくれんか。この女たちはどうか安らかに眠らせてやって欲しい」

「そ、そこまで言うのなら……」

「ああ、そうだな……」

「久しぶりに遊女と遊べるのか……」

 殿の機転によってなんとか場は治まった。
 死を望む女性は楽にし、まだ生きる気力のある女性は怪我や病気の治療などをしていく。
 殺してくれと繰り返す女性に神酒ソーマの原液を飲ませてみたけれど、残念ながら心は癒せなかった。
 一瞬だけまともな精神が戻ってきたけれど、記憶が消えるわけではない。
 すぐにまた狂ったように殺してくれと繰り返すようになった。
 無駄に苦しみを長引かせてしまったことに罪悪感がこみ上げる。
 首に刀の刃を当てると女性はありがとうと俺に感謝して死んでいった。
 知らず知らずのうちに涙が零れた。
 自分が情けなくなってくる。
 そんな想いを振り払うように、生きる気力のある人を治療をしていく。
 またありがとうと言われた。
 やっぱり俺はこっちのありがとうがいいな。

「なあ善次郎……」

「殿、先ほどはお見事でした」

「いや、それなんだがなぁ……」

「どうしたんです?」

「あんな約束をしたものの、金が無い。貸してくれんか」

 台無しだよ。


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