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19.雪さんの本音

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「おい、聞いたかよ。北畠家の姫が、アヤカシに食い殺されたって話」

「ああ、行商人がそんなようなこと話してるの聞いたぜ」

「怖いよな」

「北畠家は何かに祟られているんだろうか」

「織田に波及しなければいいがな」

 殿が帰ってきた。
 京都で将軍に戦勝の報告を終えての帰還だ。
 岐阜城で行われている論功行賞に参加した殿を馬屋で待っていると、馬の世話をしている下働きの人たちの話が耳に入ってきた。
 移動手段の限られたこの時代だけど、意外に人間というのは速く歩くものだ。
 雪さんを攫って4日しか経っていないのに、すでにその情報が岐阜に入ってきているようだ。
 血まみれの着物と髪だけ残してもぬけの殻になっていたのだから、何かに骨まで残らず食い殺されたと考えているのだろう。
 DNA鑑定なんて無い時代だから、猪の血か人間の血かなんて分からない。
 俺の行ったド素人まるだしの工作でも騙されてくれたようだ。
 せいぜいビビッて調べないでくれ。
 
「おお、善次郎。待たせたのう」

 ぞろぞろと名前も知らない武士ばかりが岐阜城から出てきて、その中に殿の姿があった。
 どうやら有名どころの武将たちは岐阜城で開かれる戦勝の宴に呼ばれているようだが、殿たち弱小武士たちは呼ばれていないので帰ってきたようだ。
 格差社会やな。

「褒美もたんまりもらったし、禄も上がったぞ。聞いて驚け100石じゃ!今までの倍じゃぞ」

 うーん、微妙。 
 今までの倍になっても現代の年収に換算すれば1000万円は超えない。
 まだ人を雇える財政じゃないと、俺は個人的に思う。
 しかし武士は食わねど高楊枝と言うように、外面を取り繕わなければ武家社会では生きていけないもの。
 見栄張ってナンボの生き物だからね、武士なんて。
 まだまだ山内家の厳しい財務状況は続きそうだ。
 殿は馬に乗り、俺たち家臣は歩きで殿の屋敷に戻った。
 足腰が鍛えられる。
 そのまま殿の屋敷で開かれる内輪の宴会に軽く酒などを差し入れして、俺はぶどうジュースを飲んでお暇した。
 朝まで飲むようだから、とても付き合いきれない。
 
「ただいま」

「おかえりなさいませ、旦那様」

「キャンキャンッ」

 ゆきまるが足にじゃれつき、雪さんが三つ指ついて出迎えてくれる。
 雪さんはとりあえずうちに泊まってもらっている。
 さすがに攫った武家の姫をお嫁さんにはできないと言っているのだが、雪さんも雪さんでお父さんが俺に嫁げといったのだから嫁ぐと言って聞く耳もたない。
 お父さんに似て頑固な性格をしている。
 この4日間俺と雪さんの話は平行線。
 そろそろ俺の理性がもたない。
 時間は向こうの味方のようだ。

「お食事ができていますよ。さあ、手ぬぐいで足をぬぐって差し上げます。こちらへお座りになってください」

「あ、ありがとうございます」

「私に敬語はいらないんですよ」

 厄介なのが、雪さんかなりできる女房なんだよな。
 正直言って胃袋も掴まれかけているし。
 長屋にあるものはなんでも使っていいと言ったのだが、すでに雪さんは未来の調味料や道具なども使いこなして完璧に家事を行っている。
 たまに見せる笑顔にドキッとするし、もう落ちる寸前まで来ていると自分でも自覚している。
 戦国時代の女はみんな強かだな。
 もう雪さんとなら幸せな家庭を築ける未来しか見えてこないよ。
 玄関口に座ると、雪さんが濡れた手ぬぐいで足を綺麗に拭いてくれる。
 気持ちいい。
 しかし雪さん自身はどう思っているのだろうか。
 こんな冴えない男の足を拭いて、飯を作って下着を洗濯して。
 惨めに感じているのであれば、やはりこのまま俺と結婚するのは良くないだろう。
 ご飯を食べたら、腹を割って話してみるかな。
 とりあえずいい匂いにもう腹が鳴って仕方が無いので、ご飯を食べよう。
 今日のメニューは具沢山の五目御飯に、お味噌汁、ほうれん草の胡麻和え、鮭の塩焼きだ。
 もはや戦国時代の料理ではない気がするが、俺は何も教えてないから雪さんが似た料理を知っていたということだろう。
 お味噌汁から頂く。
 ちゃんと出汁が効いていて、定食屋の味噌汁よりも美味い気がする。
 あちらは京風の白味噌を使っていたが、こちらは赤味噌でこのあたりの地域風にアレンジされている。
 俺はどちらも好きだけれど、たまにすごく赤味噌のお味噌汁が飲みたくなることがある。
 今日がそのサイクルにどんぴしゃだった。
 地味にテンションを上げてくるな。
 俺は次にほうれん草の胡麻和えを一口。
 胡麻の香りと調味料の塩味がほうれん草の甘味を引き立てている。
 シンプルな料理に料理人の腕が現われているな。
 鮭の塩焼きも焼き加減が俺好み。
 俺は表面が少し焦げるくらい焼いてくれたほうが好みなんだ。
 初日にはここまで俺の好みを把握していなかったはずだから、この4日の間に俺の好みを把握したというのか。
 すごい戦闘力だ。
 俺は最後に具沢山の五目御飯をパクリと口に入れる。
 様々な具材の旨味が渾然一体となってふっくらと炊き上がったご飯に染み渡っている。
 負けだ。
 俺は完全に落ちました。
 もう雪さんが嫌がっても土下座して結婚してもらう。
 
「雪さん、腹を割って話してほしいんだけど。俺のことをどう思っている?」

「え、旦那様のことですか?」

「そうだ。俺は正直君に惚れているよ。最初は綺麗な女の人だとしか思っていなかったけれど、この4日で君はとても素晴らしい女性だと思った。この人となら、幸せな家庭を築けると思ったよ。だけど、俺は君の本音が知りたいんだ。君はどう思っているんだ。俺なんかと一緒になって、幸せだと思えるのか?」

「はぁ、本音ですか」

 やはり今まで見せていた良妻の顔は演技であったのか、雪さんの声がワントーン低くなる。
 拒絶されるかもしれないという恐怖が俺を襲う。

「本音を言えば、私はまだあなたのことが分かりません。いえ、知れば知るほど分からなくなると言ったほうが正確ですかね。あなたはいったい、何者なんですか?」

 そうか、雪さんから見たらそうだろうな。
 いきなり屋敷に侵入してきて、自分を攫うと言う謎の男。
 俺はあまり憶えていないが、伊勢から岐阜に帰ってきたということはゆきまるの巨大化も見ているだろう。
 この家にある未来の調味料や道具もどこから調達しているのか分からない食料も、すべてが謎。
 俺のことを話さないままで、雪さんに本音を話してもらおうなどとは失礼な話だったな。

「そうだね。君の本音を聞くまえに、俺のことを話しておくべきだった。驚かないで聞いてくれ、俺は未来から来た未来人なんだ」

「は?」

 俺は何言ってんだこいつという顔を浮かべる雪さんに懇々と説明した。
 なかなか分かってくれない雪さんにスマホを見せたり収納の指輪を見せたりしながら2時間ほど説明を続け、やっと分かってもらえた。

「じゃああなたは、本当にこれより450年の未来から来たというのですか?そしてこの四角い板が、神から賜りし神器……」

「神器っていうのは言いすぎかもしれないけれど、凄い力を秘めていることは確かだよ。俺のことを少しは分かってもらえたと思うんだけど、どうかな。結婚してくれる?」

「断わる理由はありません。この食事ひとつをとっても、こんな食事織田信長でも毎日は食べてないと思いますよ。好きか嫌いかでいえばあなたのことは好きですし、婚姻は私からお願いしたいくらいです」

「ありがとう!!」

「ただ、この長屋だけは早い所卒業して欲しいですね。小さな屋敷でもいいので頂いてください」

「は、はい。頑張ります……」

 俺の頑張りだけでなんとかなるかな。
 殿には早く出世してほしいな。

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